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「ふぅ。どうやって説得しよっかな」
朝起きてから何度目になるか分からないため息を零した。もうじき母親が見舞いにやってくる。それが私の狙いでもあり、悩みの種でもある。
「ふぁぁぁ。眠い……。どうせ反対するんだろうな。はぁ……」
欠伸してからため息を吐くという忙しい状況は、思考の渦から脱出できずに飲み込まれてしまいそうだ。
昨夜はなかなか寝付けなかった。色んな思いが頭の中を掻きまわし考えが安定しない。そんな状態から抜け出せたのが夜中の3時頃。さすがに今日は眠たい。
テーブルの上にある10分ほど前に買ってあった小さいサイズのブラックコーヒーの缶を手に取り一気に飲み干した。
めっちゃ苦い。いつもはミルクと砂糖が入ってるカフェオレを飲むけど、頭をスッキリさせるためにはこれしか思いつかなかった。缶は後で自販機の隣に置いてるゴミ箱に捨ててこよう。
「寝る前はいい考えだと思ったんだけどなあ。絶対に了承せずに拒否するよ、あの親は」
私の今日のミッションは、母親を説得して退院することを認めてもらうのだ。
母は端的に言えばパワフルだ。朝から寝るまで忙しなく動いている。子供の頃に見たテレビでマグロの生態を知った時に、母と重ね合わせてしまった事があった。マグロは泳ぐのを止めると死んでしまう。だから母は止まったら死ぬんじゃないかって泣きそうになった。
私ん家は父と母と私の3人家族。父は寡黙で仕事一筋の人。職場での役職は本部長。複数の部署をまとめて管理する偉い人みたいだけど、私にはかなり甘い。お小遣いに困ったら母がいない時によく頼らせてもらった。母は自分に厳しいけど他人にも厳しい。私を甘やかす父を叱っている場面をよく目撃した。母は150cmに足りないくらい小さいのに、仕事して家事もこなしている。あのエネルギーはどこから来てるのか不思議に思ったことがある。
そんな我が家だから決定権は母だ。父は基本的に事なかれ主義なので、余程の事が無ければ反対しない。逆に言えば母さえ説得出来れば私の望みは全て叶うのだ。
吉川君には冗談で言ったけど、彼が一緒に説得してくれたら心強いのに。
連絡を受けていた時間通りに母がやってきた。いつもと変わらない母に緊張している。扉が閉まるのを確認してから母に願いを伝える。
「お母さん、わたしね、退院しようと思うんだけど、どうかな?」
私の願いを聞いた母は最初は困惑顔をしていたが、すぐに諭すような面構えに変わる。
「退院って何を言ってるの? 何かあった時に病院にいた方が安心でしょ。馬鹿な事を言わないで」
案の定反対された。いつも母は私の意見に否定的で反対してくる。でも言い負かされるわけにはいかない。
「どうして馬鹿な事だと思うの? 私が治らない病気だってお母さんも知ってるじゃない!」
「今は治療方法が見つかってないだけで、きっと良くなるから」
改善案もない惰性のような提案に腹が立ってきた。
「そんな希望的観測にすがるくらいなら、好きにさせてよ!」
「わがまま言わないで、全部つかさの為なの」
私の為? 本当にそうなの? とても信じられない。
「私の為って言うけど、お母さん達が安心したいだけじゃないの?」
「そんなことない。お母さんもお父さんもつかさの事が心配なの」
「本当にそう? ちゃんと私を娘だと想ってくれてる? 娘がどんな気持ちで病院で毎日過ごしてくれてるか考えてくれてるの?」
「私の大切な娘だって思っているよ。つかさの辛い気持ちは分からないけど、心配しているのは本当だから。大人しく病院にいて欲しい」
心の奥に閉じ込めてた思いが噴火しそう。
「私は死ぬ時までずっと病院にいたくないっ! 残りの人生に悔いがないように自由に過ごしたい。それが私の願いなの。それが無理なら…………もう死にたい。籠の中の鳥として終わるくらいなら死にたいよっ!」
自分でも押さえられない感情が涙と一緒にどんどん溢れだした。手で涙を拭っても止まる気配もない。
「お願いだから、そんな悲しいことを言わないで」
母は辛そうな顔で言ってくるが、本当につらいのは私の方だ。
「私の人生って何だったの? 何をするにも親が決めてきてさ、部活すらもお母さんが決めたよね? 本当は美術部に入りたかったのに反対されてさ。ずっと管理されて死ぬときまで自由にならないなんて生きてる意味ないよね? 私ってお母さんのペットじゃないだよ? 人として死にたいって言ってるのがそんなに悪いことなの?」
「………………………………」
私に背を向けて俯いている。もしかして泣いてるのかな。
「お母さん?」
「………………お父さんと相談してみる」
こっちを見ないで答えた母は、ハンカチを取り出してたのでやはり泣いているのだろう。母が泣いているのを見たのは母方のお祖母ちゃんのお葬式の時くらいだ。胸がチクっと痛む。
「……うん」
見たこともない母の様子に胸を締め付けられたが、言ってしまったものはどうしようもない。
私の汚れた洗濯物を布袋に詰めた母はそれ以上会話することなく「じゃあね」の一言だけ言って病室から出て行った。
溜まっていた鬱憤を全て吐き出したけど、気分はすぐれないままだ。事前に色々考えていたのに、結局感情任せの言葉を吐いてしまった。母には悪いことをしてしまったと思うけど、言わなきゃ何も変わらない。
「はぁ。吉川君に会いたいな」
ここ最近で自分に安らぎを与えてくれた彼に会いたい。親友達は私に遠慮するようになったから、本音で言い合える彼は私には必要に存在になっている。誰かに頼らないと罪悪感で押しつぶされそうだよ。
今日は予定があると言っていた彼にメッセージを送る。
『明日会いたいな。ちょっと気持ちが参ってるから、駄目かな?』
いつ返事が来るやもしれないのに、私は手に持っているスマホをずっと眺めつづけた。
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