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消える煙  作者: ゆずさくら


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除霊

 俺は通勤中、ずっと除霊とか霊媒師とか、そんなことを調べていた。

 いくつか効果がありそうな神社や、寺の名前、除霊者の名前をピックアップしていた。

 よく分からないが、俺には何か悪いモノが憑いているのではないか、そう考えていた。

 会社に着くと、すぐに声をかけられた。

「課長が……」

 話を聞くと、課長は家で転んだ時に右手をついて(・・・)しまい、骨を折ったらしい。

 今日は医者に行くため、休みだという。

 俺は話を聞いた瞬間、先輩のSNSのリプを探した。

「あった……」

 例の@しかないアカウントがリプしていた。

『どうです。静かになったでしょう?』

 まるで課長が右手を骨折したのを知っているような書き込みだ。

 俺は周囲を見回した。

 このSNSをやっている者、そしてペン回しで周囲がイライラしているのを知っている者が怪しい。

 いや、待て。裏のお爺さんや、家周辺のセミ。居酒屋のクチャラーを殺したのと同一人物、ということはあり得ない。爺さんを殺害した人間はまだ捕まっていないが、居酒屋の殺人は店長で店長は捕まっている。セミはどうすればいなくなるというのだ。

 この件に、何が関わっているのか。

 何も分からない。

 そうだ、だから俺は朝からあんなことを調べていたんだ。

「お祓い」

「そうだな。お祓いした方がいいのかも」

 先輩はそう言った。

 だが、職場にいる他の人はそうは思わない。

「不審者は廊下に来ただけだろ。課長は自宅で怪我しただけだ。会社は関係ない。お祓いしたけりゃ自腹でやるんだな」

 他の人も、頷いた。

 確かに、効果があるか分からないし、いくらかかるか分からない。

 それでもすがりたいのは、きっとこの中で俺だけだ。

「有休。有給休暇にしてください。俺、祓ってもらってきます」

「好きにしろ」

 俺はそのまま会社を出た。

 向かった先は鎌倉。

 インバウンドと呼ぶ外国人観光客が道幅いっぱいに歩いている。

 俺はスマホで地図を見ながら、除霊をしてくれる人の住所に向かっていた。

 住宅街が山に突き当たったあたりに、雨漏りしそうなボロいアパートが見えた。

 俺が目指しているのは、『寺』のはずだ。

 スマホの地図が指しているのが、そのボロアパートだった。

 寺にしては、住所も変な事に気づく。

 俺はネットの書き込みを信じて、そのままボロアパートへ近づいていった。

 錆びて、手すりの一部が折れたり、踏板に穴が空いているような、鉄製の階段を上る。

「201号室…… ここだ」

 古い木の表札にサインペンで『浄音寺』と書かれている。

 俺は変色した呼び鈴のボタンを押そうとした。

 けれど押す前に、カチャリと扉の鍵が開く音がした。

 俺はそのまま呼び鈴を押さないで待っていた。

「どうぞお入りください」

 と、部屋の中から声がする。

 呼び鈴を押さないのに、俺の気配を察知した。

 これが『霊感』なのだろうか。もしそうなら、イケる気がする。

 俺はそのまま扉を開いて、中の様子を見た。

 奥に角刈りのおじさんが、座布団の上に座っている。

 手前は板張りの床で、奥が畳の部屋。

 手前は四畳半ぐらい。奥は六畳だろうか。

 板張りは汚く、靴を脱ぐのがためらわれた。

 我慢しつつ俺は靴を脱いだ。

「お邪魔します」

 板の間をすすむ。

「実は……」

 すると角刈りのおじさんは、俺が話すをの遮った。

「ええ、わかりますよ。この寺は『音』に関する除霊を得意にしているわけですから…… そういう依頼ですね。私が住職の『住田(すみだ)』です」

「住田さん。失礼ですが、ここが寺なのですか?」

 住職はため息をついた。

「……もちろんそうです。この箱の中に入っている『浄音の鐘』が本尊としてあり、私と私の手元にある法、すなわち教えがあれば、アパートの一室であっても寺なのです」

 俺は住職のため息が気に掛かった。

 他人を小馬鹿にしたような雰囲気を感じた。

「いきなりこんなことを聞くのは何ですが、除霊のお値段はどれくらいかかるのですか?」

 住職は再びため息をついた。

 音にうるさいはずの人が、他人を苛立たせるようなため息をつくものだろうか。

「ホームページにも書いてあったと思いますが、お布施という曖昧な形ではなく、対象の質や量によって金額を決めさせていただいています。ありていに言えば、かかる時間が料金となります」

