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32話 あのフェイルは

 謁見の間の扉を破壊し、大きく膨れ上がった巨大なフェイル。広く高い天井まで届きそうな巨体に、レンシュラとハートィはミアの手を引き十分な距離を取った。


 一旦二人がかりで体積(魔力)を削ろうとしたが、あまりにも巨体すぎた。しかし幸いなことにフェイルの興味はレンシュラたちになく、攻撃をしかけない限り狙われることもなかった。


「通信魔石、やっぱり通じないっすか?」

「無理だ。城に施してある魔法のせいか、もしくはあのフェイルが原因なのか全く繋がらん」


 特殊魔具に問題は生じていないが、通信石などの魔道具が使い物にならない。


「あの個体ウチ等に興味がないのは有り難いすけど、その分放出してる汚染魔力もすごいから外に抜け出るのも難しそうっすね」


 柱の影に隠れ、入口の方角を見るハートィ。フェイルは出入り口を塞いでおきたいのか、扉周辺や窓がある箇所に自身の魔力である黒い煙を色濃く纏わせていた。そのせいで壊れた扉から外に出ることも出来ず閉じ込められていた。


 当のフェイルは玉座の真ん前から微動だにせず、ただ外からの侵入を拒むように汚染魔力を撒き散らしている。


「やっぱり微力でも攻撃し続けるしかないっすよ! 今はまだ汚染魔力は壁側にへばり付いてるっすけど、この広間が汚染魔力まみれになるのもヤツの気分次第っすよ!!」


 フェイルが気分による行動など行うはずないが、なぜかあの個体は汚染魔力(黒い煙)を操り《呪われた四体》にも引けを取らないだろうとかんじられた。また弱点である赤い薔薇はレンシュラの跳躍力でも届かない高さにあり、かと言ってちょうど良い足場なんてものはなく、壁側は汚染魔力に覆われ近寄ることも難しい。


「ウチを踏み台にしてシラー先輩に飛んでもらうとかどうっすか?」

「やるとしても逆だろうが、どの道あの高さでは核まで届かないだろう」

「やっぱりそうっすよね……せめてフェイルを転ばせたり、興味を引いてかがませたり出来ればいいっすけど」


 フェイルは思考し動くのではなく、生前の記憶にある動きをしているだけだ。あくまでその個体の記憶に沿っているため、単純な外部状況だけでかがませるなど――――そんなことが可能なのか皆目見当もつかない。


「あ、あの……」


 ふと、それまで小さく固まっていたミアが口を開いた。顔色はなく、未だ震えは収まっていないが、それでも視線を上げレンシュラとハートィのことを見た。


「あのフェイル、もしかしたら昨日あたしたちを襲った女の人かも知れないです……」

「それは本当か!?」

「でも、女の人って言ったすか? 確かあのフェイルは騎士の一人が変化したような気がしたっすけど」

「魂を交換できるって言ってたんです!」


 そこでレンシュラもハートィも気づく。確か昨晩落ち着いてから、ササハたちと互いの情報を共有した。その時にノアの目的であった人物、魂を入れ替えることが出来る人間との間に起こった出来事を聞いた。


「たぶんく……首を斬られた、時だと思うんですけど、きっとその時近くの誰かと入れ替わったかして、だって、さっき聞こえた声があの女の人と一緒で」


 その時の光景を思い出したのか、ミアの震えが大きくなる。


 それでどうして今更フェイル化したのかは謎だが、元の魂の情報が少しでもあるのならば何か変わるかもと顔を見合わせる。


「あのフェイルがその人物と仮定して、昨日の話と重複してもいい。思い出せる限りのことを教えてくれ」

「はい。その人は、見た目は二十代半ばか過ぎくらいの女の人で、神殿にあった封印を解くことを強く望んでました。でも封印が二重に施されていたのは知らなかったようで、騙されたとか、デク――という人物がそれをやったみたいに言っていて、怒り狂っていました」


 魂の入れ替えが出来、神殿の封印を解くことにこだわっていた人物。


「あと聖女様の名前を言っていた気がします」

「聖女の名前?」

「はい。それは昨日の話ではなく、つい先程。フェイル化した時に聖女様のお名前――――シエリュダ様と言っていたと思います」


 レンシュラに覚えはなかったが、ハートィは「言われてみればそうかもっす!」と同意を示した。


「そうか。あとは玉座に気を引かれている……くらいか。おそらくデクと呼んでいたのは大神官のことだろう。玉座のまじないと神殿の封印が繋がっていると言っていたのは奴だったしな」


 ケイレヴの人を誘導するような言動を思い出し、レンシュラは嫌そうに表情を歪めた。




 柱の裏に隠れたミアは特殊魔具を手に息を整える。


「おーい、こっちすよ~。大神官様にしてやられたお間抜けさん、こっちを向くっす~」


 ミアとは反対側の柱近くで、ハートィがフェイルの気を引こうと声を張るが変化はない。ダメ元でも挑発が効くか試すことにした。


(落ち着け、落ち着きなさいよあたし。挑発や大神官様の話で注意が引けなかった場合は――――)


 先ほど作戦と呼べぬほどのささやかなプランを立てた。

 言葉のみの挑発で注意が引けなかった場合は、レンシュラが玉座に攻撃をしかける――――という、物理による挑発に切り替えるのだ。


 そしてミアの役目は


(フェイルの気を引くことに成功したら薔薇の中心に矢を射る。フェイルの……)


 己のすべきことを何度も心の中で復唱し、震える手で特殊魔具を握りしめていた。先程は恐怖に怯えるばかりで何の役にも立てなかった。なので今度こそはと無理にでも恐怖心を抑え込む。


「ミア! 準備するっす!」


 ハートィの声が聞こえて、ミアは柱の影から踏み出した。ちょうどミアの姿を確認したレンシュラと視線が合った。レンシュラはフェイルはの汚染魔力で肉が爛れる覚悟で飛び出して行った。


 そしてフェイルが動いた。レンシュラが玉座へと近づこうとしたからだ。


 だがレンシュラが玉座へ向かって走り出した途端、それまで背を向けていたフェイルがぐるりと振り返り、レンシュラを叩き潰そうとした。


「あ、射て、射たなきゃ――――どうしよう、当たらな……」


 ニ発、三発とミアは魔力で作り出した矢を射る。しかしその軌道はめちゃくちゃで、威力も然程ない。


「当てなきゃ、当たれ! 当たれ!」


 殆ど泣きながら矢を射ち、なのに回数を重ねる度に精度は落ちていった。


(どうしよう! あたしのせいでシラー先輩が!)


 遠目でも応戦しているレンシュラは危ない状況に見え、すぐにハートィが加勢するため走り出した。


 フェイルは虫でも叩き潰すように暴れていたが、ミアの矢が手のように伸ばしている箇所へ突き刺さると、矢が飛んできた方向へと頭部を向けた。


「ひっ!」


 離れた場所でハートィの「やばい、ミアが見つかったっす!」という声が聞こえた。ミアとフェイルまでの距離は遠いというのに、ミアの身体は硬直して動けなくなってしまった。


「ミア逃げるっす!」

(む、無理です、動けない!)


 微塵も動けず、言葉にすら出来ない。


 そしてまさかと思うほど、フェイルの手が異様に伸びた。


「ミア!」


 届くわけがないと思うほど距離があったのに、フェイルは長く伸ばした手をミアへと振り下ろした。

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