第38話 対等なる対話
「さぁ、これで満足か!?」
俺は力を使い果たして震える膝を騙しながら、魔王へと威勢良く言葉を放った。
奴は俺を見下ろしながら、口角を上げて拍手を始めた。
その拍手に続く者はいない。困惑と恐怖を浮かべている高位者達を他所に響き渡る拍手の音。
長く響き渡る拍手は、まるで俺がいつまで立っていられるのかを試しているようだ。そしてついにカクンッと膝から力が抜けた。だが地面に膝がつく前に、柔らかな温もりが俺を支えた。
「大丈夫ですか!?」
耳元で囁かれるテスの声。
「わりぃ、助かる。こうして支えられるのは何度目だろうな」
「私もリングスさんに救われたのは、もう数えきれませんよ」
テスの瞳に宿る哀しみは完全には癒えていない。だけど憑き物が落ちたように屈託のない笑顔を、テスは見せてくれた。それだけで命を削って戦った達成感が込み上げてくる。
俺とテスが同時に魔王を見上げると、長く続いた拍手がピタリと止んだ。そして魔王は静かに席を立ち、集う者たちへ支配的な威圧を込めて宣告を下した。
「決闘はアンチェインズ家の勝利だ。当主ネクロードの死亡により、その領土をアンチェインズへ譲渡することを、現魔王ハウ・アゼルヴの名において承認する」
「デスティニア!!」
魔王の宣告と共に解放されたアルテニオがテスの元へと駆け寄ってきた。彼はテスを壊れ物を扱うように、それでいて二度と離さないという意志を込めて強く抱きしめた。
「ありがとう……そして、すまなかった、テス」
「お父様が謝る事ではありません。むしろ謝らなければいけないのは――」
「テスでもないだろ?」
俺が横から口を挟むと、親子は驚いたように目を丸くしてこちらを見た。
「あっ、わりぃ。お邪魔だったか」
テスは目元の涙を拭い、可笑しそうにけれど愛おしそうに微笑んだ。
「ふふ、ありがとうございます。そうですね、この場で相応しいのは……フェーテルへの感謝の気持ち、かもしれませんね」
「……そうだな。あの子には何一つしてやれなかった。だがその想いと勇気だけは、この領土に永遠に語り継ぐことを誓おう。……それが弔いになるかは最早わからないがな……」
そう言ってフェーテルの遺体へと目を向けるアルテニオの顔には、後悔と悲しみはあれど、もう迷いはなかった。彼はそのまま俺に向き直り、魔族の誇り高い当主としてではなく、一人の父親として、敵対種族の俺に深々と頭を下げた。
「そして、こうしてあの子を弔えるのも……リングス君、君のおかげだ。娘達の為に尽力してくれて、本当にありがとう」
その光景に観客席が再びどよめく。侮蔑と驚愕の入り混じった視線。奴らに俺が睨みを利かせるのと、魔王の威圧が場を制圧したのは同時だった。
「さて、感動の再会はこのくらいでいいかな? もう一つの”報酬”の時間だ」
魔王ハウ・アゼルヴが指を鳴らすと、玉座の影からスッと現れた女が傍らに空間を裂くように無機質なゲートを創り出した。
「差し迫った問題もあるのでな。対話したければついて来い」
問答無用にそう言うと、魔王と側近はゲートの向こうへ姿を消した。俺とテスは目線で互いの気持ちを確認し、アルテニオへと向き直る。
「お父様、私にはまだやるべき事があります」
アルテニオは寂しさを押し殺した顔で頷いた。
「そうか……必ず帰って来てくれ。それまでに領地は立て直しておく。それから、リングス君」
アルテニオは俺の肩を強く掴んだ。
「また君を頼る事になるが、テスを……娘をよろしく頼む」
「ああ、任せな。……っつっても、助けてもらってばかりなんだけどな」
照れくさくて頭を掻く俺に、アルテニオはテスと似た笑顔を向けた。
