頑張らない令嬢がいろいろとやらかします③
ケイン・ストラウッドは、村民たちに取り囲まれていた。
「もう待てねぇ。ご領主様に訴えるだ」
「えーと、ご領主様は今、王国の方の仕事で忙しいらしいんだけど、ほら、魔王関係で」
「だって、自領の事ずら?これ以上このままにしておくのは不味いと、知ったらご領主様も思うに違いないずら?」
ケインはこの付近の三つの村のまとめ役の補佐をしている。
つい1年位前までは、領主館で従僕を務めていたが、訳あって実家にUターンしたのだ。
実家はまとめ役の総まとめをしている。ちなみに彼は3男なので実家は継げない。
領主館に勤めたのは、おのれのささやかな野心からだったが、今ではこの「まとめ役」の地道な仕事も誇りを持って熟せるようになって来ていた。
もっと若い頃には、他人の自分勝手な意見の調整をする地味で苦労ばかりの魅力のない仕事だと思っていたが、ちゃんとこの仕事に着いてみれば、思っても見なかった魅力を発見したりしてそれなりにやりがいを感じたりできていた。
「一応、領主館の方でも把握していて、騎士達も来てくれているじゃないか」
「たかだか数人だべ。だいたい可笑しいと思わないだべか?話に聞くより成長が早すぎるっぺ」
最近、この3つの村の近くにダンジョンが出来た。
その成長が早すぎて異常だと村民たちは訴えているのだ。
「ご子息はどうだ?もう見習い位してるずら?」
「今は領主館にはご息女のシルビア様だけしかいないと思うよ」
「シルビア様に何とかご領主様に取り次いでもらえないっぺか?何度、留守居番のドーバン様に訴えたところで『お話は賜りました。善処します』ばっかりで動かねーだよ」
ケインはドーバンの顔を思い出していた。奴ならそんな対応をしそうだ。
「ご領主様は国の大事なお仕事を任されているから、迂闊には動けないんだと思うよ。ドーバン殿も全権ある訳じゃないからなぁ」
「お国も大事かもしれないが、自分の領地の事だっぺ?何かあったら大変だっぺ??。それこそ足元の事だっぺ」
出来立てのダンジョンはゆっくりと成長していく、だからドーバンもそんな急な変化があるとは思わないのだろう。マニュアル通りの対応だ。
「こないだはゴブリンが出ただ。可笑しいずら?出来て数日のダンジョンだべ?」
その時は調査に来ていた騎士が対応してくれたが、スライムや小さな魔獣ではなく、ゴブリンが出た。
その事実に村人たちは怯え、相談役補佐のケインに訴えてきているのだ。
「出来て数日でゴブリンを吐き出すダンジョンなんて聞いたことねぇっぺ」
「冒険者ギルドに依頼も出してある。整い次第ダンジョン探査が行われる予定だと聞いたけど?」
「そんなの悠長に待てないずら!」
「そうだ。そうだ。オラんとこの娘ッ子やかかあ達が被害にあってからじゃ遅いっぺ!」
「女騎士が一人、ダンジョンの中に連れ去られそうになったって話だっぺ!騎士が敵わない相手に村の娘っ子達が勝てる訳ないべ!!」
「ちょっと待て、ゴブリンは複数いたのか?」
「数は少ないが群れだったって聞いたっぺな」
どうやら、どこかで情報の齟齬がありそうだった。
「その話、上まで上がってないぞ…多分」
「だから、おめえさんに頼んでいるだ!おめぇさん、少し前まで領主館に勤めてたそうじゃないっぺか?」
「おめぇさんのパイプが役に立つ時ずら!」
そこまで言われたら、あまり顔を出したくない領主館に行かねばなるまい。
「あの訳わからないお嬢様とまた顔を合わせるのか…」
この話を持っていくのはドーバンではダメだ。彼は留守を守る者として、主である領主様の手を煩わせまいと思っているはずだ。それに頭も固い。
出来立てのダンジョンにするマニュアルどおりの対応で様子を見ると決めているのだろう。
彼はしぶしぶと領主館に赴いた。
「よう!ケイン!久しぶりだな!何だ?またオレに指導して欲しくなったか?」
ケインを出迎えたのは、ご子息の剣術指南をしていたイースだった。ケインも手ほどきを受けた事のある気安い相手だ。ご子息であるベルエール様が留守なので暇なのだろう。
「大事な用があって…お嬢様に取り次ぎを頼みたい」
「ふぅん?まぁいいさ。いいタイミングだぜ。お嬢様は庭においでだ」
軽く身体チェックを受けた後、執事長もまじえて昔のよしみで軽く挨拶をし終わった後、すんなりと庭に通される。
