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異行  作者: yoho
その2
17/47

017

「何だ夢か……」


 私は呟いた。

 小綺麗――というよりは、特に物がない部屋の隅の簡易ベッドの上で、そう呟いた。

 淡い期待を抱いて。儚い希望を抱いて。

 夢だったらいいな、と、そう思って。

 見たことのない風景である。


「お、気が付いたみたいだね。大丈夫?体は痛まない?」


 声をかけられた。この部屋の中央に、簡素なテーブルがあって、傍には簡易な椅子がある。その椅子に腰掛けている人物。見たことのある顔だ。夕方、仕宮に追われている時、電車の中で会った眼鏡の女の人。

 椅子に腰掛けて、テーブルに肘をついて、こちらを見ている。


「やっほう。また会ったね」

「あ、うん。その節はどうも。痛むところは特にないかな」

「そっか。それはよかった」

「ちょいと聞きたいんだが、ここはどこだ?」

「『繁栄派』のアジト」


 やっぱりか。そうじゃないかとは思ったけど、やっぱりそうか。やっぱりなー。

 仕宮にやられた私達は、あのまま『繁栄派』のアジトへ連れ去られたわけだ。見たところこの部屋に懐未ちゃんはいないみたいだが、私だけ連れて来たということはないだろう。その逆ならまだしも。懐未ちゃんだけでいいところを私まで連れて来た理由としては、ダシに使うとか、ノリでついとか、そんな感じだろう。


「一緒にいた子なら、心配ないよ。別の部屋で拘束されているけど、乱暴はされてない。現状は安全だ」

「拘束?裸で?」

「いや、裸ではない。服は着てる」

「そうか……」

「何で残念そうなの…?」


 美少女を全裸で拘束とか、エロいじゃないか。

 いや。まあ。


「もちろん着衣でもエロいけど」

「何の話をしてるのかな……あの子は友達じゃなかったの……?」

「友達だぜ。友達友達」


 会ったばかりだけど、大事な友達だ。

 無事だというなら、それは何よりである。


「しかしあんた、やっぱり『繁栄派』の人間だったのか」

「うん。そうだよ。電車の時は私が仕宮さんを引き離したけど、無駄になっちゃったね。こっちの用事が終わったら、またすぐにそちらへ向かっちゃったからさ。思った以上に執着しているみたいでね。駄目だったよ」

「引き離した?」


 仕宮を私達から引き離したってことか?でも、じゃあ、だとすると。


「私達を助けてくれたのか?」

「そんな恩着せがましい言い方はしたくないけれど、まあ、そんな感じだよ。助けられなかったけど」

「それはありがとうございました。でも、何でだ?私達を助けて、あんたに何かメリットがあるのかよ」

「直接的なメリットはないかな。それに確証があったわけでもないし。ねえ君、もしかして、外喰って苗字?」


 どうして今私の名前を?


「……そうだぜ。外喰楔と申します」

「おお、やっぱりね!合ってた合ってた当たってた。いやね、『繁栄派』内に外喰くん……外喰要の話が上がってて、顔のよく似た妹がいると聞いていたから、もしかしたらそうじゃないかなーと思って」


