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異行  作者: yoho
その2
16/47

016

「何じゃこりゃあ……」


 私、外喰楔は、大見得切った割りにはあてもなく歩き続け、半ば諦め気味に(本物の)女子高生である伊久川懐未を連れて、駅からだいぶ離れた高架下のトンネルに潜り込んだ。この時すでに時刻は19時を回っており、辺りはというと、当然ながら真っ暗である。真っ暗とは言っても、月明かりや外灯もあるので、真に真っ暗ではない。

 冒頭の私の台詞は、その高架下のトンネル内の状況についての感想というか、コメントである。


「え、し、死んでる…?」


 懐未ちゃんが声をあげる。

 そんな怯えたような顔をするな。そんな怯んだような顔をするな。表情の通り、怯えていて、怯んでいるんだろうが。私だって怖いんだよ馬鹿野郎。

 死屍累々。

 死んでいるのかどうかは見目では分からないし、累々と呼ぶには、いささか数は少ないのだが。

 3人。

 3人である。

 3人の男が、倒れている。

 3人共、血が流れ出ている。狭いトンネルの中で、仲良く倒れている。

 その奥に、女が1人。


「探しましたわ。お嬢さん方」


 銀髪のお姉さん――仕宮である。恐らく、このお姉さんが3人をやったのだろう。ったのかどうかは分からないが。

 ったというのであれば、それはもう物凄いテクニシャンなのだろう。だって3人ともぴくりともしない。

 後半はどうでもいい事だった。


「お友達の方には、自己紹介がまだでしたわね。私は仕宮環瑚玖かんごく。『繁栄派』『勧誘班』『地獄々落キラーチューン』の仕宮環瑚玖です」

「ご丁寧にどうも。私は外喰楔。肩書きは…そうだな。女子高生」

「外喰…?外喰楔…?ああ、うん。なるほど……」


 平成を――否、平静を装って返事をする。装うまでもなく、平成生まれである。

 仕宮は案外、私の名前に食い付いているようだ。記憶を探るように上の方を見つめ、視線はまた戻ってくる。

 無法集団の『繁栄派』といえど、流石に無関係の人間に無意味に手を出すほど愚かではないだろう。この3人は。倒れているこの3人の男たちは。覇嶺さんが派遣してくれた『粛正派』の人間なんだろう。

 感知系というのは思ったよりも優秀なようで、私たちの先回りをしてここに着いてくれたみたいだが

、私たちよりも先に『繁栄派』と鉢合わせてしまったようで、この有様である。しかし、仕宮は1人だけ。感知系の仲間がいるとは思えない。どうやってここを割り出したのか。突き止めたのか。


「何で?って顔してるんで教えてさしあげますがね、私の『地獄々落キラーチューン』は音を操る異能。単独で攻撃、索敵、撹乱が可能なんですの。まあそれで、そこの3人をつけて来ただけです」


 無敵かこの女。

 大雑把な説明だが、仕宮が所有する異能の力が強大であるということだけは理解できた。

 懐未ちゃんと繋いだ手に汗が滲む。

 仕宮が意味ありげに手を広げた。

 と、その時だった。


「………」


 仕宮の足元の影から、男が現れる。

 影はさながら黒い池。その池の中から飛び出てきた男は、片手にナイフを持っている。言うまでもなく仕宮とは敵対関係なようで、恐らくは『粛正派』の増援で。目的はどうやら仕宮の首。

 仕宮は男の方を見ることもなく、手を広げたままだ。


「決まる!」


 解説役もいいところな台詞を、私が言い放ったところだった。

 轟音が鳴ったと思ったら、黒い池は、赤い池に変わっていた。正確には、轟音が私に聞こえる前に、影は血溜まりに変わっていた。

 飛び出してきた男は、仕宮に触れることなく、出てきた影に押し戻されたのだ。物凄い圧力で。体のどこかが潰れたのであろう。仕宮の足元と、その周辺には影男のものらしき血が広がっている。


