31話 つまらない男
ロニファンは特殊魔具を振り回し、ダニエルの魔法攻撃をかわす。刃の面積が広がった戦斧で炎の球を切ったり薙ぎ払ったり。ロニファンは特殊魔具のことを未だに理解しきれていなかったが、魔法攻撃をぶった切るロニファンの特殊魔具にダニエルのほうが驚いていた。
掴み合っていた先程から距離が開き、どうしようかとロニファンは眉を寄せる。今のところダニエルの攻撃手段はノアをのみ込んだ青黒い炎と、赤い炎を球状にして飛ばしてくるニパターンが確認出来たが、ただの平民でしかなかったロニファンにとって、魔法攻撃のよくあるパターンなんてものは検討がつかなかった。
(麓町の飲んだくれ共との喧嘩とは違う。ミスればあっという間に火の玉に炙られて、真っ黒焦げにされちまうな)
目の前の男はそれが出来る人物だ。簡単に人を殺せる。
だから無策のまま相手との距離を縮めることは出来ず、かと言って相手が動ける状態では逃げるなんてことも出来ない。
(どうにかして、あのムカつく面ぶん殴れねーかな)
年齢差や人相の違いはあれど、ロニファンとよく似た顔。自然と歯を食いしばる力も強まってしまう。
「…………」
一瞬では詰められない距離にいるダニエルも、何を思っているのか今は強張った表情で魔法攻撃を繰り返している。
ふと、ダニエルの焦点がロニファンへと合った。
この時になって漸く、ダニエルがロニファンを一個人として認識したような気がした。煩わしい、排除対象の一つではなく、自分と相対する一人の人間として。
「お前は…………」
遠くにいるはずなのに、ダニエルの声はロニファンに届いた。弱々しいが通る声に、攻撃の手も止まった。
「お前は駄目だ。あってはならない」
ダニエルの言葉に、ロニファンの血の気が引く。悲しいとは違う、純粋な衝撃。目の前の男に確かな事は言っていないし、何も期待していない。なのに自身は嫌悪の対象でしかない人物の言葉に、これ程の衝撃を受けているのかと、ロニファンは失望と同時に沸き起こる怒りで歪な笑みを浮かべた。
「……ざけんなよ」
「私は」
「うるせえ! これ以上くだんねーこと喋んじゃねぇ!!」
「認めない」
瞬間、ダニエルから青黒い炎が吹き上がった。それはノアをのみ込んでいた炎も巻き込み、竜巻の中心部にいるかのようであった。
「うわ!」
ロニファンのすぐ横でノアの声が聞こえた。ノアは驚き困惑している様子ではあるが、怪我や意識が混濁していることはなく安堵する。
「大丈夫か?」
「うん、おれは大丈夫だけど……あれは?」
「…………さっきまで追いかけてた奴だ」
黒の炎に巻かれた人影を見る。影は両手で顔面を覆いうめき声を上げていた。
もうほぼ黒色にしか見えない炎に熱はないが、ちりりと肌を焼く感覚にノアは炎の正体が相手の魔力であると判った。
「魔力が暴走してるのか?」
「なんだよそれ? どういうことだ?」
「周りの黒い火みたいなのは、アイツの魔力だ。けど制御出来てなさそうだし、むしろ暴走してる感じがする」
見て感じたままを伝える。
「……それって、この後どうなるか分かるか?」
「分からない。けど、危険だとは思う。おれたちも、暴走してる奴も」
他人の魔力の渦に巻き込まれて、無事でいられるか分からないとノアは言う。幸い黒の魔力は周囲を取り囲んではいるが、それなりの空白を残し渦巻いているだけ。それはダニエルが意図してのことか、無意識下のことかまでは分からないが。
「暴走に巻き込まれる前に、アイツをやっつけたほうがいい」
そう言ってノアは特殊魔具とは違う、光で出来た長剣を右手に生み出した。
「……殺すのか?」
ロニファンから小さな声が漏れた。
「わ、分かんない」
不安げで心もとない声音がノアから返る。
人なんて殺したことない。殺したくもない。そもそも魔力で出来た剣でどこまでのことが出来るのかなんて知らない。
「けど、このまま何もしないとおれたち死ぬと思う。…………そんなの、おれは嫌だ」
ササハの所へ戻りたいのだと、ノアは覚悟を決めた。
「う、うぐぐ……うぐ」
ダニエルのうめき声が小さくなり、代わりに魔力の渦がぐにゃりと揺れる。
ノアの目には黒炎の一番濃くなる場所が視えていた。それはダニエルの胸元、心臓がある辺りだった。おそらくそこが魔力を生み出している器官で、あそこを突くことが出来させすればどうにか出来るのではと、そう思った。
剣術は――――リオのおかげで身体が覚えている。相手が動き出す前にとノアが踏み込んだところで、ロニファンが「待ってくれ」と静止の声を上げた。
「頼む、オレにやらせてくれ」
「でも……お前震えて」
「頼むから」
ロニファンの手は震えていた。
それでも真剣な表情で懇願され、ノアは小さく頷いた。
「心臓のとこ、そこが一番魔力が濃いみたいだ。だからそこを強い魔力で攻撃したら、なんとかなると思うんだけど」
「やる。やってみせる」
「……分かった。ならおれはお前がまっすぐ進めるようフォローする」