 嫌な噂が立ってるな…。事実なんだけど。


「確かに私と兄貴は顔が似てるけど、だから何だっていうんだ。外喰要の妹を助けて、あんたはどうする腹づもりだったんだ?」

「だから、どうするつもりもなかったよ。ただの自己満足。自己満足であって、気まぐれではないからね」


 自己満足であって、気まぐれでない。

 言っている意味は分かるが、言っている意図はよく分からない。


「なあ、おっぱいさん」

「お、おっぱいさん?私のこと?」

「他に誰がいるんだよ」

「知らないよ!というか君、夕方会った時には私のこと眼鏡さんって呼んでいたのに!」

「いや、だって、そんな煽情的にテーブルにおっぱいを乗っけているものだから、つい」

「ついじゃないよ!そもそも煽っているつもりもないよ!」


 おっぱいさんは、テーブルからおっぱいを降ろした。ついていた肘も降ろした。


「……私が名乗ってないのも悪かったね。私は九里古里千切。『繁栄派』のメンバー」

「そうか。おっぱい千切さん」

「その呼び方はやめてほしいな。猟奇的な変態みたいに聞こえるから」

「じゃあ、九里古里おっぱいさん?あ、でも、これだと何か――」

「待って。やめて。それ以上言わなくていい。まったく、やっぱり君は彼の妹だね。血は争えないよ」


 兄妹間で、血は争えないとは言わないんじゃないか。私べつに兄貴の血を引き継いでないし。

 この人、兄貴を知っているのか?というよりも、兄貴の変態性を知っている?

 ということはつまり。


「あの、不出来な兄が――いや、ふしだらな――みだらな兄がご迷惑をおかけしました」

「…………。言いたいことは分かるけど、謝ることは何もないよ。むしろ迷惑をかけているのは私の方かな…」

「え?兄貴のセクハラ被害者の方ではない?」

「セクハラ被害は受けてるかも。でもいいんだ。嫌じゃないから」


 好きでセクハラを受けているということは、至極簡単。この人も変態か。

 じゃあいいや。


「べつに隠すことでもなかったから言うけどね。私は外喰くんの同級生なんだ。クラスは違うけれど、同じ学校に通う、同級生。結構よくしてもらっているんだ。確証はなかったけど、顔が随分似てたものだから、妹さんなら助けておこうかなって。丁度通りかかったしね」

「兄貴の友達?」

「うん」


 いるんだ。友達。


「何だ。兄貴も隅に置けないな。本人は部屋の隅とかわりと好きみたいだけど、隅には置けないな」

「隅に置けない?ふうん。そう。そういう捉え方をしたか。なるほどね。うんうん。悪くない。いいと思うよ。隅に置けない、か。ふふっ」

「何言ってんだ千切さん。怖いぞ」

「いやなに、私にも色々あってね。というか外喰くんのこと好きなんだけどね」

「は?」


 ま、マジで?

 確かに私も面白い兄としては兄貴のことが好きだけれど、それでも客観的に見て、異性としてどうかと言われたら、流石にちょっと首を傾げるぞ。


「だから、外喰くんとのフライデーを疑われるというのは、中々悪い気分じゃないな。むしろいい気分だな。照れくさいけど。ふふ。実の妹さんからそう言われちゃうと、何だかそれもありなのかなあって」

「おい、千切さん。気持ち悪いぞ」

「そういえば君は、私のことを下の名前で呼んでくれるね」

「ああ、うん。馴れ馴れしかったかな?気を悪くしたのなら謝るよ」

「ううん。そのフレンドリーさを外喰くんにも見習ってもらいたいと思って」

「千切さんだって、兄貴のことを苗字で呼んでるみたいじゃん。お互い様じゃねえの」

「いいや、違うね。お互い様じゃないよ。私は照れくさいから苗字で呼んでいるだけであって、外喰くんは私のことただの同級生としてしか見てないから苗字で呼ぶんだよ」

「兄貴はあれで変にプライドが高いからなあ。意識して、下の名前で呼んで、気持ち悪がられるのが怖いんじゃないか」

「意識せざるをえないようにしたから、意識してくれていいんだけどな。それとも、変にプライドが高いから、意識してない風に振舞ってくれているのかな?」

「意識せざるをえないようにしたって、どういう意味だ?そんな露骨にアピールしてるのか?」

「うん。というか、告白した」

「なんとっ!」


 兄貴が女子に告られるなんて!生きて帰れたらお赤飯を買ってあげよう!


「まあ、振られたけどね」

「馬鹿なっ!」


 兄貴が女子を振るなんて!生きて帰れたらぶん殴ってやろう!