「女性の足元に立つなんて、礼儀もクソもあったもんじゃあありませんわね」


 音を操る異能。

 察するに、今のは音の大砲というか、衝撃波を発生させたのだろう。

 攻撃も可能って言うから、頭をきーんってさせて頭痛攻撃みたいなものかと想像していたら、とんだ物理攻撃だったぜ。とんでもねえ。

 過去に26種類もの生物を絶滅させただとか、超高熱の熱線を受けてもびくともしないとか、そういう伝説が残っているんじゃないのか。


「『縁結び影縫いアビス』の流斑るはん銀色ぎんしき。頭と腕が潰れたみたいだけれど、私のパンツを見られたのだから、それでおあいことしましょうか」


 酷い代償だ。パンツを見ただけで頭と腕を潰されるなんて。あまりにもガードが固いお姉さんだ。本番までに何回死ねばいいんだよ。

 緊張しながら緊張感のないことを考えていると、今度は仕宮の背後に、また別の男の姿が見える。男の姿が見えたと同時に、仕宮の周りに炎の柱が現れる。


「『火葬大焼バーンナウト』の三竺さんじく叉門さもん。『粛正派』ったらこんな女の子1人を私から奪おうってのに随分人員を割くんですのね」


 炎使いの男は、仕宮から発せられた衝撃波によってトンネルの外まで吹き飛ばされた。ついでに火柱も一緒に、消し飛んだ。

 仕宮がまた、こちらに向き直る。


「まったくもう。騒がしいですわよね。嫌になってしまいますわ。『粛正派』ったら血気盛んなことですわね」

「血気盛んなのはあんたの方だと思うんだが」

「やられたからやりかえしただけですぅ」


 倍返しどころではない。仕宮が口をとんがらせてかわいこぶってるが、そんなのに構っている余裕はないのだった。


「く、楔ちゃん……」


 懐未ちゃんの手が。声が。震えている。無理もない。私だってちびりそうだ。

 逃げたら死ぬ。逃げなくても死ぬ。そんな感じだった。

 しかし、何もしないで事態が好転するということもまずない。

 何かしなければ。何とかしなければ。何かできれば、いいのだが。どうにもこうにも生憎に、私にできることはまあせいぜい、口を一生懸命動かすことくらいである。


「なあ、お姉さん」

「あらあらあらあらまあまあまあ。やめてください、いい加減。せっかく名乗ったのに、それでは意味がないでしょう?仕宮さんか、もしくは環瑚玖ちゃんと呼んでくださいな」

「環瑚玖ちゃん」

「はあい」

「聞いてもいいか?」

「ええ、もちろん。断る理由なんてありませんもの。何でも聞いて、どうぞ」

「え?ああ…。もし、こんな状況まで追い込まれてから言うのもなんだけれど、懐未ちゃんが『繁栄派』に入るのを断ったら、その時はどうなるんだ?」

「そんな時はありませんわよ。入れますもの」

「話が分からない人だなあ。もしもの話をしてるんじゃん。もっと柔らかく考えろよな。結婚できないぞ」

「結婚はべつにまだ考えてませんので。そうですねえ。『繁栄派』にどうしても入らないというのであれば、これはマニュアルにはないのですけれど、暗黙の了解として、消すことになりますわ」

「け、消す?消すってのはつまり、殺すってこと?」

「分かりやすく言えば、まあ……」


 懐未ちゃんと握り合った手に、更に力が込もる。


「仕方ないではありませんか。『繁栄派』に加わらないのであれば、『粛正派』に下るよりはいなくなってしまった方が、都合がいいでしょう?」

「それは確かにそうだけど、極論だなおい。どっちつかずの人間は作らないってことか?」

「極力ね。どちらかはっきりしていれば対応も簡単ですし。とは言え、いますのよ。『繁栄派』にも『粛正派』にも所属していない異能使いも」

「それって」


 そこまで言って、遮られた。


「その通りでございます。あなたが今考えているその人も、無所属の異能使い。『繁栄派』を蹴って、『粛正派』にもすがらなかった。まあ、とは言っても、座蔵覇嶺とよろしくやっているみたいだし、思想は『粛正派』寄りみたいですけれど」


 外喰要。

 虫刺されによって強靭な異能力を手に入れた、スパイダーマンのパクリ野郎――もとい私の兄は、無所属の異能使い。『繁栄派』にも『粛正派』にも属さない。無色透明、無味無臭の希薄で孤独な異能力者。