「除霊できなかった時も払うということですか?」

 また住職はため息を吐く。

 俺はもう完全にこの男を信用できなくなっていた。

「かかる時間が料金となりますので、結果が悪くとも費用はいただきます」

 俺は住職がしゃべっている間に、スマホを開いてSNSを見ていた。

「聞いておいてその態度はなんですか」

「見積もりを先にいただけませんか」

 またため息。

 俺はSNSに『胡散臭いタメ息坊主』のことを書き込んでいた。

「もう時間を費やしていますので、その費用はいただきますよ」

 簡単にここまでの経緯を話した。

 そして俺はスマホを住職に向けた。

「これ。このメッセージ。わかります? これです『どうです。静かになったでしょう?』 このメッセージは、このもとの書き込みとなったクチャラーが殺された直後にリプライされたものになります」

「……殺された?」

「ええ、もう一つ、こちらは家の近所に住んでいるお爺さんについての投稿です。やっぱりこの書き込みにも同じリプがついています。お爺さんが殺された直後に」

 住職はブルブルと震え出した。

「さっき話に出てきた女、髪留めに紙垂(しで)…… 紙垂とは神社によくある稲妻形に切った紙のことだ。女はそれをつけていなかったか?」

「ええ」

 住職は視線を逸らした。

「間違いない。『五月雨(さみだれ)()』だ」

 すると、例の音が聞こえてきた。

『パチパチ』

「聞こえますか? 今の音。焚き木が爆ぜたような音です」

 住職の様子が変だった。

 目を閉じてしまっていて、痛みに耐えているような顔つきだった。

 煙が目の前を通り過ぎ、住職の肩に向かって吸い込まれるように消えた。

「住職!?」

「フンっ!」

 そう言って、住職が立ち上がった。

 両腕を開いてから、自分の親指で喉仏を抑えるようにして、自らの首を絞め始めた。

「住職、どうしたんですか!」

 俺は住職の腕を掴んで引っ張るが、腕の力が強くて動かない。

「頼むから、外れてくれ!」

 俺はどんな形でもいいから外れろ、と思いながら力を入れた。

 住職と俺はもつれるように倒れた。

 その時、本尊と言っていた木箱が倒れた。

 住職は必死に目を剥いて、その浄音の鐘を見つめていた。

 ふと、住職の気持ちを理解した。

 ハンドベルのような、取っ手がついた鐘。

 俺はその鐘を手に取り、振り鳴らした。

 涼やかで、軽い音色。

 だが、単純な音ではない。

 音が勝手にエコーがかかったように幾重も重なって聞こえ始める。

 鐘自体は簡単なもので、反響して何度も響くような、そんな仕掛けがあるとは思えない。

 その時、住職の腕の力が抜けた。

 首を絞めていた手が、脱力してだらりと畳に伸びる。

 同時に住職は咳き込んだ。

 広がっていた鐘の音が、ピタリと止まった。

 俺は鐘を木箱にしまった。

 住職の息が整うと、上体を起こし、俺を睨んだ。

「出ていけ!」

「あの…… 除霊」

「出ていけ! 早く出ていけ!」

 豹変した態度に、俺は怖くなった。

 慌ててバッグを抱え、部屋を出た。

 道路から、寺と呼んでいるアパートの部屋を振り返る。

 インチキで、サギのような除霊者だったのか。

 それとも本格的な除霊が出来る人だったのか。

 俺には判断が出来なかった。

 本尊と言われた『浄音の鐘』には力を感じた。

 結局、除霊を受けてもらえなかった。

 俺はこれからどうしたらいいか、分からなくなっていた。




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