「私は全然諦めてないけどね。現状諦めてないし、この先諦めるつもりもない。ストーカーと罵られるのは嫌だから限度や節度は守るけど、しつこく食い下がっていくつもりだよ」

「へえ。そりゃまた、固い意志だね」

「一度振られたくらいですごすごおめおめ逃げ帰るような女じゃないんだ。ほら、何だか私、恋愛沙汰に関してしつこそうな見た目してるでしょ?」

「いや、分かんない」


 それは分かんない。全く分かんない。

 どういう見た目なの?全国の黒髪ショートボブ眼鏡の女性に謝った方がいいんじゃないの?


「告白されると意識して、好きになっちゃうというケースもあるみたいだし。気長に待つことにしたんだ。完全に拒絶されるまでは」

「兄貴は優しいというか甘いというかヘタレカスだから、きっぱりとは言えないんじゃないかと思うぜ」

「うん?でも、きっぱり『ごめん、無理』って言われたよ?」

「完全に拒絶されてないのかそれ!」


 ポジティブ!


「だって、振られた後も普通に話してくれたし、私の足や胸に興味を示してくれたもん」

「兄貴がまるで最低のクズのようだっ!」

「外喰くんのことを悪く言わないでほしい」

「怒られたっ!」


 理不尽だ……。世知辛い……。


「でもまあ、兄貴のことだから、千切さんくらい可愛い子に告られて悪い気はしていないだろうし、おっぱいでも揉ませればあとはなるようになるんじゃねえの?」

「君は妹としてそれでいいの…?」


 べつにいいけど。


「付き合ってから揉まれるのは一向に構わないけど、揉まれて付き合うのは嫌だな。体目当てみたいで」

「そりゃ、揉まれて突き合うのは体目当て以外ないだろ」

「何かニュアンスが違くない?」

「違った?」

「違う気がする…」


 付き合うと突き合う。お約束である。


「ようは、穢れ爛れた関係じゃなくて、純愛でいたいってことだろ千切さん。だけどそれも贅沢な話だぜ。そもそも兄貴に千切さんっていうのも贅沢な話だけれど、そういうことじゃあなくて、望み過ぎだと思うぜ」

「まあね。分かってるよ。これはあくまで理想だから。あくまで理想だけど、理想がなければ妥協点は見つからないし、目標がなければ着地点も見つからないってことさ。理想は高く持てっていうしね」


 恋愛成就に必要なものは、妥協と妄信。この二つである。


「ふうん。私には応援しかできないけど、頑張ってくれよ千切さん」

「応援してくれるんだ。ありがとう」

「私は病的なブラコンとかじゃないし。恋する女の子は全面的に応援する主義だからな」


 ただ、兄貴は年上好きみたいだけど。

 これは言わないでおこう。言う意味がないし。言っても対処のしようがないし。言ったところでモチベーションを落とすだけだと思うし。言わない方がいいだろう。


「さて」


 千切さんが、仕切りなおすように一言告げた。


「どうする?」

「何が?」


 何が?


「私事に付き合ってもらって悪かったね。本当はまだまだ話したいこともあるんだけど、それほど時間が有り余ってるというわけでもないからさ。君は今、『繁栄派』のアジトにいるんだよ。脱出したいとか、入団したいとか、意見があるでしょ?」