 どこに行ってもぼっちだな兄貴。


「それはそれとして、何とか見逃してもらうことはできないか?私何か今日、体調が優れない気がする」

「それは大変。『繁栄派』で看病してあげますわ。着いておいでなさい。カモン」

「日を改めるというのはどうだ?前向きに検討するよ」

「その文句は大抵の場合、拒否の意味を持つと思うんですの…」

「あ、そうだ。じゃあ、この懐未ちゃんが『繁栄派』に加入するにあたって、何か好条件を出してくれよ」


 私の顔を見る懐未ちゃんの目が、怪訝なものとなる。私の手を握る懐未ちゃんの手に、力が入る。

 何言ってるの楔ちゃん!入る流れになってるじゃん!そんなことを伝えたいんだろう。


「好条件ですか…。そうですねえ…」


 仕宮が考え込む。

 と、すぐに何か思いついたように顔を上げる。


「懐未さん?でしたっけ?」

「うん。この子は懐未ちゃん」

「懐未さん、あなた可愛いから、きっとモテますわ」

「知らんがな!」


 好条件と言えば好条件なのかもしれないけれど、それってべつに『繁栄派』が出す条件じゃないし。懐未ちゃん自身のポテンシャルによるものだし。つまり何もしてないじゃねえか。


「いや、そうことじゃねえだろうよ環瑚玖ちゃん。例えば、大金がもらえるとか、幹部になれるとか、世界の10分の1をもらえるとか」

「私は魔王か何かですの……」


 少なくとも、今の私にはそんな感じに見えてはいる。


「そういった条件は出せませんわね。何と言いますか、そういうんじゃないので」

「アバウトな断り方だな…」


 何だ。そういうんじゃないって。何だ。


「じゃあ、そうだな…。一度見学させてもらえないか?」

「見学?見学って、『繁栄派』を?」

「うん。いやまあ、異能力者5人を秒殺するお姉さんがいるようなところだっていうのは知ってるけど」

「あらやだ。褒めても何も出ませんわ」

「褒めてねえよ」


 全く褒めてない。


「とりあえず、アジトとか見せてもらいたいんだけど、駄目かな?」


 仕宮はにっこりと笑顔を浮かべた。


「構いませんわ。どうぞいらっしゃい。返すつもりはありませんけれど」

「それ言っちゃうんだ」

「いや、駄目でしょ。楔ちゃん。駄目だよ」


 懐未ちゃんだった。

 唐突に発言した。


「そんなのこいつの思う壺だよ。思うがままだよ。思い通りになっちゃうよ。今言った通り、帰すつもりもないんだよ」

「いや、待てよ懐未ちゃん。私はだな、環瑚玖ちゃんの隙を伺おうとして、一時的に流される形をとっているだけでされるがままになるつもりはないぞ」

「ナチュラルに環瑚玖ちゃんって言うのやめて」

「はい」


 何故か怒られた。今言うことじゃあないだろ。

 懐未ちゃんへの弁解のために口走ってしまったことだが、この会話、当然仕宮にも聞こえている。そりゃあ仕宮だって、私が命乞いというか時間稼ぎでさっきのような提案をもちかけたことは分かっているだろうけど。でも、目の前でされてこんな会話、気持ちのいいものではないだろう。

 仕宮の方へ一瞬目をやると、うっすら笑みを浮かべていた。そういえばこの女、わりと常に半笑いのような気がする。

 どうでもいい。


「しかしよ懐未ちゃん。それならどうするっていうんだよ。この場から逃げ切る策でもあるのかよ」

「あるよ」

「…………」


 マジで?

 少なくとも私には思いつかない。

 逃げ出そうにも、まず場所が悪い。トンネルの中では、仕宮の音響大砲の餌食だ。そもそもあんなもん、ひらけた場所であろうと、避けるのは無理だろう。

 戦おうにも、私はもちろん戦力外だし、懐未ちゃんの異能による酸がどれほど強力かは分からないが、体液を変化させたものである。量や攻撃範囲、速度に限界がある。真正面からやり合えば仕宮の異能相手に勝ち目はない。と思う。

 もしかしたら、懐未ちゃんには私の知らない大技があるのかもしれない。物凄い勢いで唾を飛ばすスナイパーであるとか。物凄い勢いで鼻水を飛ばすスナイパーであるとか。物凄い勢いでおし――


「逃げ切るっていう表現は、ちょっと違うんだけどね」


 逃げるわけではない。ということは、戦うのか?

