第1話 魔王のお仕事
第一章 魔王になった女子高生
第1話 魔王のお仕事
「帰りたい……」
朝だった。
知らない天井だった。
いや。
知りたくもない天井だった。
魔王城の天井だった。
白石結奈。
十七歳。
昨日から魔王。
最悪である。
ベッドから起き上がる。
ふかふかだった。
無駄に高級そうだった。
魔王の寝室だからだろう。
広すぎる。
落ち着かない。
「お母さーん」
呼んでみる。
返事はない。
当たり前だった。
「帰りたい……」
二回目だった。
その時。
コンコン。
扉がノックされた。
「魔王様、お目覚めでしょうか」
女性の声だった。
「どうぞ」
扉が開く。
入ってきたのは一人の女性だった。
銀色の髪。
尖った耳。
黒いメイド服。
年齢は二十代くらいだろうか。
「おはようございます、魔王様」
「おはようございます」
反射的に返事をする。
するとメイドは固まった。
「え?」
「え?」
結奈も固まる。
「い、いえ」
メイドは慌てて頭を下げた。
「魔王様に挨拶を返していただいたのは初めてで」
「そうなの?」
「歴代魔王様は返しませんでした」
「感じ悪くない?」
「そうですね」
即答だった。
少しだけ笑ってしまう。
昨日から初めてだった。
少しだけ気が楽になったのは。
「お名前は?」
「リリアと申します」
「よろしく」
「……はい」
また固まった。
「どうしたの?」
「いえ」
リリアは少し困ったように笑う。
「魔王様が普通の女の子みたいで」
「普通の女の子だよ」
結奈は本気でそう思っていた。
だが。
リリアは少しだけ寂しそうに笑った。
「そうですね」
その笑顔が妙に引っかかった。
着替えを済ませる。
朝食を食べる。
そして。
「では」
リリアが言った。
「執務室へ参りましょう」
「何するの?」
「お仕事です」
嫌な予感しかしなかった。
十分後。
予感は当たった。
「……なにこれ」
結奈は机を見た。
山。
書類の山だった。
右にも山。
左にも山。
正面にも山。
紙しかない。
「魔王のお仕事です」
リリアが微笑む。
「嘘でしょ」
「本当です」
「魔王ってもっとこう」
結奈は両手を広げる。
「侵略とか」
「赤字です」
「え?」
「軍事費が」
「現実的!」
夢も希望もなかった。
「こちらが食糧不足の報告書です」
「うん」
「こちらが難民問題です」
「うん」
「こちらが税収不足です」
「うん」
「こちらが老朽化した水路の修繕依頼です」
「うん」
違う。
思ってた魔王じゃない。
もっとこう。
世界征服とか。
必殺技とか。
そういうのを想像していた。
実際は市役所だった。
しかもかなり財政難の。
「帰りたい……」
三回目だった。
すると。
執務室の扉が開く。
昨日の老人が入ってきた。
「おはようございます、魔王様」
「おはようございます」
老人も少し驚いた顔をした。
なぜだろう。
この国は挨拶文化が壊滅しているらしい。
「ガルド様」
リリアが頭を下げる。
どうやら偉い人らしい。
「何かあったんですか?」
結奈が聞く。
ガルドは少しだけ表情を曇らせた。
「ございます」
嫌な予感。
昨日からずっとしている。
「こちらをご覧ください」
机の上に地図が広げられる。
赤い印。
青い印。
黒い線。
正直よく分からない。
「現在の戦況です」
「はい」
「我が魔族国は敗北を続けています」
「はい」
「西部は失陥」
「はい」
「北部も陥落寸前」
「はい」
「東部は飢饉」
「はい」
「南部は反乱」
「はい」
結奈は気付いた。
全部ダメじゃない?
「つまり」
恐る恐る聞く。
「今どれくらいヤバいの?」
ガルドは静かに答えた。
「かなり」
「具体的に」
「このままなら三年以内に国家は滅びます」
結奈は固まった。
「はい?」
三年。
三年?
昨日召喚されたばかりなのだが。
魔王生活二日目なのだが。
「え?」
思わず聞き返す。
「三年?」
「三年です」
「マジで?」
「マジです」
結奈は天井を見上げた。
帰りたい。
本気で帰りたい。
だが。
昨日見た少女の顔が頭をよぎる。
助けてくれる?
あの言葉が離れない。
「……はぁ」
大きくため息をつく。
「とりあえず」
ガルドとリリアがこちらを見る。
「何からやればいいの?」
その言葉に。
老人は少しだけ笑った。
それは昨日初めて見た。
希望のある顔だった。