「ああ、そうか。そうだっけ。千切さんがあんまりフレンドリーに恋愛相談を持ちかけるから忘れてた」

「ごめんね。外喰くんの妹さんと話ができるチャンスなんて、そうはないと思ったから」

「そんなことねえよ。いつでも呼んでくれて構わないぜ」

「そう?ありがとうね。頼りにする」


 千切さんと、連絡先を交換した。悠長なことである。


「九里古里って、変わった苗字だな」


 携帯に登録された千切さんの名前を見て呟いた。


「外喰の方が変わってるよ」

「そうか?そうでもないぜ。『喰』の字の『くちへん』を取れば、外食になるだろ?ほら」

「何が『ほら』なのかよく分からないな…。少なくとも外食さんなんて人も私は見たことないよ…」

「字面的に珍しくないってことだよ。一方九里古里なんて、沖縄とか何かその辺っぽい」

「それは偏見だよ。私に沖縄人の血は混じってない。と、思う」

「ハイサーイ」

「混じってないってば。それに、女性が使う場合は『ハイタイ』になるらしいよ」

「詳しいな」

「一般常識です」


 知らねえよ。











「それでなんだが、やっぱり私は脱出したい」

「うん。なるほどね。そう来ると思ってたよ。それに関して、私は協力できる。でも」

「でも?」

「君1人しか出してあげられない」

「それは困る」


 それでは意味がない。懐未ちゃんと共に脱出しなくては意味がない。

 首を突っ込んでおいて、一人で逃げるのでは、無意味どころか害悪だ。


「君1人を帰すのだったら、私が掛け合えばどうにかオッケーをもらえるかもしれない。だけど、君の友達は無理だ。異能使いである以上、ふるいにかけられる。『繁栄派』に所属するのか、それとも断って始末されるか。この二つの選択肢に分けられる」

「脅迫じゃねえか」

「脅迫だね。頭のおかしい暴力組織なんだよここは」


 それは確かに聞いていたけど…。


「でも、兄貴の場合は違ったみたいじゃないか。鴉の勧誘を蹴って、未だにもののついで程度に勧誘は受けているらしいけど、でも、ここまで切羽詰った感じじゃないんだろ?」

「鴉さんのことも知ってるの?それに、その情報、どこから聞いたの?外喰くんが君に教えたの?」

「いや、その鴉に教えてもらった」


 コーヒー代という、安い対価で。


「それはまた…。あの人も気まぐれだからなあ……。うん、それはそれとして、外喰くんの場合は確かに違ったね。実際のところ、外喰くんは3人の『繁栄派』異能力者を返り討ちにしてる。それも上位ランカーの3人をだ。まあ、1人は勧誘目的で近づいたわけじゃないけど」

「ま、マジで?そんなに強いのか兄貴って。というか、上位ランカーって何?」

「上位ランカーは凄い異能力者のことだよ。端的に言えば強い人だよ。そんな人達を返り討ちにしているんだ。だから、仲間に引き入れればもちろん大きな戦力にはなるけど、彼を勧誘するリスクも高くなるのさ。その3人は再起不能にはなっていないけど、この先勧誘を続ければ、『繁栄派』も有能な異能力者を失う可能性があるからね」

「じゃあ、諦めたってことか」

「完全に諦めたわけではないけど。外喰くん自身が好戦的な性格ではないから、こちらから仕掛けなければ攻撃もされない。触らぬ神に祟りなし状態なんだよ。外喰くん自身が好戦的な性格ではないが故に、仲間に引き入れても絶大な異能力に見合った戦力としてのメリットがない。むしろ勧誘時の被害というデメリットの方が大きく見えてしまってるんだよね、上層部には」


 『繁栄派』には鴉達異能力者を仕切る上層部がいて、そいつらが勧誘の傾向も決めているらしい。初出の事実ではあるが、私は事前に鴉に聞いていたので知っているんだぜ。


「だから外喰くんへのコンタクトはあまり積極的じゃないんだ。だけど、君の友達の場合は違う」

「懐未ちゃんっていうんだ」


 ややこしいというか、回りくどいというか、面倒だから、名前を教えた。


「知ってるよ。さっき聞いたから。じゃあ、分かりやすいように呼び方を変えることにするね。伊久川さんの場合は違う」


 伊久川懐未。懐未ちゃんのフルネームである。

 もちろん私は知っているし覚えているけれど、一応、確認しておこうかなーと、そう思いました。


「伊久川さんの異能はまだはっきりしていないけど、たぶん恐らく、『繁栄派』の上位ランカーには遠く及ばないものだ。事実、仕宮さんに手も足も出ないでやられてるんだからね」

