015
「見つけましたわ、可愛らしいお嬢さん」
私の右手首を掴んだ女性は、明らかに懐未ちゃんの方を見てそう言った。
ほとんど白に近い金髪――銀髪と言ってもいいのかもしれない――を、頭の片側で結んでいる。しかしまあ、(瞳孔が開きっ放しで若干怖いけど)顔立ちを見るに、たぶん、日本人だろう。
上はブラウス、下はロングスカート。ブーツを履いた美女だった。
「おいお姉さん。可愛らしいお嬢さんというのは私のことか?」
「違いますけれど。あなたが手を繋いでいるその子のことですけれど」
「楔ちゃん、逃げよう!」
懐未ちゃんに手を強く引かれる。とは言え、こちらのお姉さんも私の手を離そうとはしない。
美少女と美女に捕まって。両手に華というヤツである。
「モテモテだなあ、私」
「楔ちゃん!?馬鹿なことを言ってないで!」
「腕を掴まれてるわりに事情がいまいちどころか微塵も掴めないが、落ち着けよ懐未ちゃん」
「そうですわ。あなたは少し落ち着くべき」
「何で意見が合ってるの!?」
「まあまあ。どうせ電車が着くまで降りられないのですし」
「そうだぜ懐未ちゃん。逃げたってすぐ行き止まりなんだからさ」
「何で楔ちゃんそっち側なの!?」
「で、お姉さん誰よ?」
前の方の車両は人がスカスカだった。がら空きもいいとこだった。こんなことなら最初から前の方に行っていればよかった。
べつにどうでもいいが、人がほぼいないので、この3人の騒ぎは周りの人には聞こえていない。聞こえていたとしても気にされてはいない。
「この女、やばいって楔ちゃん!私を襲って来たんだよ!」
「お、襲うっていうのは、やっぱり……、性的な意味でですかね?」
「それはそれでまずいけど!何でこの状況でそう解釈しちゃったの!?」
「あら、嫌ですわ。襲うだなんてとんでもない。私はその子とお友達になりに来たんですの」
「友達から始めましょうだってよ、懐未ちゃん」
「友達にはならないし、もし仮になったとしても進展しないんだけど!」
「だそうだぜお姉さん」
「残念ですわ。でも大丈夫。きっと分かり合えますもの」
「あ、この人話を聞かないタイプだ」
何を言っても結局同じ答えが返ってくるタイプの女だ。面倒くせえ。
「なあ、お姉さん。あんた懐未ちゃんに危害を加えるつもりなのか?何だかやたら怯えているようなんだが」
「まさか。ここで攻撃したら警察沙汰になって、捕まって、あられもないことになってしまいます。それに、『繁栄派』に入ってくれればいいだけの話ですので」
攻撃?
攻撃というのは?
このお姉さんには懐未ちゃんを攻撃する理由があるのか?
そして、『繁栄派』と。確かにそう言った。先ほど鴉とみっちり勉強会をしたのだ。そうは忘れない。
異能集団『繁栄派』。
危険思想を持ち、異能の力で暴威を振るう、悪逆非道の犯罪組織。
「懐未ちゃん。お前もしかして機密エージェント?」
「違うんだけど…。それより、やっぱりその女から離れた方がいいよ。巻き込まれたら楔ちゃんだって危ないってば」
「大丈夫だろ。ほら私、流れ弾って当たったことないし。もちろん実弾の話な」
「当たったことがある人の方が圧倒的少数だと思うよ…。特に日本では…」
自身の経験に基づいた自信といえど、無意味なものはある。
「3人仲良く降りましょうよ。ほら、あそこに座りましょう?」
「やばいって楔ちゃん!降りた瞬間殺されるかもしれない!」
「え?マジで?そんなレベルでやばいの?」
それはやばいんじゃないのか?
ひょっとしたらやばい。やばいでえ……。
『殺される』という言葉が出てきた途端、急に焦りが出始めた。
あれ?もしかして鴉もあの夜、兄貴を殺そうとしてた?
