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35話 様子のおかしい

「大神官! 今まで何処にいたのだ!」


 苛立ちを隠しきれない様子でゼルスが叫ぶ。しかしケイレヴからの反応は薄く、下を向き一言も発さない。流石にケイレヴの様子が可怪しいと気づき、ゼルスとササハは警戒心を抱いた。


「……大神官?」


 背後からは遅い足取りとは言え化物も迫ってきている。ゼルスは焦る気持ちを抑えつつケイレヴへと一歩近づいた。


「殿下!」


 ゼルスを捉えたケイレヴの表情を見て、ササハはゼルスを庇うように飛びついた。


「……な」


 ササハに押され倒れたゼルスだったが、先程までゼルスが居た場所を鞭打つように一筋の光が過ぎ去ったのが見えた。それはケイレヴが頭上の特殊魔具から引き抜いたトゲの生えた蔦のようなもので、まるでしなる薔薇の茎のようだと思った。


 なにより顔を上げたケイレヴの表情にはなにも浮かばす、普段は細く開いているのかも分からぬ瞳は、フェイルの赤い石と動揺に赤く染まっていた。


(違う……)


 赤く染まるケイレヴの瞳を見て、ササハはいつの日かを思い出す。


(先生の目はあんな色じゃなかった)


 ササハがケイレヴの瞳を見たことなんてないのに、なぜだかササハにはあの色は違うのだとはっきりと感じた。


 ケイレヴは無表情のまま、なのにササハを見つめ次の動きは見せなかった。


「……? 先生?」


 困惑が声に出たがケイレヴは動かない。それなのに手にはしっかりと具現化された特殊魔具が握られており、何の感情も乗せない静けさは不穏だ。


 庇われたゼルスは困惑しているササハはとは裏腹に、倒れ込んだ衝撃で手放してしまった剣を引き寄せる。


「せんせ」


 ケイレヴの様子を確かめようと立ち上がったササハの横を、光の蔦が通り抜ける。それはササハを通り越し、背後にいたゼルスを狙っていた。しかしその動きを予測していたゼルスはケイレヴの攻撃を剣で弾き返し、隙を作らぬようすぐに構えを取る。


「先生やめて! どうして殿下を攻撃するんですか!」


 ケイレヴの攻撃はゼルスだけを狙っているのか、むしろササハだけが除外されているのか。攻撃の軌道の間にササハが入るとケイレヴはその手を止め、ゼルスがその隙をついて距離を詰めようとすれば離れる。


「ササハ・カルアン。すまないが君は離れていてくれないか。私は剣術は得意なほうなのだが、流石にこの距離で近くに居られると巻き込んでしまう可能性がある」

「ですが……」


 ササハは迷うが、ゼルスはただケイレヴを見ている。下手に視界から外すと、次の瞬間にはあの光の蔦に腹を貫かれてしまう気がするからだ。ササハを盾にすればケイレヴの攻撃は止むが、ゼルス自身も動きづらくなる。なにより自身よりも一回りも年下の少女を盾にすること自体、許容しがたいのだ。


「もし可能であれば、()()の気を引けるだろうか? もちろん無理はせずに」


 ハッとしてササハはアレと称された化物を見る。化物の動きは遅いが、だいぶ近い距離まで近づいていた。


「分かりました」

「だが、危険を感じたらすぐに身を隠しなさい」

「……ありがとうございます」


 合図はせず、静かにタイミングを合わせる。ササハがゼルスの前から退くと同時に、ゼルスは剣をかまえ、案の定すぐに飛んでくる一撃を防いでみせる。


 ササハも何とか化物の気を引こうとするが、化物の標的もゼルスにあるのか声をかける程度では見向きもされなかった。


「なら今のうちよね」


 動くヘドロの塊の背後に周り、特殊魔具魔具から魔力を放つ。一応先ほど攻撃した直後に地震が起きたため警戒するが、今度は小さな揺れすら起こらず、化物の気を引くことにも成功した。


 先ほど攻撃した時と同じ程度の魔力を込めたはずなのに、ヘドロを抉る威力が弱く、内に隠されているはずの赤の呪文は見えなかった。なのに飛び散ったヘドロを回収する速度だけは上がっており、化物が此方側へと向き直るころにはすでに回復してしまっていた。


(気を引くことは出来たけど、この後はどうしたら良いのかしら? 下手に攻撃したらさっきみたいに大きな地震が起こるかもしれないし……でも殿下と先生のことも気になるのに)


 倒せるのならそうして、早くゼルスとケイレヴのほうへ加わりたい。しかし化物を攻撃することで、まだいくつか残っているフェイルの赤い石を刺激してしまうのも怖かった。


(でも、地震は呪文を攻撃してから発生して、先生が来た頃には収まったのよね。もしかして攻撃されたと思ってアレが先生を呼んだ、とか?)


 化物が身の危険を感じ、仲間を呼んだ? そんな馬鹿なと思いながらも、だがしかしと思案する。


「う~ん…………考えたところで分からないし、とにかく全力で攻撃してみよう!」


 ササハの考えは当たっているかも知れないし、全くの見当違いかも知れない。ならば相手が何か発生させるより速くやっつければ良いのだ。


「いっけーぃ!」


 なのでササハは渾身の一撃をお見舞いする。一発で仕留められるよう乗せれるだけの魔力を乗せて、しかし周囲に魔力が散らぬよう細く圧縮するように纏める。そうして放ったササハの攻撃は見事化物の腹部を貫き貫通したのだが。


「やった! 当たった………………あれ?」


 しかし腹を貫かれた化物に変化はなく、叫びも地震を起こすこともなかった。


「え? なんで? 呪文が見えた場所に当たったのに、どうしてまだ動いているの?」


 飛び散ったヘドロはまたたく間に回収されていき、ササハは困惑する。攻撃は確かに化物の分厚い図体を貫通したのに、ダメージが入った手応えなぞ微塵もない。


「どうし――――――え!」


 焦りながらも意識を集中させて気づいた。何処かから伸びてくる湯気。カタシロで守っているゼルスを除き、恐らく別の場所にいる王族から奪っているであろう湯気の行き着く先。それが先程は確か化物の中心部に向かっていたはずなのに、今は別の場所、化物の頭部へと集まっているのが視えた。


「もしかして呪文の位置って動かせるの?」


 そんな筈はないと思いながらも、しかし魔法陣を特定の場所に刻むのではなく、呪具やフェイル化の種の様に移動可能な媒介物へ刻むとすれば?


「そんなの聞いてないんだけど!!!」


 先程の一撃に、かなりの魔力を込めてしまった。


(少しでも回復を待ちながら、けどあんまり攻撃しなかったらすぐに殿下のほうに行っちゃうから、えーっと?!?!)


 何かしなければとただの石ころを拾って投げてみたが、ただ投げた石がヘドロの身体に小さな波紋を作りのみ込まれただけに終わった。

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