第3話 【祝報】ワイ将、スレ主のギャルと付き合う
――キーンコーンカーンコーン。
5限目の終了を告げるチャイムが鳴り、担任による短い終礼が解散を告げた瞬間。
教室の空気が、ガタッ、と一斉に動いた。
俺は机の下で、もはや俺の生命維持装置と化したスマホの画面を更新した。
例の『5chまとめサイト』は、サーバーが爆発炎上する一歩手前の超お祭り騒ぎに突入していた。
950:名無しのワイ 2026/05/22(金) 15:55:01 ID:w9X7a8b
放課後キターーーー!!
952:名無しのワイ ID:fUzI_456
紗夜、前髪直しすぎ。もう10回目。
鏡と結婚すんのかお前は。がんばれ。
955:名無しのワイ ID:tEaCh_777
御子柴、行け。
ただし廊下は走るな。
956:名無しのワイ
担任、教師としては正しいのに見守り方が親戚のおじさんすぎて草。
(みんな、見守りモード全開じゃねえか……!)
俺が喉を鳴らして席を立つと、教室の出入り口に巨大な影が立ちはだかった。
ラグビー部主将。
でかい。圧がすごい。
昨日まで一度もまともに話したことがないのに、なぜか数々の死線を共にしてきた戦友みたいな顔をしている。
主将は俺の肩にドンと丸太のような右手を置くと、重々しくサムズアップした。
「御子柴……卵サンドの件は見事だった。男になってこい」
「卵サンドの件で男の価値を測るな」
俺はツッコミを入れながら廊下へ出た。
驚いたことに、廊下にはやけに人が多かった。
他クラスの奴らまで総出で、モーセの十戒のごとく、遠巻きに道を作っている。
誰も声には出さない。
けれど全員が、目力だけで俺に言っていた。
――行け。
――逃げるな。
――あとで結果は詳細な実況付きで教えろ。
「最後だけ圧が強すぎるんだよ……っ!」
俺は小さくぼやきながら、無数のサイレント応援に押されるように階段を降りた。
目指すは、始まりの場所。
昨日、俺が派手に爆死した、あの夕日の渡り廊下だ。
*
キィ、と少しだけ建付けの悪い音を立てて、鉄扉を開ける。
渡り廊下には、燃えるようなオレンジ色の夕日が差し込んでいた。
昨日と同じ場所。
昨日と同じ時間。
けれど、俺の胸の奥は、昨日とはまるで違う音を鳴らしていた。
廊下の真ん中に、藤崎紗夜がいた。
彼女はスマホを両手でぎゅっと握りしめたまま、落ち着かなそうにつま先を動かしている。
昼休みの大騒ぎが嘘みたいに、そこには二人だけの静けさがあった。
俺の足音に気づき、紗夜がゆっくり顔を上げる。
「……御子柴」
その声は、消え入りそうに小さかった。
昨日の「は? 無理だし」と言い放った一軍ギャルと同じ人間とは、とても思えない。
紗夜は耳まで真っ赤に染めたまま、意を決したようにスマホの画面を俺に向けた。
そこに映っていたのは、見覚えのありすぎる5chの書き込み画面。
「これ……私が立てたスレなの」
「えっ……」
「そうなの!?」
「うわぁぁ……!」
「やっぱり引いたよね!?」
「はずかしい……っ!」
紗夜は恥ずかしさのあまり頭を抱えた。
それでも逃げ出さずに、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
「本当にごめん」
その一言だけは、いつものギャル言葉じゃない、まっすぐな声だった。
「昨日、御子柴に告白された時、私、本当はすごく、すっごく嬉しかったの……!」
「……うん」
「でも、嬉しすぎて頭が真っ白になって……何か言わなきゃって思ったら、口から出たのが……」
紗夜は一度、泣きそうな顔で唇を噛んだ。
「『は? 無理だし』だった……!」
俺は怒るより先に、体の芯から力が抜けた。
「人生一番のビッグイベントで、最悪の誤変換すぎるだろ……」
「ほんとにごめん……っ!」
紗夜は涙目で深く頭を下げた。
「もう二度と話しかけてもらえないと思って、どうしたらいいかわかんなくなって、ネットの人に相談したら、まとめサイトの管理人にタイトルを勝手に変えられて、男視点のスレみたいになっちゃって……!」
「じゃあ、あれも全部リアルタイムで見てたんだな」
「あれ?」
「俺の……『世界は俺に優しくないな』とかいう、痛すぎる海外セレブ風のやつ」
「……うん」
紗夜は両手で顔を覆って、指の隙間から真っ赤な顔を覗かせた。
「藤井が隣で『スレ民から指示出た! 卵サンドくるよ!』って実況してくるから、ずっと待ってたんだけど……急にあんなイケボで痛いこと言うから……っ」
「頼むから忘れてくれ」
「無理」
「そこは『無理』って言うなよ」
「だって……私のために、一生懸命ネットのクソ助言に従って変なことしてくれたの、嬉しかったんだもん」
紗夜の声が、熱を帯びて震える。
「愛おしすぎて、心臓爆発するかと思った」
「――ッ」
今度は、俺の方が黙る番だった。
真正面から言われると、破壊力が桁違いだ。
ネットの画面越しならツッコんで笑えたのに、本人の声で、こんな至近距離で言われると、俺の心臓まで爆発寸前になる。
その時、二人のポケットの中でスマホが同時に震えた。
画面を見ると、スレはいよいよ最終局面に入っていた。
980:名無しのワイ 2026/05/22(金) 16:15:22
渡り廊下に二人並んでるぞ!
