悪役令嬢の失踪
シルビアが聖龍祭のために泊まっていた場所から忽然と消えて、半年がたった。
ルーカスとレーベルがそれぞれの親に酷く搾られて、勉強し直しのためカンヅメになり、ようやく許しが出て学園に復帰したのはさらにその2ヶ月後であった。
気が付けば、卒業の日が目の前に来ていて、その準備もしなければならなかった。
聖龍祭での龍騒ぎは雷を見違えたものと処理され、表向きは再び平穏な学園生活が戻ってきたかのように思えた。
ダニエラが間違って作動させたあれは王族の権威づけのためにしくまれていた装置だったらしく、関係者には箝口令が敷かれ、生徒会役員が家の都合で役員を降りたり、もしくは腑抜けている間に、ダニエラは自身の手足というべき組織を作り上げて、生徒会をきりもりしていた。
なので、今さら、ルーカスやレーベルが戻っても上層部として何もすることがない。
「魔王出現」のニュースで、生徒会役員が聖龍祭でやらかした事も上書きされ、王と優秀な宰相の手によって混乱は治められていた。
今年は「ジェラル将軍の麦」は生育も良いようで、豊作が期待されるようである。
ルーカスは生徒会室の窓辺に立って中庭を見つめていた。
そこにかつての婚約者だった少女の姿はない。
婚約者の少女の友人達も乞われ、どこかの貴族に嫁いでいったと言う。
「なぁ、レーベル、あれは一体なんだったんだろうなぁ」
「…龍のことですか?あの娘のことですか?」
「わかっていて聞くか?」
「…マリアベルが主張した嫌がらせですが、犯人はシルビアさんではありませんでしたからねぇ」
「あの、サロンの予算の関係で顧問に責められていた日、マリアベルはシルビアに突き飛ばされたと言っていたが、あの日、シルビアは中庭にいたものなぁ」
「殿下が証言なさったんでしたね」
「彼女の友人達も、シルビアが潔白な事を調べあげてマリアベルに突きつけていたしな」
「…マリアベルは納得していないようでしたが」
「今も信じていないだろうね」
二人は急に黙った。
二人はもう、シルビアが犯人だとは思っていない。
「なぁ。レーベル。シルビアは何故姿を見せないのだろう?」
「もう、彼女の事を非難する者はいないと言うのに…ですね」
「どこにいるのだろう」
楽しそうな中庭でのシルビアがルーカスの記憶の中で甦る。
「ファーミア侯爵が匿っているという噂もあります。いつか、私達の謝罪を受け入れてくれるでしょうか?」
二人がしんみり話をしていると、その場に不似合な声がかけられる。
「みんなっ!クッキーを焼いてきたよ!おつかれさまっ」
会長席にいるダニエラの眉の動きひとつで、生徒が立ち上がり、クッキーの入った籠を手にした少女の前に立ち塞がる。
「またですか?マリアベルさん、いい加減生徒会室に入り込もうとするのはやめてもらえます?」
「え~~。ひどいっ。そんなのおかしいです!横暴です!」
「生徒会役員以外は入室禁止ですって言いましたよね?それに今から重要な会議なんです」
「わたしっ、お手伝いしますっ」
「(あーメンドクサイ)はいさようなら」
生徒はマリアベルを生徒会室から押し出してドアをしめようとする。
そこへガッと足を突き出し、ドアにはさんで閉めさせまいとするマリアベル。
「殿下ぁ~レーベルぅ。何か言ってくださいよぉ」
「マリアベル、会長はダニエラさんだから。僕達は平。ごめんね?」
笑顔を作って、二人はマリアベルに手をふる。
「そんな!殿下は王族なのに!庶民のダニエラさんが命令するのはおかしいと思います!」
「ハイハイさっさと行った~!あなた前と言ってる事違うわよ!ブッレブレじゃないの?それにそのクッキー王都下町の「スララおばさんのクッキー」じゃない。買ったものを自分で焼いただなんて、あなた虚言癖でもあるの?」
あきれた口調はイザベラだ。
「では会議をはじめます」
