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第2話 【悲報】ワイ将、学校掲示板(と購買のVIPPER)のおもちゃになる

 4時間目の授業終了5分前。


 世界史の教師が黒板にだらだらと眠くなるような年号を書き連ねる中、俺は机の下で、もはや俺の人生の羅針盤と化した『5chまとめサイト』をこっそり更新した。


 すると、スレの状況はすでに俺の知る「ネット掲示板」の域を超えていた。


201:名無しのワイ 2026/05/22(金) 12:40:15 ID:ObA_shAn

今日の卵サンド、残り3個。

競争率高いぞ。


205:名無しのワイ 2026/05/22(金) 12:41:22 ID:mOt0K9z

ラグビー部が前線基地(部室)から購買に向けてアップを始めてる。


210:名無しのワイ 2026/05/22(金) 12:42:01 ID:zXy987v

主人公(ワイ将)、チャイムと同時にダッシュや。


(なんでラグビー部の動向までリアルタイムで実況されてんだよ……!)


 心の中で激しくツッコんだ、その時だった。


 ――キーンコーンカーンコーン。


 4時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響く。


 と同時に、廊下の向こうからドゴゴゴゴと地響きのような足音が聞こえてきた。


「っしゃあ! 今日は幻の卵サンドの日だああああ!」


「ラグビー部、突撃ィィィッ!」


「マジで現実と連動してんじゃねえか!!」


 俺は教科書を机に押し込み、猛然と廊下へ飛び出した。


 目指すは一階の購買部。


 だが、遅かった。


 購買の前に到着した時には、そこはすでに『筋肉の壁』によって完全封鎖されていた。


 ラグビー部。サッカー部。野球部。


 昼食に命を懸けた男子高校生たちが、パン売り場をめぐって人類最後の戦争バトルロイヤルを始めている。


「終わった……」


 非モテオタクの貧弱なフィジカルで、この肉の壁を突破できるわけがない。


 諦めてトボトボと引き返そうとした、その時だった。


「おい、そこの坊や」


 筋肉と筋肉の隙間から、購買のおばちゃんが俺を鋭く凝視した。


 ただのおばちゃんじゃない。


 目が違う。


 数多の昼休み戦争を生き抜いてきた、歴戦の傭兵のような目だ。


 おばちゃんはニヤリと不敵に笑うと、プラスチックケースの奥底から、白いラップに包まれた物体を取り出した。


 そして、流れるような美しいスナップを利かせて、俺に向かってそれをフリスビーのように投げた。


 パシッ。


 俺の両手にすっぽりと収まったそれは、ずっしりと重い、まごうことなき幻の卵サンドだった。


「えッ!? 俺、予約なんてしてないんですけど!?」


「いいから持って行きな」


 おばちゃんは親指をグッと立ててみせた。


「ネットの若い子らが裏でうるさくてねぇ。……フッ、オマイラによろしくな」


「オマイラ……?」


 古代インターネットの香ばしい死語を遺し、おばちゃんは凄まじい速度で次の客をさばき始めた。


 ――と思ったら。


「あと坊や」


 おばちゃんは、次の客に焼きそばパンを渡しながら、片目だけで俺を見た。


「女の子に渡す時は、ちゃんと目ぇ見て渡しな。ネットの指示より、そっちの方が大事だよ」


「……古参、急に人生の先輩になるなよ」


 思わず素でツッコんでしまった。


 俺はガタガタと戦慄しながら教室へ戻り、すぐさまスレを開く。


230:名無しのワイ

ObA_shAn、有能すぎるwwww


231:名無しのワイ

ネットの繋がりをこんなところで感じると思わなかったわ。


232:名無しのワイ

あのスナップ、絶対全盛期のVIPでコテハン張ってた古参だろww


235:名無しのワイ 2026/05/22(金) 12:44:10 ID:zXy987v

よし、卵サンドをゲットしたな。

次は渡し方だ。普通に渡すなよ。

海外セレブ風に余裕を見せろ。セリフはこれな。

「やあ。今日も世界は俺に優しくないな」


「無理に決まってんだろおおお!!」


 スマホに向かって叫びかけた。


 だが、手元には奇跡の卵サンド。


 そして教室の前方では、藤崎紗夜が友達と話しながらも、チラチラとスマホを気にしてソワソワしている。


 ……やるしかない。


 俺は深く深呼吸をして、紗夜の席へと歩き出した。


「お、御子柴がまた行ったぞ……」


「昨日フラれてなかった?」


「いや、でも朝の『おはよ』のあれ見た?」


 クラスの空気がじわじわとざわつき始める。


 普通なら公開処刑の第二幕だ。


 だが、今の俺の背後には、数百人のネット民と購買の古参VIPPERおばちゃんがいる。


 強いのか弱いのか、客観的に見たら底辺すぎて全くわからない布陣だったが、妙な勇気だけは湧いてきた。


 紗夜の前に立つ。


 彼女がゆっくりと顔を上げる。


 目が合う。


 ――この時点で、すでに彼女の耳は真っ赤だった。


 俺は腹をくくった。


 究極の海外セレブ風。


 客観的には、ただの重度の厨二病。


 俺は卵サンドをすっと差し出し、低めのイケボを意識して言い放った。


「やあ。今日も世界は俺に優しくないな……だが、これだけは俺の味方をしてくれたようだ」


 一瞬、教室の時間が完全に止まった。