今だ、告白しろ主人公!
981:名無しのワイ 2026/05/22(金) 16:15:45
最後のセリフ指定するか?
海外セレブ風パート2いくか?
982:名無しのワイ ID:ObA_shAn
そこは自分の言葉で言いな。
購買の、あの古参VIPPERおばちゃんだった。
最後の最後で、また最高に粋な人生の先輩になってくれた。
俺は少しだけ笑うと、スマホの電源を切った。
そのままポケットにしまう。
「ここから先は、ネット民なしでいいだろ」
紗夜がハッとしたように顔を上げた。
そして、愛おしそうに自分のスマホを見つめてから、同じように電源を切り、制服のポケットに収めた。
「……うん」
画面の光が消える。
すべてのノイズが消える。
夕暮れの渡り廊下に響くのは、窓の隙間を抜ける風の音と、二人分の呼吸だけだった。
紗夜が一歩、俺の方へ踏み出す。
長いネイルで飾られた細い指先が、俺の制服の裾をぎゅっと掴んだ。
「昨日の返事、やり直させて」
「うん」
夕日に照らされた紗夜の瞳が、まっすぐに俺を見た。
「私も、御子柴のことが好き」
胸の奥が、焼け付くように熱くなる。
昨日、五文字の銃弾で粉々に打ち砕かれたはずの心が、今度はあまりの幸福感で破裂しそうだった。
「だから……私と、付き合ってください」
俺は深く息を吸った。
今度は、誰の指示でもない。
どのスレのテンプレでもない。
俺自身の言葉を、彼女に返す。
「はい。喜んで」
紗夜の瞳から、ぽろりと一滴、嬉し涙がこぼれた。
あまりに彼女が綺麗に笑うから、俺は照れ隠しに、つい余計な軽口を叩いてしまった。
「今度は『無理』って言わないでよ?」
紗夜は顔を真っ赤にして、涙を拭いながら、最高の笑顔を咲かせた。
「言うわけないじゃん、バカ……っ!」
どちらからともなく、自然と手が伸びていた。
指先が触れ合い、少しだけお互いに戸惑ってから、ゆっくりと重なり合う。
繋いだ手のひらから、紗夜の熱が伝わってくる。
夕日に照らされた二人の影が、渡り廊下の上に、長く、綺麗に重なり合った。
昨日は、ここで世界の終わりを迎えた。
今日は、ここから俺たちの世界が始まった。
*
その日の帰り道。
隣を歩く紗夜と、恋人繋ぎにした手の温もりを噛み締めながら、俺はふと思い出してスマホを取り出した。
まとめサイトのページを更新する。
レス数は、綺麗に「1000」で止まっていた。
1000:名無しのワイ(主人公) 2026/05/22(金) 16:30:00
スレ主のギャルと正式に付き合うことになった。
お前らのクソ助言、だいたい間違ってたしクソ痛かったけど、背中だけは全力で押された。
みんな、ありがとう。
【このスレッドは1000を超えました。新しいスレッドを立ててください】
「いい最終回だったな……」
俺は満足感と共に画面を閉じ、茜色の空を見上げた。
ネットの悪ノリから始まった、とんでもない一日。
でも最後には、画面を閉じて、ちゃんと自分たちの言葉で向き合えた。
これ以上ない大団円。
完璧なハッピーエンドだ。
――そう、本気で思っていた。
翌朝、教室について何気なくスマホを開くまでは。
光の速さで、見覚えがありすぎる最悪の次スレが爆誕していた。
【祝報】ワイ将、ギャルと交際開始。初デートを遠隔操作するスレ Part1
1:名無しのワイ ID:fUzI_456
今週末、駅前10時集合な。紗夜のデート服は私が全部選ぶ。
ちなみに今、隣で私服のファッションショーが始まってて、部屋が散らかり放題で大迷惑してます。早く連れてって。
2:名無しのワイ ID:ObA_shAn
弁当は卵サンドにしな。卵パック多めに仕入れとくよ。
あと坊や、デートの時はちゃんと彼女を車道側から守って歩くんだよ。
3:名無しのワイ ID:tEaCh_777
門限は18時。
あと次の小テストでどちらか一人でも赤点とったら即デート禁止。
教員室に追試の特製プリント作っておくからな。
4:名無しのワイ(主人公)
身内混ざりすぎだろ!!!
やめろおおおおおお!!!
「朝から何してんだよ、こいつら!!」
自分の席で頭を抱えて絶叫する俺。
すると、教室の後ろから紗夜がトコトコと歩み寄ってきた。
彼女の位置は、昨日よりも明らかに近い。
いや、近い。
普通に近い。
肩が触れそうな距離で、にへら、と嬉しそうにスマホを覗き込んでくる。
「……でも御子柴、これちょっとだけ参考にしてみたいかも」
「見るな。頼むからもう見るな」
「ねえ、車道側歩いてくれる?」
「そこだけピンポイントで拾うな!」
紗夜はくすくすと悪戯っぽく笑うと、俺の制服の袖を、昨日みたいに軽くつまんだ。
「じゃあ、初デートもよろしくね、亮」
「――ッ!?」
急な名前呼びの奇襲により、俺の心臓は朝のHR前に無事死亡した。
俺の恋愛は、こうして無事に始まった。
ただし。
画面の向こうのオマイラによる遠隔操作は、まだ当分終わりそうにない。
(第3話・完)
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
まさか購買のおばちゃんと担任まで参戦するとは、作者も途中で思っていませんでした。
少しでも笑ったり、ニヤニヤしたりしていただけたなら嬉しいです。
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ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