「随分、私の事、まだ信頼してくれているんですね」
昔よりずいぶん簡易なボディチェックにそう言えば、かつての上司の執事長は品よく笑って答えた。
「いえ?今のお嬢様を害そうと考える人は…、普通の人では無理でしょうから」
そして庭に辿りついたケインは目を瞠った。
中が空洞になった長い筒を半分に切ったものを繋げて、その中を水が勢いよく流れている。
それはいい、それはいいとして。
「さぁ流すわよ」
侍女達が手にフォークや皿をもって、待ち構えていると何かがその水の中に投入されたようだった。
その何かが自分の近くを流れてくると、侍女達は素早くそれを掬いとり、小皿の中に放り込む。
あちこちからきゃぁきゃぁ声がして楽しそうだ。
シルビアがしているのは流し素麺というか流し冷やしパスタである。
パスタを掬いとった侍女は待ち構えていた厨房の者達の所にいってソースをかけてもらう。
「シルビア様。冷たくて美味しいです!」
「ちょっとお行儀が悪いですけど楽しいですわ!」
ケインが絶句していると高い所に昇って麺を流していたシルビアが気がついたようだった。
「あら?ケイン。久しぶりね?あなたも食べてく?」
五月蠅い親のいない今、シルビアはやりたい放題だった。
「だって暇だったんですもの」
かつての従僕にお小言を言われ、シルビアは口を尖らせた。
「ワイバーンのワイコちゃんは今、王都で健康診断で預かりになってるし」
「…ワイバーン、飼うようになったんですか…」
ケインの知るところ、王都の王国竜騎士団以外にワイバーンを所有している者はなかったはずなのだが。
(王都からのお仕事に対する侯爵様への王様からのご褒美かな…いけない、それよりも…)
ケインはダンジョンの出現とその成長の速さの異常さをご領主様に伝えて欲しい旨をシルビアに話をした。
ケインの覚えているシルビアは良くも悪くも貴族の令嬢で、我儘なところもあったが、為政者に連なる家族としての矜持をもった少女であった。
期待はしていなかったが、彼女は胸を叩いてこう言った。
「まかせて」
「では、ご領主様にお伝えくださいますでしょうか?」
「だからまかせてって」
「おっと、お嬢様、オレも行きますぜ。暇で暇で」
イースが得意の剣を持っているのはいいとして…。
「先週買ったスレイプニルのプニちゃんを引き出してきて!」
「はいっ。お嬢様」
「お嬢様、スレイプニル買ったんですか?」
「だって欲しかったんですもの!」
ケインは驚愕した。スレイプニルは欲しかったと言ってそうそう買えるお値段ではない。
これも王室からだろうか?恩賞代わりに割引か何かで手にいれた的な。
そう言えばお嬢様は、王族に婚約を反故にされたとかされなかったという噂があったなとケインは思い至った。そうだスレイプニルは王族からのお詫びの品に違いない。きっと。
自らにいい聞かせていると、ケインはシルビアの装いに驚いた。
ケインが驚いたり、噂を検証したりしている僅かな間に、シルビアは装いを変えていたのだ。
「お嬢様、その恰好は?」
「魔装っていうのよ~便利だからあなたにも教えてあげましょうか?」
「イエ、ケッコウデス」
この期に及んでも、ケインはシルビアが、ご領主様の所へ自ら報告に行こうとしているだけではないかと思っていた。
「ギルドで依頼の貼り紙を見て、ちょっと気になってたのよね~。調査に行きましょう~」
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「奥で別のダンジョンと繋がっていたわ。ここは在来ダンジョンの新たに出来た別の出入り口だったみたい。ダンジョンコアを抜いたからもう大丈夫よ」
ダンジョンコアとはダンジョンの最奥にあるダンジョンの心臓部分である。
そこにたどり着くまでには湧いて出る魔獣を倒し、罠を切り抜け、ボスと言われる桁違いに強い階層主を倒さないとたどり着けないはずなのだが。
「在来のダンジョンと言うと?」
「パメーイラの虜というダンジョンよ」
それは隣の領地にある未踏破の中級ダンジョンではなかっただろうか?
「うふふ。きれいねーダンジョンコア。あっちから潜るより断然近くて助かったわ」
ケインは人知れず、恐怖した。
自分はこんな人に仕えていたのかと。