おそらく、神殿の呪文をより強い魔力で打ち壊した時のように、別の魔力を打ち消すほどの威力を込められれば、相手の魔力を打ち消せるかも知れない。しかしそれが人体にどう影響するかは分からないし、何よりロニファンがそこまで強い魔力を操ることが出来るのか分からなかった。
それでもやると言うなら信じよう。
「まあ、失敗したらおれが何とかしてやるよ」
「残念ながら失敗なんかしねーよ」
そしてロニファンは己の特殊魔具に集中した。先程のように、強く、無意識であったが形状を変え強い光を帯びた状態であれば。あの時と同じであればいけると感じた。
ロニファンの変化を感じたのか、周囲を囲んでいた青黒い炎の一部が形を変え、蛇の頭が食らいついてくるように向かってきた。
それをノアが切り払い、時には光の魔力を障壁のように使い時間を稼ぐ。自分でもこんな使い方が出来たのかと思うほど、無茶をしている感覚があった。
「長くは保たない、準備は出来たか!」
「分かんねーけど行くしかねえな!」
ロニファンは自身でも理解出来ぬほど気持ちが高ぶっていた。身体中の血液は頭に登っているようなのに、全ての感覚は手元の武器に集まっている気がした。
もうやるしかない。前を見据えて走り出した。黒く染まった魔力溜まりにいるダニエルの姿は見えないが、じっとこちらを見ている気がした。
邪魔をする蛇頭を切り払ってくれていたノアを追い越した。
「ロニファ」
まだダニエルまでの距離はあったというのに、どうしたのだとノアは戸惑っているが、ロニファンは聞こえていないのか視線すら寄越さなかった。
(ああ、そうか。あいつは自爆するつもりだ)
吹き荒れる魔力溜まりの渦中を睨みつけ、ロニファンは心の内で吐き捨てた。
(オレたちを確実に殺るためじゃなく、ただ全てを否定して逃げ出すために)
おそらくダニエルは気がついた。自身の過ちに、真実に。だがその真実は彼にとって受け入れ難いもので、取り返しも既につかず、どうしようもなくなって逃げ出すことしか思いつかなかったつまらない男。
「本当に反吐がでるぜ!!」
ロニファンは大きく飛び上がると、落下する勢いに乗せて特殊魔具を振り落とした。まだ先程のような変化はしていなかったが、斧の刃はダニエルを覆う黒い魔力へと突き刺さり僅かにだが削いでいるようにも見えた。
「逃げんなよ! 最後まで! まだちゃんと伝えてないのに!」
特殊魔具が突き刺さったままで、ロニファンの足は宙に浮いた状態だ。そのまま体重と、全魔力を落とし込むように力を込めれば特殊魔具が変形し始め、纏っていた光も強まった。
「オレの母さんは、結構モテてた!」
急に何だと背後にいるノアが一瞬振り返ったが、すぐに向かってくる蛇頭の対応へ戻る。
ダニエルは何も感じていないのか、反応を示さないことにロニファンの苛立ちが積もっていく。
雪山で母の記憶を見た。
かつて母と目の前の男は恋仲だった。親しくなるに連れて男は素性と本性を明かし、母は男から逃げ出した。
だが、それは腹の中にいた子供を――――ロニファンを守るためだった。あの時、あの日。ダニエルによって監禁されていた母を逃したのはムエルマという女だった。だがあの女は同時に、母にフェイルになる呪いをかけた。かけたと思っていた。
実際は腹の中にいたロニファンが呪いを受けた。
妊娠していることを知らなかったためだが、ムエルマはそこで母に提案をした。
「今貴女に素敵なオマジナイをかけてあげたわ。そのオマジナイは貴女の恋人と会った時に効力を発揮するようにしておいたのだけれど――――貴女どうしたい?」
ようは、呪われても良いから恋人と会うか、自分の身を守るために恋人から逃げるかというもの。
母が選んだのは子供だった。ムエルマが自分たちを弄んでいることに気づいていた母親は妊娠のことは隠し、狂人の興味から隠すことに徹した。その母の判断は正しく、おそらくムエルマはダニエルと会うことを選べば母をフェイル化させ、逃げればいずれダニエル自身が母を殺すだろうと踏んでいた。
そうして子供を選んだ母は、自身の兄の元へ助けを求めに行った。
「親父がっ――――」
ロニファンがずっと父親だと思っていた男は、実際は母の兄――伯父であった。
「親父がいくら追い払っても、麓町に行くたび声をかけられてたんたぜ」
その言葉に特殊魔具に削られていた黒い魔力は威力を増し、ロニファンも押し返され後ろに飛ぶ。
「それでも母さんは誰も」
ロニファンはすぐに体制を戻し、走り出す。
全てを教えてやるつもりはない。だが、勝手に思い込んだまま逃してやるつもりもない。
「母さんには最後まで、アンタだけだったよ!」
家族はいた。ロニファンやチェイスはかけがいのない家族だった。それでも母が一人の女性として愛したのは、目の前の男ただ一人だった。
眩い光を放ち、振り下ろした特殊魔具はダニエルの魔力を切り裂く。
それまでの抵抗が嘘のように最後の一撃はあっけなく、周囲を覆っていた黒の魔力も消え去った。