そんな事を考えている時だった。
「仕宮さん。何をしてるの?」
「あら?千切さん?奇遇ですわね。あなたこそ、こんな所で何を?」
肩辺りまでの黒髪で、眼鏡をかけた女の人が、目の前のお姉さんに声をかけた。ゆったりめの服を着ているが、私の目は誤魔化せない。この眼鏡の女の人は、胸がでかい。
「私は学校から帰るところだよ。……その子達は?勧誘してるの?」
「ええ、もちろん。こちらの、可愛い方がそうですわ」
お姉さんは、顎で懐未ちゃんの方を指してそう言った。
この野郎…。
と、私が目くじら立てて歯軋りして地団駄を踏んでいると。
「……私は、君も可愛いと思うよ」
私の方を見て、そんなことを眼鏡の女の人が言った。
初対面での初めての会話がお世辞……?私も何か返しておこうか…。
「眼鏡さんこそ、いいおっぱいだね」
これはお世辞でも何でもなくて、正直な感想なのだけれど。
重そう。
「………どうも……」
何だか不服そうだ。胸を褒められるのをよく思わないのだろうか。
背が高い人間に、背が高いことを羨ましいといっても、共感が得られないのと同じようなことか。巨乳には巨乳の悩みとかあるんだろうし、いいことばかりではないんだろう。
まあ、べつに私も自分の胸が小さいことを大して気にしちゃいないけど。
「仕宮さん、ちょっと私と来て。勧誘なら、焦ることないでしょ。急いでるなら鴉さんにでも行ってもらえばいいし」
黒髪眼鏡の女の人は、もう私の方を見てはいなかった。銀髪のお姉さんに同行を促しているようだ。
今言う必要はないことかもしれないけれど、眼鏡の女の人――私よりも背が低い。
「鴉さん?ああ、ああ。あの煙草臭い中年のことですか。いましたね、そんな人も。ともあれ、異能力の確認もまだしていなんです。実はけっこう忙しいんですけれど」
「鴉さんと仲が悪いのは分かったけど、来てくれないかなあ。仕宮さんが凄く必要なんだけどなあ。私1人だと心配なんだよね…」
「うーん……」
銀髪のお姉さんは、私の手首を掴んだまま考え込んでしまった。
このお姉さん。爪の色が緑だ。もちろん、元からではなくて、マニキュアを塗りたくっているからである。
「そうですね。他でもない千切さんの頼みですものね、仕方ありません。行きましょうか。ではあなた、また来ますので」
私が爪を観察している間にお姉さんは折れたらしく、最後にそう言い残して眼鏡の女の人と一緒に後方の車両へ消えてしまった。
残された私と懐未ちゃん(はどうだか知らないが)は唖然としていた。
「……楔ちゃん」
「何だよ懐未ちゃん」
「ごめんね。やっぱり、家に行くのはやめるよ」
「じゃあ私が懐未ちゃんの家に行こう」
「やめて」
辛辣な。
何も言わずに巻き込んで、事の重大さがバレたらドロンというヤツか。ありがちな話だ。どっかでよく見るわ。そういうの。
恐らく彼女自身も困惑しているのだろう。
一度整理整頓する。
さっきのお姉さんが言っていた。『繁栄派』と。そして勧誘と。鴉の話に聞いた『勧誘班』に所属しているのだろう。そして、懐未ちゃんの勧誘に来た。『勧誘班』は異能力が発現したばかりの人間を狙うという。無色透明のうちにコンタクトをとって、白にも黒にも染めるのだ。つまり、伊久川懐未はここ最近の出来事――異能力に目覚めた。
「まあそう言うなよ懐未ちゃん。さっきは茶化したが、私が何にも知らないと思うなよ。かくいう私も関係者でね。異能の力について……調べてる」
何故か意味ありげなトーンで角度をつけて言ってしまったが、まるで意味はない。雰囲気重視なのだ。
「え、知ってるの!?楔ちゃん!」
「ああ知ってるぜ懐未ちゃん。今の女――仕宮とか言ったか?仕宮は異能力が開花した懐未ちゃんを『繁栄派』に加えようと、お迎えに来たわけだろ?」
「そうそう!凄い!楔ちゃん察しがいいし頼りになる!」
興奮気味に持ち上げられて、悪い気はしない。何だか、こちらまで気分がよくなる。高揚する。いや、私にそっちの気はないけど。全く。微塵も。これっぽっちも。ないんだけど。至ってノーマルな趣味嗜好を備えた凡々人々だけど。
