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第二話 ペンキ塗れの白バラ①

 目が覚めると、見知らぬ天井が広がっていた。白い蛍光灯を眺めながら、ぽつりと呟く。


「知らない天井だ……」


 痛む体を起こしながら、こんな台詞を口にする日が来るなんてと内心で苦笑する。


 ここは病室だろうか? モコモコとした羊雲が覗く窓の前には、シーツがピンと張られたベッドが二つ並んでいる。向かいのベッドにも人の気配はなく、なぜか全開になった扉からは廊下を行き来する看護師の姿が見えた。


 自分の体を見下ろす。両足を固定するギプスと包帯に目が吸いついたところで、冴木の声がした。


「体の調子はどうだ?」


 病室に入ってきた彼は、私服姿だった。


「腹囲どうだった?」

「それ今じゃないだろ。とりあえず看護師さん呼んでくるから」

「私が呼んできます!」


 突如聞こえた女性の声に驚いて廊下へ目をやると、深緑色のスカートが翻って奥へと消えていくのが見えた。


「……誰?」

「パグの上に落ちた人。謝りたいって言うから一緒に待ってた」


 冴木がベッドサイドの丸椅子に腰を下ろして俺を見る。ぎしっと椅子が鳴る音が耳につく。

 ――俺の上に落ちた人?


「なんでそんな……いや、それより今何時だ?」

「大丈夫だから寝てろよ。頭打ってるみたいだし、無理しない方がいい」

「すまん、迷惑かけた。俺は大丈夫だから、もう帰っていいよ」


 ハッとして冴木を見ると、彼は冗談めかすように肩をすくめながら笑った。


「何だよ、もしかして邪魔?」

「そうじゃないけど、健診は終わったんだろ?」

「中止だよ中止。それどころじゃないし、パグの上に落ちた人も、なんか放っておけない感じだったからさ。最後までいるから安心しろよ」


 そう言われて安心できる奴がいるか。


「その人、怪我は?」

「……その質問、お前らしいなぁ。心配しなくても大丈夫そうだったよ。ぶつかってきた外来の子を庇ったって聞いたけど」


 そう言って冴木が立ち上がる。医師が来たのだろう。入口へ目を向けた俺は、そのまま固まった。

 看護師と医師の背後、入り口付近の廊下に、なにかが立っている。


 花だ。


 体は深緑色の服を着た人間のようだが、首の位置には頭の代わりに大輪の白いバラが一輪、咲いている。その花弁には血のように赤いものがべったりと塗りたくられているようだ。

 俺は花を凝視したまま、震える声で医者に尋ねた。


「あの、俺どこかおかしいんでしょうか」

「大丈夫ですよ、今説明しますから」

「でも、あの」

「閉めますよ〜」


 看護師が優しく微笑み、問答無用でベッド周りのカーテンを閉める。


「まず、頭部に外傷は見られませんでした。ただ脳震とうがありましたので、しばらく様子を見る必要はあります」

「脳震とう」


 脳震とうで幻覚?

 あれは幻覚なのか?


 ちらりと冴木を見る。廊下を見るよう目で訴えてみたが、彼は不思議そうに首を捻るだけで、全く意向を汲んでくれない。


「その他は鼻根部の強打と両足首の剥離骨折ですね。鼻血が出て驚かれたでしょうが、問題ありません。数日すれば顔のガーゼも取れますよ」

「……」


 もう一度目で訴える。なんなら顎も少し動いていたかもしれない。すると、ようやく察した冴木が眉を寄せて後ろを振り向き、小さく首を捻って……また何事もなかったように俺を見た。


「両足首の方も大きな問題はありませんが、しばらくは体重をかけない方がいいですね。ご自宅で車椅子は使えそうですか?」

「……」


 ……え、それだけ?

 頭が花の人がいるのに、反応薄くないか?

 まるで何も見えていないみたいに――まさか、幽霊じゃないよな?


「聞いていますか?」


 ぐるぐると頭を悩ませていた俺は、医者の言葉にハッとした。


「すみません、何でしたっけ? 車椅子、車椅子はちょっと」

「ご家族や恋人は?」

「いません」

「身を寄せられるご友人などは?」

「……いや」


 医者と看護師が顔を見合わせ、小さく頷く。


「院内で起きた事故ですし、念の為しばらく入院しましょうか。当院はリハビリ科もありますから、経過観察も含めて4週間程で立てるようになりますよ」

「4週間も!?」


 思わず声を上げた俺の肩を、冴木が叩く。慌てて口を噤めば、彼は晴れやかな笑顔で親指を立てた。


「貯めに貯めた有休が、遂に日の目を見るのか。良かったな!」

「嬉しそうにすんな、腹立つから」


 やいやいと言い合う俺たちを尻目に、看護師がカーテンを開ける。礼を言おうと顔を向けると、あの血まみれの白バラが立っていた。


「……っ!」


 声にならない悲鳴が喉から漏れて、俺はギプスで動かない足をばたつかせる。ベッドに腕を突っ張って何とか後ずさろうとする俺の肩を、冴木が無言で押し留める。


 なんで。


 バラの形をした頭が、揺れる。俺は咄嗟に冴木を庇うと、襲いくる恐怖に目を瞑った。





本作に登場する既存作品への言及および解釈は、作者個人のものです。原作者・権利者の公式見解を示すものではありません。

気になる作品がございましたら、ぜひ参考文献を直接お読みください。参考文献はエピソードタイトル「参考文献」にまとめて記載しています。

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