ダニエラの一言でマリアベルをドアから閉めだし、遮音の魔導具をマリアベルのいる側のドアに別の生徒が設置して、卒業パーティについての会議がはじまった。
「わたしは何故、マリアベルの言う事を盲目的に信じたのだろう」
ルーカスの問いに、レーベルも頷いた。
「今となっては、何かがそうさせたとしか…」
言いかけたレーベルだが、ダニエラに視線を向けられて黙った。
もう卒業まで秒読みに迫っていた。平役員としてはやる事はいっぱいある。
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「もうっ、殿下もレーベルもやっと学校に出てきたっていうのに、全然かまってくれない。…そうね、ダニエラが邪魔してるんだわ」
何か思い通りにいかないとそれを他人のせいにするマリアベルである。
「「スララおばさんのクッキー」だっていいじゃない。おいしいんだから。イザベラさんて意地悪だわ」
問題はスララおばさんのクッキーではない。買ってきたものを焼いたと言った事がおかしいのだ。
だが、そんな事に気が付かないマリアベルである。
「ああぁ~つまんないなぁ。グランも遠くの外国に行っちゃうし。どこかに私の事をすっごく大事にしてくれるカッコいい人、いないかなぁ」
ポリポリと差し入れのはずのクッキーを食べながらつぶやく。
「私、けっこうつくすタイプだから~。きっと、どこかに私だけを見てくれる人がいるわよね!」
きゅるんと音声がつくような動作でかわいこぶりっこのポーズをとる。
マリアベルはとにかく外見はいいのだ。
しかし、マリアベルよ。まだ学園は終わっていないはずだが、たった一人で校門を出てどこへ行く。
その不審さ丸出しのマリアベルに声をかける者がいた。
「マリアベル…」
「まぁ!アーウェン!!騎士学校に転校してから会うのはひさしぶりね?元気にしてた??」
騎士学校に転校して身体を鍛えているはずのアーウェンは何故かやつれていた。
「出立する前にお前に会いたかった。マリアベル」
彼はずっと校門の所でマリアベルが偶然出てくるのを未練がましく待っていたらしい。
騎士学校の制服を着ていた事で、門番から誰かの迎えかな?と思われて問い質されなかったらしい。
イケメンでなかったら通報されていたかもしれない。
「…お前を守るナイトでいたかったが、その願いはもう果たせそうもない。俺はもう…その資格をなくした」
「どうしたの?アーウェン。何故そんなに悲しい事言うの?わたしたち、ずっと友達だよ?」
マリアベルは可愛らしく小首を傾げた。
それを懐かしい者を見るような目でアーウェンは見つめた。
「マリアベル。俺は「魔王討伐隊」に入る事が決まった。多分もう生きては会えないだろう。…元気でな」
「魔王討伐隊に???どうしてそんなに危ない所へ…アーウェン…」
マリアベルの瞳は見開かれ、不安そうに瞳が揺れる。
アーウェンの思わず抱きしめようとして伸ばされた腕は、躊躇の上、下げられた。
「この汚れた腕では、もうお前を抱きしめられない…」
マリアベルは首を傾けた。
「別に汚れてないよ?」
「そういう意味ではない」
ごほん、と咳払いをするとアーウェンは騎士の礼をした。
「さらばだ。マリアベル。出発は明日の朝だが見送りはしないでくれ。愚かな俺は…」
最後の方は口の中で言葉にならず、消えていった。
遠ざかるアーウェンを見送ってマリアベルはしばし立ち止まっていた。
その姿はどこか途方に暮れているように見えた。
暫く小首を傾けてアーウェンを見送っていたマリアベルだが、くるっと向きをかえるとスキップして学園に戻ってきた。
「いけない。まだ授業あるんだっけ~」
テヘペロするが、誰も見てはいなかった。
「どこにいるのかなぁ?私の運命の人♪」
マリアベルはマリアベルのまま変われない。