 静寂。


 終わった。


 今度こそ俺の社会的生命は終わった。


 そう絶望した、次の瞬間。


「……っ、ぶふっ!」


 紗夜が盛大に吹き出した。


「な、なにそれ……っ、意味不すぎだし!」


 ぷいっと顔を背ける。


 でも、耳どころか首筋まで真っ赤だ。


 しかも、隠しきれない口元が完全にニヤけて緩んでいる。


 紗夜は俺の手からひったくるように卵サンドを受け取ると、なぜかそれを両手で、まるで壊れ物でも扱うように大事そうに胸に抱え込んだ。


「……でも、ありがと。食べてあげる」


 そう言ってから、紗夜は卵サンドをちらっと見た。


 それから、俺をちらっと見た。


「……目、見て渡してくれたし」


「え?」


「な、なんでもないし!」


 その瞬間、教室の空気がガラリと音を立てて変わった。


「え、なにあれ」


「藤崎、めちゃくちゃ照れてない?」


「昨日フラれたんだよな……?」


「いや、あれはもう完全に『好きな男』を見る顔だろ……!」


 やめろ。


 周囲のモブども、勝手に鋭い分析をするな。


 俺はなんとか平静を装って自分の席に戻った。


 足は生まれたての小鹿のようにガタガタと震えていた。


 座った瞬間、机の下で猛烈な勢いでスレを更新する。


255:名無しのワイ ID:sAyA_999

【急募】ワイ将、なんか急に厨二病のイケボで卵サンドくれた。

意味不明すぎて笑っちゃったじゃん。

でも嬉しい……。

卵サンド大事に抱えてる私キモい無理。

世界は私に優しかった。普通に泣きそう。


256:名無しのワイ ID:fUzI_456

宝物にするな。早く食え。

あと紗夜、ニヤニヤしすぎ。クラス中にバレてるぞ。


258:名無しのワイ

ギャル側が完全に限界オタク化してて草。


259:名無しのワイ

これもう実質付き合ってるだろwww


 教室の向こうを見る。


 紗夜は真っ赤な顔をして、凄まじい手つきでスマホを連打していた。


 隣の藤井さんは「もう駄目だコイツ」という顔で頭を抱えている。


 周囲の視線が痛い。


 いや、痛いというより温かい。


 クラス全員がニヤニヤしながら俺たちを見守っている。


 その温かさが逆に死ぬほどきつい。


 俺は耐えきれず、スレに書き込みを投げた。


300:名無しのワイ(主人公)

ちなみに今、クラス全員がニヤニヤしながらこっち見てるんだけど。

実況やめろ。


301:名無しのワイ

逃げろ。


302:名無しのワイ

もう無理。完全に包囲網完成してて草。


303:名無しのワイ 2026/05/22(金) 12:49:55 ID:tEaCh_777

御子柴。藤崎。

廊下でイチャつくなら他でやれ。

5限目の予鈴鳴ったぞ。早く席につけ。


「……は?」


 俺はゆっくりと首を動かし、教壇の方を見た。


 そこには、片手にスマホを持った担任教師が立っていた。


 しかも、めちゃくちゃニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。


「担任まで混ざってんのかよおおおお!!!!」


 俺の絶叫が教室に響き渡った瞬間、クラス全員が堪えきれずに大爆笑した。


「キャーッ! 違うから! 違うし! イチャついてないから!!」


 紗夜は悲鳴を上げ、そのまま勢いよく机に突っ伏した。


 耳まで、いや髪の毛の隙間から見える肌のすべてが真っ赤だった。


 担任は平然とチョークを持つと、黒板に大きく滑らかな文字で書き始めた。


『授業中のスマホ禁止』


 そして、その真下に、少し小さく付け足した。


『ただし青春はほどほどに可』


「教師としてそれでいいのかよ!」


 俺のツッコミに、また教室がドッと笑いに包まれる。


 俺たちの恋愛は、ネットの向こうの赤の他人どころか、購買のおばちゃん、クラスメイト、さらには担任教師まで巻き込んだ『学校中のおもちゃ』と化していた。


 逃げ場は、もうどこにもない。


 その時、手元のスマホに新しいレスが滑り込んできた。


310:名無しのワイ ID:sAyA_999

放課後、昨日の渡り廊下に来て。

ちゃんと話したい。


311:名無しのワイ ID:fUzI_456

逃げるなよ、御子柴。

たぶん今日の紗夜、人生で一番勇気出すから。


312:名無しのワイ ID:tEaCh_777

5限目はちゃんと受けろ。

青春は放課後にしろ。


 俺は画面を見つめた。


 それから、教室の向こうを見た。


 紗夜は机に突っ伏したまま、ほんの少しだけ顔を上げて、上目遣いでこっちを見ていた。


 目が合う。


 ――すぐに、ばっと逸らされる。


 でも、彼女のスマホだけは、震える手でしっかりと握りしめられていた。


「……わかった」


 俺は小さく呟いた。


 5限目の本鈴が鳴る。


 ネット民たちの悪ノリ包囲網は、まだ終わらない。


 けれど俺たちの話は、放課後、ようやく本当の「本題」に入りそうだった。


(第2話・了。第3話につづく)

ここまで読んでいただきありがとうございます!


ネット民、おばちゃん、担任まで参戦して、もはや学校全体が恋愛応援団になってきました。


次回、ついに放課後の渡り廊下。


「は? 無理だし」の真相が明かされます。


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