懐未ちゃん可愛いわ。
「もしかすると、家出をしたのもそれが原因なのか?」
「うん。そうなんだ。あの女、家まで押しかけて来たんだよ。このままじゃ家族も危ないと思って、飛び出してきた。さっき簡単に楔ちゃんについて行こうと言ったのは、知らない誰かなら巻き込んでもいいやと思ったから。でも、楔ちゃんは駄目だ。もう巻き込めないや。ちょっとしか話してないけど、面白いし、優しいし、いい人だもん。楔ちゃんを危ない目には遭わせられないよ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。でもな懐未ちゃん。私だって懐未ちゃんを危ない目に遭わせるのはやぶさかではないんだ。のしかかった船だぜ」
「沈めるつもりなの!?」
「ああ、間違えた。寄りかかった船だぜ」
「休んでるじゃん!」
「燃しかかろうが母子罹ろうが船は船だぜ。実は数時間前に異能の事について知った私が、できる限りサポートしてやるよ」
「最後になんか頼りなくなった!」
現金な奴だな。
「まず、お互い知ってる情報を交換し合おう。懐未ちゃん。お前、異能の力に目覚めたのはいいが、それがどんなものかは知ってるのか?」
「初めて会った時、仕宮に聞かされたよ。大雑把にだけど」
「なるほど。私も粗方は知ってる。で、どんな能力?」
「うっ」
言いよどんだ。
何だ。この期に及んで私がスパイだとでも思っているのか。いや、確信はしてないだろうけど、その可能性を捨て切れていないのか。それとも、もったいぶっているのか。お披露目までのお楽しみよってか。
「そういうのも嫌いじゃない」
「はい?何が?」
「焦らしプレイの話」
「いつしてた?そんな話」
「してませんね」
してません。
尤も、嫌いじゃないのも相手が美少女の場合に限り、だけどな。
「わ、私の異能力は…、体液を、酸にできる……」
「エイリアンかお前」
「だから言いたくなかったのに!」
なんか、思ってたより格好良くないし、もちろん可愛くもないし、グロテスクというか、気持ち悪い(失礼)異能だった。
「じゃあ懐未ちゃんは涎や涙や鼻水から汗とか尿とか愛液に至るまで全てが強酸性ってことか」
「そのレパートリーで何で血液を押し退けて愛液が入って来たのか甚だ疑問でならないよ…」
「レパートリーの選抜は私の中の優先順位に強く依存する」
「血液は鼻水にすら負けてるの!?」
「しかしまあ、ご都合よく大丈夫なんだろうけど、一応聞いておくとして、懐未ちゃんの体は平気なのか?」
「うん。大丈夫みたい。強く、酸にするぞ!って思わなければ、ただの体液みたい」
「だよな。そうじゃなきゃ、毎回便器買い替えだもんな」
「………………」
あれ。何か反応が悪い。
「汗かいたら毎回サービスショットだもんな」
「…………最低」
仰る通りだと思います。
「でも、私の体に影響はないみたいなの。酸にした涎とかで、私の体は溶けないみたい」
「ふむん。服だけ溶かすご都合液体だな」
「そうだね」
視線が痛い。突き刺さる。
「聞く必要もあまりないけど、もしも呼ぶことがあった場合に不便だから聞いておくけど、その異能の名前は?」
「な、名前…?」
「うん。異能力には名前があってしかるべきなんでしょ。『孤独の亡骸』とか『腐喰の王』とか」
「あるよ。あるし、言うけど、私が考えたわけじゃないからね…?」
「分かってるよ。なんかこう、ポーンと来るんだろ?頭に。ポーンと」
私はその感覚は知らないが。
「『危険痴態』」
「ほう!最高に格好良いな!」
「馬鹿にしてるね!?」
してないしてない。
ポーンと来るのがもし仮に直感なんだとしたら、異能使いというのはどいつもこいつも才能ありすぎだろ。邪気眼多過ぎるだろ。
「それで、楔ちゃんの異能は?」
「えっ」
「えっ」
何言ってんのこの子。
私がそんなビックリ人間ショーみたいなことできるわけないじゃん。できたらとっくに海外進出してるよ。
プリンセスクサビー。
「………………」
語呂悪っ!