 やっぱりスナイパー?


「ここで仕宮を倒すしかないよ…!」


 何言ってんだこの子。

 力強い表情をした懐未ちゃんを、いつも以上に黒目を小さくして見つめた。


「本当は使いたくなかったんだけど、ここまで来たら、やるしかない」

「見せてくれるんですの?あなたの異能の力」


 仕宮が食いついた。ここまで来たら後戻りできないぞ懐未ちゃん。アジト見学コースにはもう戻れねえ。


「あなたが手を引かないって言うのなら、使うしかなくなるよ。私も自分が可愛いから」

「確かにあなたは可愛いですけれど…」

「そういう意味じゃないんだけど!」


 ボケなのか天然をかましたのか、仕宮もやり手である。


「得体の知れない相手に勝算があるということは、中々に強力な異能なのでしょうけれど、でもだからといって、私にも経験というものがありますわ。異能に目覚めて間もないあなたが相手ならば、どうとでもしようはあるんです」

「得体の知れないとは言うけどね。さっき見せてもらった、音の衝撃波。あれが主力武器でしょ?それに加えて、撹乱、索敵…だっけ?うん。はっきり言って驚異的な異能だと思うよ」


 私もそう思う。酷くそう思うよ。


「そこまで理解した上で確信してるんだよ。………勝てる……ってね」


 懐未ちゃんの最高のキメ顔が決まった。

 いつになく声も低かった。

 何だこの子。可愛いだけじゃない…。

 面白い……。

 懐未ちゃんが面白いというのは私個人の見解で、彼女のキメ顔は私のアルバムに刻んでおくとして、懐未ちゃんの意図である。考えてみればそりゃそうなんだが、仕宮に懐未ちゃんの異能力は割れてないんだった。

 つまるところ懐未ちゃんはハッタリをかましている。いや、何というか、そういうのは私の役目だとばかり思っていたもんで、先を越された感…というより、もって行かれた感がある。

 懐未ちゃんは自身の異能力がとてつもなく強力であると仕宮に信じ込ませて、戦意を喪失させようとしているのだ。仕宮もプロだろうから、そんな手にはそうそう引っかからないとも、思うのだけれど…。


「………………」


 仕宮は動揺している風には見えない。

 ただ、口角は先程より下がっているような。


「先手を取ろうというのは無駄な話だからね。まあその理由は、私の異能を唯一知ってる楔ちゃんから言ってもらおうと思う」


 私?

 何で?

 どうして私?

 何故急に無茶振りしたの?急じゃなかったら無茶振りとはいえないだろうけども。

 ハッタリ作戦は懐未ちゃんが始めたことだとはいえ、べつに任せっきりにするつもりは当然なかった。しかしだからといってこのタイミングで投げられても困る。凄く困る。

 何だ懐未ちゃん。仕宮より強力な異能力が思いつかなかったんじゃないだろうな。

 まったくもう。

 かつてはアドリブの楔といわれた私だ。仲介にして曲解の楔。キラーパスならお手の物といったところである。


「そうだな懐未ちゃん。お前が忌み嫌う異能のことを自ら説明する必要はない」


 完璧な入りだ。何だか私の口調まで変わっているような気がするが、別段問題でもないだろう。


「じゃあ環瑚玖ちゃん。私だって言いたくはないが教えてあげよう。懐未ちゃんの異能『未遂再来イリーガルフリューゲル』は全てを切り裂く。因果関係を断ち切り、そのものの存在をなかったことにしてしまうのだ。しかし不安定な異能でもある。既に何人か、やっちまった……らしい」


 何言ってんだ私。私何言ってんだ。

 イリーガルフリューゲルって何だ。語呂が良かったからつい口走ってしまったけれど、どういう意味なんだろう。

 私、変な才能に目覚めてしまったんじゃないか。元々素質があったのかも。それは嫌だな。まあ、あの兄の妹だから、そういう素質があってもおかしくはないのかな。嫌だけど。

 最後に『らしい』と付け加えたのは、因果関係を断ち切られて存在がなかったことにされたのに何で私が知っているんだよという突っ込みに対する予防線である。予防線というか防波堤である。


