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負けないで ~君と私の余命日記~  作者: シラ猫


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 朝食を食べ終わってしばらくすると、いつもの女性看護師が朝の体温確認と異常がないかを質問してきた。いつも通りと答えてから一人になった後でベッドに腰かける。テーブルに置いているスマホを手に取り、吉川君の病気について調べた。


 心臓病。日本における心臓移植のドナー数は未だに200例に達していない。ドナー不足が深刻な問題になっているが、ドナー登録はさほど増えていない。


 世界の臓器提供数の調査結果によると、人口100万人あたりの臓器提供者数として世界の国々と比較すると、日本は0.88であり、アメリカの1/51、韓国の1/9に過ぎないことから、他国と比較して臓器の提供件数がかなり少ない。死後による臓器提供が100人前後しかいないらしい。


 彼の心臓はもって1年くらいと聞いている。海外で手術する手もあるが、お金がたくさんかかるし、ドナーが見つかる保障もない。手術すれば多少持つかもしれないが、逆に寿命を縮める恐れもあるので彼は入院も手術もしないそうだ。医師から宣告されてから学校を行くのも止めたと言ってた。一応休学しているらしいけど、退学については親と相談中だとか。


「私も退院しようかな。学校も退学した方がいいよね」


 誰もいない個室の部屋で独り言を呟くと、スマホの着信音が鳴る。内容をチェックしてみると、彼からのメッセージだ。


『病院に着いた。今から部屋に向かうね』


 約束通り会いに来てくれたんだ。直ぐに『待ってるね』と返事を返す。スマホのカメラ機能を使って自分の容姿をチェックしながら、手櫛で髪を整えた。


「ヤバい。もう時間がない。もうちょっと前に連絡してくれたらいいのに」


 文句を言いながら、カメラを持つ手を利用して、いろんな角度から容姿の入念な確認が終わる。最後に立ち上がって服装を整えてからベッドに腰かけた。


 胸が高鳴る気持ちで待っていると、ドアをノックされる。


「どうぞー」


 ドアが開くと彼が見えた。この間会った時と同じ雰囲気でホッとする。


「お邪魔します。元気してた? ってのは変かな。えっと、体調良さそうだね」

「ありがと。元気かどうかは分からないけど、体調はいい感じだよ?」

「なんで疑問形なんだよ。まあいいけどさ」

「あっ、そこに椅子あるから使って。隣に座ってもいいけど」


 私の横に座ることを誘うようにベッドを手でポンポンと叩いてみたが、彼は椅子に座るようだ。折りたたみ椅子を近くに移動させてから座っていた。


 なんでだろう。緊張する。同級生の男の子達も見舞いに来たことあったけど、緊張しなかった。やっぱり二人きりだからかな。この前会った時は緊張しなかったから、個室で会うからかも。


 彼は私と同じように病人なのに健常者のように見える。私が揶揄われているだけならいいけど、病気は本当なのは知っている。


「そういえばこの間帰るときに走ったでしょ? あれって大丈夫なの?」

「覚えてたのか。あれは本当に反省している。愚かな行動だった」

「どうして走ったのよ。心臓悪いんだから、ゆっくり歩いて帰ればいいじゃん」

「君にあんなことを言って恥ずかしかったんだよ」


 あの日、彼が私のことを美人だと言ってくれて本当に嬉しかった。死にかけの病人にそんな奇特なことを言ってくれる人は彼くらいだ。もう一度聞きたくて催促してみる。


「よく覚えてないからもう一度言ってみてよ。私の容姿が何だっけ?」

「やだよ。もう忘れた。なんのことだっけ?」


 子供も騙せない下手糞な嘘に思わず笑ってしまった。彼も釣られて笑っている。


 なんかいいな。自分のために泣いてくれる友達もいいけどさ、やっぱり笑い合える時間は心地いいよ。


 しばらくすると笑いもおさまる。お互い沈黙するのは苦手だから私から話題を振ってみる。


「私も退院しようかと思うんだけど、どう思う?」

「そうだね、僕としては回復する見込みがないなら、退院一択だね。やっぱり病院って息苦しくならない?」

「なる。自宅みたいに完全に寛げないしね」

「だよね。ご両親に相談してみたら?」

「そうだけど、反対されたらどうしよう。一緒に来て説明してくれないかな?」

「いやいやいや。僕が行くと誤解されない?」

「誤解って?」

「分かるだろ? 娘が男を自宅に連れて行くってどういう事かさ」

「あーはいはいはい。なるほど、吉川君は私の親に娘さんを下さいって言いたいのね?」

「言ってないから! 僕がいつそんなこと言ったのさ。君は図々しいって言われない?」


 彼との軽快な会話に気をよくした私は、ちょっと悪ふざけしてみた。


「えー言われたことないなー。ちょっと試しに言ってみてよ」

「やだよ。恥ずかしい」

「いいじゃん。お願いだから。ねっ?」


 私が両手を合わせてお願いしてると、彼は首の後ろで両手を組みだす。考えがまとまったのか、椅子に座り直して、真剣な顔つきに変わった。


「お義父さん、娘さんを僕にください。必ず幸せにしてみせますから」

「おおー、いいね。でもそこはつ(・)か(・)さ(・)さ(・)ん(・)って言い換えて欲しかったね。減点だね」

「なんだよ。頑張って言ったのに厳しくない?」

「でも、そういうセリフって実際言われると嘘でもうれしいね。ありがと」

「僕だってそういうシチュエーションに憧れはあったからね」

「じゃあ、私の実家で本番いってみよう。セッティングしとくから」

「なんでだよっ!」


 彼の軽快なツッコミに笑ってしまった。本当に楽しい。こんなに楽しいのは久々だ。入院する前は友達とも冗談言い合ってたけど、私の病気を知ってからは出来なくなった。もう笑うことはないと諦めていたのにな。吉川君には本当に感謝してるよ。


 私は彼に聞いてみたいことを尋ねてみる。


「そういえばさ、この先どうするつもりなの?」

「どうするとは?」

「だってさ、お互いに死を待つ身じゃない? 悔いのないように生きるためにすること考えているの?」

「考えてはいる」

「うそ? 何々教えてよ?」

「まだ考えてる最中だよ」

「ひとつくらいは無いの?」

「それはあるけどさ、聞きたいの?」


 吉川君に『聞きたい』と返事しようと思っていたら、ドアが開く音がした。


「つかさ、来たよー」


 若ッちだ。お見舞いに来てくれた。


「つかさ、お邪魔するね」

「イエーイ。親友が来たよー」


 ユッコに咲ちゃんも来てくれたようだ。毎日誰かが欠かさず見舞いに来てくれる事は本当にうれしい。


「若っち、ユッコ、咲ちゃん。来てくれてありがと」


 私が笑顔で仲良しトリオに手を振って挨拶してると、彼が椅子から立ち上がった。


「僕もう帰るよ。またね」


 みんなに気を遣ったのか、彼は出口に歩いていく。


「ありがとね。またね」


 出口を塞いでた仲良しトリオは彼が近づくと無言で道を開ける。彼は会釈してから部屋を出た。


 ドアが閉められ、彼の姿が見えなくなる。さっきまで私を包み込んでいた温かく安らぎのある空気感は霧散していた。


読んで頂いてありがとうございました。(^^)/



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