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吉川直哉の視点の話になります
~吉川直哉 視点~
「負けないで」
病院内の公園。夏の日差しと吹き抜けている風の空間で何も考えずぼーっと景色を眺めていた僕に、透明感のある声が僕の世界に割り込んできた。軽く会話してやり過ごそうとしてたんだけど、なぜか自分の病気を告白してしまった僕に宮下つかさが励ましてきた。
返事に困って無視してやろうかと思ったけど、この空間にいるのは僕と彼女の二人だけ。あまりに真剣な顔している彼女を無視することは僕には無理だ。僕の事を理解していない彼女に現実を教えてあげる。
「もうじき死ぬ人間に負けないでって意味ないよね? 僕は病気に負けてしまうんだから。ほっといてくれない?」
彼女は僕の突き放す言い方に嫌な顔せず、意気揚々と説明を始めた。
「私ね、ZARDの『負けないで』って曲が凄い好きなんだ。彼女はもう亡くなってしまっているんだけど、どれもこれもいい曲ばかりでさ。それに凄い美人さんなんだよ」
「だから何?」
「私もね、助からないの。後どれくらい生きられるかも知らない。でも負けたくないんだ。だから吉川君も負けないで欲しい」
「そう言われても、あと死ぬだけだし」
「ねぇ、私達って似てると思わない? お互いに助からない命。場所が病院ってのはロマンの欠片もないけど、こんな偶然って滅多にないよ。……無いよね? うん、無いはず。だからさ、そう思うだけでなんか嬉しくならない?」
「……………………」
「ねえ、どうしたの?」
「ぷっ、あははははは」
堪えきれなくて笑ってしまった。予想を超えた彼女の物言いが、僕の笑いの境界線を軽く超えてしまった。
「確かにこんな偶然はないね。でもさ、お互い助からないんだからロマンなんてなくてもいいじゃないか」
「いいの。女の子はいつでもロマンティックな出会いに憧れるものなの」
「お帰りはあちらになります」
片手で病院の方向を指してあげると、彼女は返事する訳でもなく、僕が座っているベンチの真横に座る。女性に慣れていない僕が戸惑っていると彼女のシャンプーの香りが鼻をくすぐった。そんな事はお構いなしに僕にお茶を渡してきた。
「何? くれるの?」
「違うよ。蓋を開けて。男の子だから簡単だしょ?」
拒む理由もないので、ペットボトルの蓋を捻って開けてから彼女に手渡した。
「ありがと」
美味しそうにお茶を飲む彼女に見惚れていると声がかけられる。
「何? ちょっと飲む?」
僕の視線に気づいた彼女がお茶を渡してくれた。間接キスだと思いながらお茶を口に運んだ。
「そういえば間接キスだね」
「ゲホッゲホ」
緊張して味が分かっていない僕に、彼女の告白でお茶が器官に入り込む。誤嚥だ。思いっきりむせて口に含んでいたお茶を吐き出してしまった。
「ちょっと大丈夫?」
咳が止まらない僕に彼女が背中をさすってくれる。しばらくすると咳も静まり、お茶を彼女に返した。
「飲んでる最中に間接キスって言われたら誰でもむせると思うけどね。とりあえず、お茶ありがと」
「そう? まあいいじゃん。知らない仲でもないんだし。そういえば家族以外では初間接キスだ。吉川君は?」
彼女は間接キスに抵抗がないのか、僕が渡したお茶を躊躇いもなく飲んでいる。過去の自分を思い返し、彼女に答えた。
「えっと……。僕も初かな」
「じゃあ初間接キス仲間だね。おめでとう。しかも相手が現役超美人女子高生だよ。きみついてるね」
「超は言い過ぎじゃない? よくそこまで自分を持ち上げれるね? 美人なのは認めるけど」
「あははっ。面と向かって美人とか言われると照れるよ。でももう一回言って?」
彼女はからからと笑った後に、僕の顔を覗き込むようにして美人と言えと催促してきた。ずっと入院していたからか色白で肩まで伸ばした黒髪の彼女の顔が、目前に迫って慌てて距離を取る。
「ちょっと近いってば! よく見ると美人じゃなかったかも」
「酷くない? 美人って言ってからの手のひら返しは人間のする事じゃないよ? きみは酷い人だったんだね」
彼女の行動に戸惑った僕は思ってもいない事を口走ってしまった。少し怒った顔した彼女に責められたが、本心から怒っていないのは分かる。
「本当にごめんってば。誰にも言っていない僕の余命の秘密を教えたんだから許してよ」
「えっ? そうなの? 家族には?」
「さすがに家族は知ってるけど、それ以外では誰にも言わないつもり。君には言っちゃったけどさ。できれば誰にも話さないで欲しい」
「いいよ。約束する。誰にも言わないから」
「ありがと。僕も君の余命について誰にも言わないから」
「そっか、私達ってお互いの秘密を知り合う仲なんだね。秘密同盟ってことで、連絡先教えて」
「唐突だね。別にいいけど」
横に置いてた黒のリュックサックからスマホを取り出して彼女と連絡先を交換した。異性の連絡先は彼女が初なんだけど、さすがに言うことは控えた。彼女はどうなのか気になったけど。
腕時計を見て時間を確認したあとに、ベンチから立ち上がって彼女に振り向いた。
「じゃあ僕は行くよ。さようなら」
「えっ、もう行っちゃうの? もう少し話そうよ」
彼女に言われて後ろ髪を引かれる思いをこらえると、理由を話す。
「家族と約束があるんだ。ごめん。また話そう」
「うん。約束だよ。またね」
別れを言った後に、振り返ってからまだベンチに座っている彼女に手を振り、正直な気持ちを伝える。
「さっきのは嘘。君は美人だよ」
今度は振り返ることなく彼女に背を向けて小走りで家に帰る。
自分の存在を主張するように騒がしく鳴く蝉の声を聴きながら、慣れた道のりを歩いていく。いつもと同じ帰り道なのになぜか高揚している自分がいる。
原因は彼女だろう。
悲観的になっていた僕の心に遠慮なく入り込む彼女に戸惑っていたが、悪い気はしていない。
日差しで火照った僕はズボンのポケットからハンカチを取り出し汗を拭う。視界に入った自販機を見ると彼女が飲んでいたお茶と同じものがある。指で軽く唇に触れてから、リュックサックに入れている財布を取り出してお茶を買った。
「秘密同盟か。ふふふ」
お茶をぐいっと飲んでから歩きだす。普段はやらないのに袖口で口元を拭いてみた。
うん、悪い気はしないね。
今の自分の気持ちはよく分からない。でもまた会いたいと思っている僕は、もしかしたら彼女の事を好きになっているかもしれない。
読んで頂いてありがとうございます。
次の話は明日か明後日には投稿します。