「もちろん不安定であることも使いたくない理由の一つではあるけど、やはりこの強大な異能、代償がある」

「と、いうと?」

「使用するごとに懐未ちゃんの美貌が失われる」

「何ですって!」


 仕宮が両の頬に手を添えて驚く。信じたのか?信じたみたい。

 懐未ちゃんはこちらを向かないが、私の手を握る力が、強くなっている。痛くないけど。


「元々はそれこそ女神のような美少女だったが、数回の使用でこの通り。残念な美少女に――」

「ちょ、ちょっと楔ちゃん!?さっきは可愛いって言ってくれたじゃん!」

「いや、可愛いよ?可愛いことに変わりはないけど、前はもっと可愛かった」


 という嘘。

 というか、何でつっかかって来てんだよこの子は。感情的になるなよそこは。そもそも自分で可愛いって言うなと、そう言っていたじゃないか。

 安心しろって。顔面偏差値80代あるって。


「そうなんですの…。そんな代償があるのでは、私としても使われるわけには行きません…」

「んん?」


 何で?

 この代償は、自らの美しさを保ちたいという懐未ちゃんの願望を表すもので。あくまでこちら側が使いたくない理由付けなのであって。仕宮がうろたえるだとか、そんな効果効能は期待してない。

 一体どこに、仕宮にとってのデメリットがあったのだろうか。

 下手に探ってぼろが出ても本末転倒だし、何も言わないけども。気になる。

 懐未ちゃんの美貌が失われることによる、仕宮にとってのデメリット。

 目の保養がなくなる。

 ――せっかく仲間にしても、意味がないってことか?確かに美少女は目の保養になるし、眺めていて飽きないけれど。特別な間柄でもなければ、そう深刻な問題でもないだろう。

 『繁栄派』には美男美女しか入れない。

 ――ないとは思うけれど。確かに、仕宮は美女だ。さっきの眼鏡のお姉さんも、美人といえば美人だ。鴉もまあ、ナイスミドルではある。でも、兄貴を勧誘したということは、つまりそんなことはないということなんじゃないか。身内目ではあるが、兄貴は美男子とはいえない。不細工というわけでもないけど、決して美男子ではない。黒目小さいし。言っていて自分もダメージを受けている気がするので、兄貴の顔の評価はここら辺でやめておくとして。というか、懐未ちゃんのレベルなら、1段階くらい顔面強度が落ちても、まだ私より可愛いだろうし。

 考えてみても分からない。分からなかったところで、それほど問題はないからいいけど。


「その可愛いお顔が代償になるなんて、恐ろしい異能ですのね。仕方ありません。仕宮環瑚玖、本日改め生涯2度目の退散といたします」


 ま、マジで!?

 いいの!?

 こいつ馬鹿なんじゃねえの!?

 懐未ちゃんが可愛くなくなるのが嫌だから退散しようっていうのか。『繁栄派』大丈夫なのか。頭のおかしい連中だとは聞いていたけど、いよいよ頭おかしいんじゃないのか。


「手足の1本や2本であれば、最悪構わないと思っていたけれど、顔ではね。それも因果律操作の異能の代償とあらば、これは手出しはできませんわね」

「何怖いこと言ってんだ環瑚玖ちゃん。去り際に物騒な」

「ごめんなさいね。こんなに可愛らしい子を仲間にできないものだから、ちょっぴり悔しくて」

「気持ちは分かる。肌すべすべだぜこの子」

「羨ましい……。その子のピンクの唇が私を誘惑しているというのに…」

「してない」


 懐未ちゃんがきっぱりと言った。

 そりゃあしてないでしょうよ。この状況で誘惑してたらとんだ大物だよ。エロティックキチガイだよ。


「それじゃ、帰りますわね。長居してもあまり意味がないので」

「うん。じゃあな。気をつけて帰れよ」

「あら、ありがとう。外喰さん。あなたも、もう少し瞳が大きければね」

「うるせえよ」


 私が一番気にしてんだよ。泣くぞ。

 踵を返す仕宮。そのままトンネルの外の方へと歩いていく。カツンカツンとブーツを響かせて歩いていく。

 この人、ひょっとして百合なのだろうか。











「楔ちゃん!」

「懐未ちゃん!」

「イヤッッホォォォオオォオウ!」


 懐未ちゃんと2人で、高らかに声を上げてハイタッチ。その後大ガッツ。


「いやあ、何とか生き延びたね!」

「ああ、そうだな。それというのも、懐未ちゃんのハッタリのおかげだぜ」

「いやいや、私なんて、途中で何ていったらいいのか分かんなくなっちゃったし。意味が分からなかったとはいえ、仕宮を退けるだけの理由をでっちあげた楔ちゃんのおかげだよ」