「私は異能力は持ってないよ」
「え?楔ちゃんもついさっき発現したんじゃないの?」
「あーそう捉えちゃったのかー。違うよ。私はついさっきよく知らないおじさんに異能の講習を受けて来ただけ」
「そっちの方がよっぽど危険度高いよ!?」
兄が異能の力に目覚めたので、私も知っておこうと思っただけで。何をどうこうしようとして学んだわけではない。
数ある知識の一つとして、仕入れておいて損はないだろうと、その程度のことだったのだ。
「知り合いに異能力者がいてね。知らないのも癪だし。さわりをね」
「そうなんだ。大変だね」
「懐未ちゃんに言われたくはないよ」
私は関係者であって、当事者ではない。異能の力を持っていない。兄と私の――そして、伊久川懐未と外喰楔の――決定的な違いだった。
「さあて、どうする懐未ちゃん。どうしたい?」
「どうするって、どういうこと?」
「質問に質問で返すなよ、難しかったか?」
「楔ちゃんだって質問返しじゃん」
「私は先手だからいいんだ」
「何それ」
話が進まない。
「とりあえず、逃げてるってことは『繁栄派』には入りたくないんだろ?」
「うん。得体の知れない組織に入りたいと思う人はそういないよ」
「私も『繁栄派』は入らない方がいいと思う。実態は知らないけど、聞いたばかりじゃ冷酷無比にして悪逆非道にして勧善懲悪の犯罪集団だそうだぜ」
「いや、あれ?義賊なの?義賊だったの?」
「勧善懲悪はなしで」
「だ、だよね。そうだよね」
字を変えるなら、完全超悪。
一週回って格好良い気がする。
気のせいだな。
「懐未ちゃんは聞いたか知らないけど、『繁栄派』の他に『粛正派』っていうのもあって、そっちは異能に困る人を助ける慈善団体らしいよ。『粛正派』を当たってみようか」
「仕宮がちょっと言ってた。馬鹿で愚鈍で怠慢な無能集団だって」
「ひでえ言われようだな…」
対立組織なのだから、お互い印象が悪いのは仕方がないのかもしれないけど。それではまるで腐ったこんにゃくのような(こんにゃく自体を悪く言っているわけでは決してない)組織だ。
仕宮とかいうお姉さんも、結構言うなあ。
「流石にそこまでじゃないって。私の知り合いにも、『粛正派』の人がいるんだけどさ。優しくて、しっかりした人だよ。たぶん助けてくれるし、面倒もみてくれる」
ちなみに、その人の名前は座蔵覇嶺という。私の兄の知り合いで、兄も主に異能のことでお世話になっている(らしい)。さらにちなみに、座蔵覇嶺さんが『粛正派』の人間だというのは、鴉に聞いた。ついさっき。
「そう?楔ちゃんがそう言うなら『粛正派』に行ってみようかな…」
「ごくごく自然な流れで持っていって自分でも不安になったから断っておくけど、私はべつに『粛正派』のスカウトとかじゃないからね?」
「全く疑ってなかったのに今の一言で楔ちゃんがスカウトにしか見えない…!」
余計なことを言ったようだ。
「とにかく、『粛正派』のその人に連絡してみるよ。電車を降りたらな」
「ごめんなさい楔ちゃん。今日はちょっと仕事が長引いていて、終わりそうにないんです。急ぎの用ですか?」
「あー、そっか。そうだよね。覇嶺さん、社会人だっけ。調子はどう?」
「急ぎじゃないの…?」
電車を降りて、懐未ちゃんと共に家に向かって歩きながら、例のその人――座蔵覇嶺さんに電話をかけた。かけたのだが。
電話越しに、覇嶺さんに会えない旨を伝えられた。
何の仕事をしているのかは知らないが、今この時間で長引いているということは、元々帰りは比較的早いんだろう。
「それがけっこう急ぎなんだよね。異能が発現した友達がいてさ。『繁栄派』に追われてるんだ」
「あれ?楔ちゃん、異能のことを知ってるんですか?まさか、要くんから?」
「いやいや違うよ。鴉に聞いた」
「鴉に!?だ、大丈夫なんですか!?何もされてませんか!?」
「コーヒーを奢らされたけど、特には何も。むしろ異能の講習をしてもらったよ」
「異能の…?はー、そういうことですか……。言ってくれれば私から教えたのに…」
どうだか。