「決め付けるのが早いんじゃないか?仕宮の所見殺しにやられただけで、戦って負けたわけじゃないんだぜ?」

「確かに、君達がやられた、意識を失った仕宮さんの音波攻撃は、トンネル内だから使えた一撃必殺だ。だけど、それを使うまでけっこう話し込んでたみたいじゃない。強いんだったら、その間に倒してしまえばよかったんじゃないの?」

「むう」


 相手の異能を見極めてから戦うつもりだったという言い訳も、意味がないことは私がよく知っている。むしろ仕宮の異能を見たからこそ、勝ち目がないことが分かったのだ。


「本当に強い異能力者なら、たぶん仕宮さん相手でも勝てるかどうかはともかく対処はできるはずなんだ。例えば君も知ってる鴉さんなら、仕宮さんの音の衝撃波を受けてもダメージを食らわない。外喰くんなら、即座に回復する。驚いて怯んだ仕宮さんに一撃与えれば勝負は決まる」

「ま、マジで……?」


 私の兄貴怖ぇ……。


「で、でもでも、触れた相手を即死させる異能だったら、滅茶苦茶強いけど、仕宮相手には対処できないってことになるだろ?」

「そうだね。確かにその異能力じゃ仕宮さん相手に勝つのは無理だ。つまりこういうことになる」


 一拍置いて、千切さんは言い切った。


「その異能は弱い」

「よ、弱い…」


 強すぎる異能だと思うんだが…。


「相手に触れずに倒すことのできる異能力者はいくらでもいるよ。まあ、そんな異能が実際にあれば、素手の喧嘩しかできない鴉さんには滅法強いだろうけどね」

「ほら、やっぱり、相性次第なんじゃないのか?」

「まったく、物分りが悪いなあ。というよりは諦めが悪いのかな。話が大分逸れちゃったけどとにかく、伊久川さんの場合だよ。彼女は驚異的な異能力者ではないと判断されている。見てもいないのにね。だから多少強引にでも仲間に引き入れられると考えられている」

「その考え方こそ強引だと思うぜ、私は」

「同感だよ。同感だけど、どうしようもないよ。私にも、もちろん君にもね」


 悔しいが、その通りである。

 お偉いさんは頭が固いというか、この場合は、あえて頭を固めているのかな。そういうところも含めて、頭が固いと思うのだけれど。


「だから、彼女を助けようと思うのなら、穏便にはいかない」


 穏便でなければ、強引になる。


「つまり、懐未ちゃんを助けてここを脱出するには、戦わなくちゃならないんだな」

「そうだね。でも少し違う。違うというのは、順番の話だ。助けると脱出するが逆だね」

「日本語で」

「脱出するだけなら可能だよ。こっそり伊久川さんのいる部屋に忍び込んでこっそり2人で出て行けばいい。問題はその後だ。脱出しても、どうせまた狙われる」

「………」

「脱出して、狙われないように手配が済んだら、それでやっと助かったといえるんじゃないかな。私はそう思うよ」

「……それは確かにその通りだが、狙われないっつったって、『繁栄派』には感知系異能力者がいるんだろ?どうしたって無理な話じゃねえか」

「無理じゃないよ。理屈でいえばね」


 はっきりしないなあ。


「外喰くんと同じ扱いになればいい」

「兄貴と同じ…?」


 それはつまり。


「懐未ちゃんに半ヒキオタ童貞になれって言うのかよ!」

「そうは言ってないよ!」

「ああ、ごめんごめん。半ヒキオタ処女だったな」

「そういう話じゃない!」


 じゃあ、何だ。


「腫れ物?」

「身も蓋もない!」


 どうしろっていうんだ。


「違うよ。そういうことじゃなくて。『繁栄派』から、手を出さない方がいいと思われればいいのさ」

「なるほど。実は懐未ちゃんは舌が48センチメートルもあって、切った爪を小瓶にラベリング保管していて、目を合わせると飯を奢ってもらうまで後をついてくる性質があるんだが」

