表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
消える煙  作者: ゆずさくら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/6

店の客

 職場につくと、俺はワイヤレスイヤホンを外した。

「おっ、新しいワイヤレスイヤホン買ったのか」

 職場の先輩が声をかけてきた。

「おはようございます。そうなんです、前のやつ、変な音がし始めたと思ったら壊れちゃって」

「ああ、そんなことSNSで書いてたな」

 教えたのではないが、先輩には俺のSNSはバレていた。

「あれ、覚えてたんですか」

「今日は朝から大変だったようだな」

「そうなんですよ、もううるさくて」

 苦笑いして見せると、先輩は軽く肩を叩いてくれた。

「気晴らしに、帰り、飲みいくか?」

 俺は頷いた。

 仕事が終わり、俺と先輩は職場近くの居酒屋で飲み始めた。

 安い店のせいか、席と席の間隔が狭かった。

「今朝は災難だったな」

「本当にあの爺さんにはまいりましたよ」

「もう秋だからいいけどよ。ウチは窓も壁も薄くて早朝から『セミ』の声がうるさくて、寝てられないんだよ」

 俺は首を傾げた。

「うちも窓も壁も薄いんですけど、セミの鳴き声は聞こえないです」

「ああ、あれって、鳴く時の気温の範囲があるんだ。きっとお前んとこは『暑すぎる』か『涼しすぎる』んだろう」

 何かあったような。

 セミ…… そういえば、セミもうるさかったな。

 そうだ、うるさかったんだ。

「思い出した。お前んとこもセミうるさいだろ。SNSに書いてたもんな」

 そうだ、あの時SNSに書いてからセミがおとなしくなったのだ。



 俺は背中に汗を感じながら、不快な気持ちで目覚めた。

 セミがうるさい。

 どうして朝から鳴くんだ。

 俺はSNSに書き込む。

『なぜか朝からセミが全力で鳴いて目が覚めた。本当にやめてほしい』

 リプが入って、俺はそれを読んだ。

『しかないですね。なんとかしましょうか?』

 いや、住所を教える訳にもいかない。

 俺はリプを無視していたのだ。

 だが、あの時も、あのパチパチ言う音を聞いた。

 今日も見た、あの消えてしまう煙も……

 それだけじゃない。

 へんな書き込みも見た。

『どうです? 静かになったでしょう』

 俺は気持ち悪くてそのメッセージも無視した。



 思い出しながら、俺は先輩の顔をじっと見ていた。

「どうしたんだよ。なんか俺の顔に気になることがあるか?」

「先輩、ウチのセミ対策をしに来てないですよね?」

「は!? いきなり何を言うんだよ。なんか食いたいものあったら頼んどけ。ちょっとトイレ行ってくる」

 先輩は立ち上がると、そのままトイレに行ってしまった。

 複数のアカウントを持っているならともかく、あれが先輩のリプではないのは確かだった。

 俺は先輩に言われるまま料理を選び、スマホで注文をした。

 ふと、気づくと、隣の席のおじさんが目に入った。

 二人席に一人で座って飲んでいるようだった。

 同じようにスマホで注文をしているのか、舐めるような距離でスマホを見ながら、食事をとっている。

『クチャクチャ』

 うわっ……

 俺は引いた。

 そう言えば、食べたり先輩と話している時は気が付かなかったが、変な音は聞こえていた。

 こいつがその音源だったのだ。

 隣のおじさんは、口を開いて咀嚼する人。いわゆる、クチャラーだ。

 俺はスマホ注文の続きのフリをしてSNSに書き込んだ。

『めっちゃキモいおっさんが、クチャクチャ食ってやがって吐き気する』

 先輩がトイレでスマホを見てたら、このメッセージに気づくだろうな。

 俺はその程度の気持ちだった。

 先輩が帰ってこないので、スマホを見ていると、リプがついた。

『いますね。キモい人が。こっちも好きくないんでやっちゃいましょう』

 なんだろう。

 共感してもらえればいいのに、『やっちゃいましょう』というのは……

 パチパチ。

 焚き火が爆ぜる音がした。

 朝の音は、夢で見た音が頭の中で繰り返されたのだと思っていた。

 今は、かなりはっきりと聞こえた。

 このパチパチと言う音は、いったい何なのだろう。

 目の前を、煙のようなものが通り過ぎ、店の奥へ消えた。

 先輩、早く戻ってきてください。

 このままでいるのが、不安でしかたない。

 そんなことを考えていると、店員たちが騒ぎ出した。

「店長、店長!」

「店長、危ないから包丁置いてください!」

「店長!?」

 俺の視界にも『店長』らしきエプロンをしたおじさんが入ってきた。

 おじさんは、先の尖った刺身包丁を握っている。

 恐ろしいことに目つきが『イッテ』しまっていた。

「やべっ!」

 俺は店長と呼ばれるおじさんと目があった。

 店長は俺の顔を見てニヤリと笑う。

 逃げ遅れた。

 俺は完全にやられた、と思った。

 その時、店長は急に後ろを振り返った。

「クチャラーは許せねぇ」

 俺はこの隙に逃げようと立ち上がった。

「死ね!」

 隣の席でクチャクチャ食事をしていたおじさんの胸に、刺身包丁が突き刺さった。

 人が刺される(・・・・)のを見てしまった。

 俺は腰が抜けて、尻もちをついてしまった。

 刺して抉り、刺して抉り。男は何度も包丁を刺した。

 吹き出す血が、周囲を赤くする。

 悲鳴や叫び、驚いた人が食器を落として割る…… そんな騒ぎになっていた。

 混乱の中で、俺は自分の鼓動が聞こえるかのような錯覚に陥っていた。

 息が…… 出来ない……

 血で顔や服が赤くなった俺は、気が遠くなっていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