「まあ、とにかく分かりました。いつも『繁栄派』に先手を取られてしまいますからね。今回はそうは行きませんよ!」
「もう取られてるんだけど」
「私は向かえませんが、『粛正派』の仲間が行きます。駅周辺だと分かりやすいんですが、それだと『繁栄派』にも見つかる可能性があるので……うーん。どうしましょう?」
「呑気かっ!」
私に相談されても困る。
「分かりやすくて見つかりにくい場所にいてください」
「無茶言うなよ覇嶺さん。それに、そんな所にいてそっちは私たちの居場所が分かるのか?」
「大丈夫ですよ。『粛正派』は多くの感知系異能力者を抱えています。たぶんそのうちの誰かを含めた3人くらいが行きますよ。たぶん」
「言い切ってほしいなー」
「大丈夫です。誰が行くのか知りませんけど、大体みんないい人ですから、安心してください。上司が睨んでるので私はこれでっ!」
そう言って覇嶺さんとの通話は切れた。というか切られた。
「どう?何だって?」
隣で通話を聞いていた懐未ちゃんが聞いてくる。
「来てくれるみたいだぜ。分かりやすくて見つかりにくい場所にいろってさ」
「無茶言わないでよ楔ちゃん」
「私が言ったんじゃねえよ…」
この町のことなら、私の方が詳しいだろう。リードしてやらなければ。
懐未ちゃんの手を取って、強く繋ぐ。
山の向こうに消えていく太陽が、断末魔の如くぎらんぎらんとした強烈な日差しを送ってきているのでいまいちよく分からないが、懐未ちゃんの頬が、赤く染まったように見えた。
「楔ちゃん……」
「手を繋いでいると身体能力が2倍になるんだ」
「………」
懐未ちゃんの眉間に皺が寄った。
「私はこの力をフレアって呼んでる」
「…ニセコイなら読んでる」
「小野寺ちゃん可愛いよな」
「妹の方が可愛い」
「私も肩書き的には妹なんだが」
「楔ちゃんの話はしてない」
「そうか…」
つい茶化してしまったが、気を取り直して行こう。
分かりやすくて見つかりにくい場所と言っていた。感知系異能力者といっても、そこまで正確なわけではないんだろう。極端な話、迷路の奥にいれば、迷路の奥にいるということは分かるが、迷路の抜け方は分からない。みたいな。
つまり、ええと、どうすればいいんだ?
まさかそこにいるとは思ってもみなかったけれど、行ってみれば一発で分かる…みたいな場所がいいんだろうか。でもそれだと、『繁栄派』にも感知されてしまうんじゃないだろうか。よく分からない。難しい。ややこしいし面倒くさい。
そういえば、山の上の方に廃マンションがあったっけ。徒歩10分圏内に家はあるものの、誰も近づかなくなったそこは、身を隠すには絶好の場所だと。そうは思うのだが。そんな所、『繁栄派』がどうとか言う以前に恐ろしくていられやしない。何を隠そう、私はお化けが苦手なのである。べつに夜道とか歩けるけど。なんか苦手なのである。いないいないとは思っていても、どうしても怖いものなのだ。夜、トイレに行くのは未だに怖い。用を足して、布団まで戻る帰り道、物凄い早足になってたりする。
余談に余談を重ねるが、我が家の2階には部屋が3つ。兄の部屋と、私の部屋と、あと、物置。階段を登り切って右手にトイレ、そのすぐ傍に兄の部屋がある。私の部屋からトイレに行くには、兄の部屋の前を通過しなければならない。時々、深夜帯にも関わらず兄の部屋から物音(言う必要はないが、イヤホンから漏れた喘ぎ声)が聞こえることがあるので、そういう場合は軽くノックをすると静かになる。一度、トイレから自分の部屋まで戻るのを諦めて、兄の部屋で寝ていたことがある。私が眠りに着いた後で、兄も尿意を感じて目が覚めた際に、同じベッドで寝る私に(流石に寝る時はツインテールを解くので、長い髪が無造作に貞子していたと思う)驚いて悲鳴をあげた。それによって両親に怒られたきり、私は夜間兄の部屋に立ち入り禁止となった。
その(寝ている私にガチビビリしたという)話を聞いた時は、私も傷付いたのだが。
余談だった。
「行くぜ懐未ちゃん。付いて来な」
「うん」
私と懐未ちゃんは歩き出した。