「嘘を吐かない」

「ごめんなさい」

「そういう手を出さない方がいいじゃなくて。関わりたくなさにも程があるけど、残念ながらそのレベルなら『繁栄派』にもいる」

「『繁栄派』怖っ!」


 関わりたくねえー……。


「非協力的でかつ強い。こう認識されればいい」

「……それができたら苦労ねえよ。しかしようするにどうすればそう認識されるんだ?」

「うん。手っ取り早いのが、仕宮さんを倒すことだね」

「できるかあっ!」


 あんな化け物を相手取るだけで失禁もの(漏らしてないけど)なのに。それを倒すとは。理想論もここまで来たかといったところである。


「仕宮さんもさっき言った上位ランカーの1人なんだ。この辺りの『繁栄派』内部ランキング第4位。仕宮さんに勝つことができれば、たぶんもう手出しはされない。ただ、勝ったとしても、好戦的な性格であると判断された場合は、危険分子としてより一層狙われることになるから注意して」

「注意も何も、その前の段階が既に無理ゲーなんだけど…」


 仕宮に勝つ以外の方法。それが知りたい。


「国外逃亡だね。そこまで行けば、追って来ないと思うよ。海外にも支部はあるらしいけど、そっちの方まで動かないでしょ」

「も、もっと、簡単で手頃なやつ……」

「いやだな妹さん。ともせずとも命に関わる問題なんだよ?それぐらいの手間は惜しむべきではないよ。それとも何だろうね?不良の喧嘩に巻き込まれた程度に考えていたのかな?だとすれば軽薄極まりないね。悔い改めるべきだと苦言を呈したい」

「悔い改めます…」


 ひどい言われようですね、私。

 確かに私は軽い気持ちで首を突っ込んだ。少なくとも、死ぬ死なないの問題だとは思っていなかった。千切さんの言う通り、不良の喧嘩に首を突っ込んだ程度に、そう考えていたのかもしれない。そう考えていたのだ。

 無法集団。

 やんわりと丁重にお断りしてはいさよならの世界ではない。土下座して、靴を舐めれば許してもらえる世界でもない。

 堕落的に粗暴で、壊滅的に稚拙な、無法という名の、一つのルール。

 郷に入りては郷に従えというやつである。この国では手でカレーを食べるのが礼儀なんじゃよというやつである。


「…インド?」

「え?声に出てた?」

「出てた」


 どこから!?場合によっては今死んでもいいや!

 しかしまあ、私は考えるのが好きな類の人間ではあるけど。考えるのが好きなのであって答えを出すのが好きなわけではないけど。考えるのが好きな類の人間ではあるけども、今はこうして考えることによって時間稼ぎというか自分への言い訳というか、現実逃避を図っている場合でもないので、ちょっとばかし答えを模索してみようかとも思う。


「ふむ。仕宮を倒せば大体のことは解決するんだな」

「おおっ?簡単にいうね。簡単にいったのは私だけど、言うほど簡単な話じゃないとも説明した筈なんだけど」

「簡単だとは思ってねえよ。でも、できそうなことが他にないから、言ってしまえば、それしか選択肢がないって話じゃねえか。じゃあやるしかないだろ。他に今やることなんて、精々フィットネス体操とか、そのぐらいのもんだし」

「フィットネス体操をやっている暇があるなら、もっとできそうなことがあると思うけど…」


 いちいち突っ込まれても。流してくれてもいいんだぜ。


「差し当たって千切さん。あんたは頼りにしていいんだよな」

「駄目だよ。脱出――というか、解放なら手助けはできるけど、それでも君1人しか何とかできないだろうし。仕宮さんと戦うなら尚更頼りにしては駄目。私は『繁栄派』に敵対することはできない。というかしない。そもそも、私の異能は戦闘向きじゃないしね」