「うん?意味は分かるだろ。対象の存在をなかったことにする異能力だよ」

「そこじゃなくて。使った代償が、何だっけ?私の美貌が失われる?」

「うん」

「うんじゃないよ!美貌って何だよ美貌ってー!そんなものないよ!」

「ああ、うん。言いたいことは分かるぜ懐未ちゃん。美貌って書くと、何だかお堅くてお高い感じがするもんな?分かる分かる。懐未ちゃんは綺麗系じゃなくて可愛い系と言いたいんだろ?」

「言いたくないよ!」

「でもな懐未ちゃん。可愛いには定義がないが、美人には定義があるんだぜ。黄金比とかいうのがあるらしい。何かのドラマで見た」

「詳しい解説はないんだ…」

「意味が分からないと言えば懐未ちゃん。途中で私に怒ってたけど、ありゃ何でだ?」


 数回異能力を使ったせいで、代償により残念な美少女になってしまったと、そう私が言った辺りで。

 さっきは可愛いって言ってくれたじゃん。と。


「あ、あれは、まあ…面と向かって可愛くないと言われると、それはそれで傷付くというか…」

「面と向かってはなかったけどな。隣にいたんだし。それに可愛くないとは言ってないよ。残念な美少女としか」

「より酷くない!?」

「何だよ懐未ちゃん。やっぱり自分のこと可愛いって思ってるんじゃんか」

「そういうわけではないけど」

「そういうわけだろ?素直になれよ。私は何でもお見通しだぜ」


 懐未ちゃんが、数拍置く。


「じゃあ、相手が楔ちゃんだから言うけど、ちょっと思ってる」

「マジかよ…」

「そういう反応!やめて!」

「冗談だよ。ちょっとどころじゃなく可愛いから安心しろよ」

「うん。ありがとう…」


 懐未ちゃんが、少し俯く。ほんの僅かに、照れくさそうに。

 何だこの空気。

 私は百合じゃねえぞ。


「実際、どうなんだ?懐未ちゃんほどの美少女になると、鏡を見るたび『うおっ、可愛い』ってなるもんなの?」

「………いや、ならないよ。何その忙しないナルシスト」

「性格の悪いことを聞くけどさ、私の顔を見ながら圧勝乾杯ビールなの?」

「圧勝乾杯ビールっていうのが、優越感に浸ってるっていう意味なら、そんなことないよ。というか楔ちゃんは、格好いい」


 女子高生のコスプレして髪型ツインテールのフリーターが?

 変わった趣味してんなあ…。


「会ったばかりだけど、頼もしくって、一緒にいて安心感があるんだ。結婚するんだったら、楔ちゃんみたいな人と――」

「ストップ。ちょっとストップ」

「えっ、何で?今結構盛り上がって来てたのにっ」

「違う。そうじゃない」


 そういう話じゃなくて。

 仕宮環瑚玖の。

 音を操る異能。

 衝撃波の印象が強すぎて、他の能力がパッとしないように思えていたが、そんなことはない。

 音を操るということは、強弱も、高低も、緩急も、操れるということ。

 ノイズを取っ払って、小さな小さな音を拾うことも、できるということ。

 歩きながら、世間の騒音雑音を取り除いて、遠くの会話を聞き取ることも、できるということ。

 トンネルからさっさと移動すればよかった。

 何も言わずに行動するべきだった。

 懐未ちゃんを挟んで私と対角の位置に、仕宮環瑚玖が立っていた。


「もう、騙すなんて酷いですわ。信じちゃったじゃありませんか」


 酷い耳鳴りと頭痛に襲われて、私の意識は途切れたのだった。

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