「はははっ! 聖族と言っても、想いを通わせれば同じ人間なのだな。……さあ、行け。ゲートが閉じる前に」
「お父様……行ってまいります」
短く抱擁を交わす二人を見て、胸の奥が温かくなる。……だがそれと同時に、さっきから感じている胸の奥の穴が、じわじわと冷たい虚無感を広げていた。
――俺の親って……どんなだったっけか。
親の顔がわからないとかそんなレベルじゃなかった。親に関する情報、いや、十歳以前の記憶がごっそり抜け落ちている。
――これが……力の代償か。
「リングスさん、行きましょう」
テスに手を引かれて思考の淵から引き戻される。俺はゲートへ向かう直前、アルテニオに一つだけ言い忘れていたことを告げた。
「アルテニオさん。俺はネクロードとの闘いで奴の記憶を受け取った。この領地に掛ける思いは複雑なものだったが、良くしようっていう思いは本物だった。だから……」
アルテニオは俺の目を見て、その意を汲み取るように力強く手を差し出した。
「ああ、恩人の願いだ。ネクロードの名に敬意を持って、その再興を成し遂げよう」
交わされた、力強い握手。
種族も、地位も関係ない。一人の人間としての対等な約束だった。
「頼んだぜ!」
俺は背を向けてテスと共にゲートへと向けて観客席を駆け上った。
※※※
「で、いきなりふんぞり返っているわけか」
「魔王、だからな」
ゲートをくぐり抜けた先はなんとも無機質な部屋だった。装飾を排しただだっ広い石の部屋。あるのは観客席の頂点にあったのと同じ石の玉座。
そしてそこにふんぞり返る魔王ハウ・アゼルヴとその傍らに立つ側近の女。
「まずは、よくやったと言うべきか」
魔王は頬杖をついて思案しながら言葉を連ねる。
「それで何を望んでいる?」
俺はテスの震える手を握り、一歩前に出る。
「まずは……姉妹、兄弟でも平和に暮らせる国を作って欲しい」
魔王は喉の奥でくぐもった笑い声を漏らし、ふらりと立ち上がって窓辺へと向かった。
「……残念だが、俺の力だけではどうにもならん」
魔王が立った窓辺の先にはどこまでも広がる青い水面、海が広がっていた。波に反射する光が、魔王の憂いを帯びた横顔を照らす。
「俺と王権、つまり高位者達との関係性はどう見えた?」
「……良好とは言えねぇな。あいつら、アンタを恐れてはいるが敬ってはいなかった」
「その通りだ。そもそもこの国の王とは、魔界が勝手に選出した存在。統治能力など無視した、純粋なる力を基準とした選出だ。その力を飼い慣らすために作られた組織が、王権だ」
「つまり、政治への干渉は難しいってことか?」
「ああ」と応える魔王の声には力が籠っていなかった。そして俺の方へとつま先を向けて歩み寄る。
「天界は秩序による相乗効果を、魔界は個の極限的な力を追求する。その二つの真理が衝突し、この終わりのない戦争が構造化された」
「へぇ、そうかい。魔王様直々に歴史の授業とはありがたいね」
俺の皮肉にテスが袖を引っ張り、魔王の側近が重心を傾けたのを魔王が制した。そして魔王は気にした様子もなく続けた。
「俺はこの地位に就いたとき、あの豚どもの統治すべてを力で塗り替えようとした。だが王権を解体すれば魔国領連邦の軍事系統は崩壊し、聖族に滅ぼされる。この停滞した地獄を維持する以外、魔王には道がないのさ」
突然始まった敵将とも言える魔王の吐露。俺は戸惑いながらも、その心境を直に問いただすことにした。
「……で、アンタはそれを俺に伝えて、どうしたいんだ?」
「話が早くて助かる。俺の持ち得る力では壊せない。だから――」
魔王は邪悪に、けれどどこか少年のような期待を瞳に宿して言った。
「俺はこの戦争の『構造』そのものを、外側からひっくり返したいと考えている」




