悪役令嬢、悪役とったらただの令嬢
肺に空気が無理やり送られてくる。
生ぬるい空気は気持ちが悪く、吐き気がせりあがってくる。
えづいた拍子に横隔膜の辺りがぐぐっと下がり自然と身体が丸まる。
とたんに胸のあたりがずきんずきんと痛んだ。
「うぇっうぇ…ごほっごほっ」
咳き込むと誰かが、背中を撫でてくれる。その手が暖かくて気持ちがよくて思わず身体を預けた。
頭が痛い、頭の芯がしびれたようになって手足の先が氷のように冷たい。
「これ飲んで」
まだ少し幼さの残った若い声だ。
シルビアは口元に押し付けられた瓶の中身を飲み干す。
暖かい手は今度はシルビアの後頭部に手を添えてそれを手伝ってくれる。
その液体は、胃の中に流れ落ちるとそれ自体に熱などなかったはずなのに、カッと熱を帯びて
一気に身体をかけめぐる。
「んっ…」
身体の急激な変化に変な声が出る。
「?消えた?」
シルビアは胸のあたりを押さえ、驚いた。
痛みが「なかった事」になっている。
さっきまで手足の先まで冷え切っていたのだが、暖かい布団にくるまれて目覚めた朝のような、お風呂からあがって夜着を着た時のような、そんな風に全身に力が漲っているような心地だ。
「頭痛も喉のいがいがも…消えた?」
順番に頭、喉、胸と確認し、アーウェンに捻られた時の腕まで何ともなくなっているのに驚く。
「冒険者用のハイポーションを飲むのは初めてだろ?みんなそうやって驚くんだよな」
快活な声がかけられ、はじめてシルビアは自分以外の人物がいるのに気がついた
「よっ。気分はどう?」
「……。だれ?」
「おれ?おれはコータ。一応勇者やってる」
「コータ。こっちも無事よ~。さっさと交渉して馬と馬車の部品をもらってよー」
声のした方を振り向けば、赤毛の破廉恥な恰好をした少女と大人しそうな顔をした身体の大きな少年がこちらを見て手をふっている。
馬の手綱を握っているのは青い髪の彼らより年上の青年だ。
コータという少年はポリポリと頭をかくとニッっと笑って言った。
「…ハイポーションて凄い高いんだよね。助け賃と交換で、あの馬と馬車の部品交換でどう?
馬車はさすがにポーションで治らないからなー。交換に応じてくれるとすごく助かるんだけど」
彼らの背後にはバラバラになったシルビアと共に落ちた馬車の部品と思われる物と、彼らのものと思しき、車輪がとれて大きく傾いだ幌馬車があった。
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彼らは、冒険者という職業の人達らしい。
「崖から落ちて、無事っていう奇跡と、落ちた崖の近くに友好的な人達がたまたまいて、助かる為のハイポーションを持っていてそれを使って助けてもらえたという…。どんな偶然」
それって異世界転生するよりは確率が低そうだけど、普通に「ありえない事」だ。
「でも、『事実は小説より奇なり』とかも言うし、この場合、その普通ではありえない確率に感謝しなきゃ。…私の馬車じゃないけど、あんな高さから落としておいて拾いには来ないでしょうからどうぞ」
「えっ?落としておいて?」
「…それで『勇者』って?」
シルビアの声とコータの声がかぶった。