「マジかー…。異能使いが2人いれば、仕宮にも勝てるかもと思ったんだけど」

「加えて私は仕宮さんと仲が悪いわけではないからね。友達とまではいかないけども、『繁栄派』の中ではわりとよく話す方だ。君達が仕宮さんをやっつけるというのは看過するけど、それが殺すとなれば、私は反対するかもしれない。とは言え、君達だって、仕宮さん相手に手加減ができるとも思ってないから、私はその辺り、戦闘になるなら関わらず見て見ぬふりを、知らぬ存ぜぬを突き通そうかと思っているよ」

「…敵じゃないなら、問題はないよ」

「でも、さっきはああ言ったけど、本当に困ったなら頼ってくれていいよ。助けになれるかは分からないけど、助けを求めてくれていい。君が死ぬようなことは実はできれば極力絶対に避けたい。正直いって伊久川さんのことは私にとってどうでもいいけど、それでも死なれるのは嫌だ。『繁栄派』に名を連ねる私ではあるものの、異常性があるだけで、人間性を捨てたわけじゃない。罪のない人が死ぬのは、見たくない。見たくないっていうのも、結局、人間性の悪いところ、わがままなんだけどね」


 物知り気に淡々と喋るもんだから、人間離れしているのかと思っていたけど、そうでもないらしい。


「それに、君が死んだら、きっと外喰くんが悲しむから。だから私は君に死んでほしくない。無事に、家に帰ってほしい。好きな人の妹だからなんて、これこそわがままで最低な理由かな」

「わがままなのは認めるが、最低なもんかよ。つまり千切さんの恋心が私の生存を願っているわけだろ?痰が絡むほど素敵な話じゃねえか」

「そう。優しいんだね。外喰くんみたい」

「みたいというか外喰だぜ」


 千切さんは、そうだね、と言って笑った。


「それじゃあ、私はとりあえず懐未ちゃんの様子を見てくるよ。私は平然とアジト内を歩き回っていいのか?」

「いいわけないでしょ。隠れて行って」

「なあ、いいことを思いついたんだが。私が千切さんの胸の谷間に隠れて散策すれば誰にもバレないんじゃない?」

「人が1人入れる程、私の胸の谷間にスペースはない」

「仕方ないな。股の間でいいよ」

「股の間にもない!」

「私が千切さんのスカートの中に、腰周りにしがみついて、パニエとして暗躍するっていうのはどうだろう?」

「重くて仕方がないようまく歩けないよ。よくそんな馬鹿げた発想思いつくまでは許容してあげるけど発言する気になったね」

「今言わないともう一生出てこなそうな提案だったから」

「だろうね」


 しょうがないなあ。

 千切さんが溜め息混じりにいう。


「私が連行してあげるよ。怪しまれるだろうけど、何とかするよ。ほら、手を貸して」


 千切さんが、私の手を掴む。正確には、私の手首辺りを、ブレザーの袖口をつまんだ。

 私より若干背が低い。千切さんは、やや上目遣い気味に、私を見た。


「外での呼び名はどうしようか」

「妹さんじゃ駄目なのか?」

「怪しまれるよ。『繁栄派』としての目的は伊久川さんなんだから、『おまけ』とかでいっか」

「ひでえ!」

「冗談冗談。それも私のキャラじゃないし」


 腰巾着野郎とかコブつきのコブとか金魚の糞とか上澄み液とか脱皮中の皮とかよりはマシだけど。


「じゃ、行こっか。外喰さん」

「うん。よろしく、千切さん」


 くいくい、と、千切さんが私の服の袖をひっぱる。

 可愛いなこの人。

 さりげなくおっぱい揉んでも、いいかな。

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