通常営業
世界が終わるまで、あと六日。それでも会社は、通常営業だった。
第一話【通常営業】
世界が終わると知った朝、高橋修一が最初に思ったのは、
――会社、行かなくていいよな。
だった。
月曜日、午前七時十二分。
枕元のスマートフォンが、聞いたことのない音を鳴らした。
画面には【政府緊急情報】。
テレビをつけると、どの局も同じ映像だった。
『本日午前六時四十分、国際観測チームより、小惑星2026QX1の地球への衝突が確実になったとの報告を受けました』
画面の右上に大きな文字が出た。
【地球衝突まで 6日16時間】
『現時点において、衝突を回避する有効な手段は確認されていません』
「マジか……」
修一はテレビを見つめた。
あと一週間もない。
世界が終わる。
人類が滅亡する。
その時、台所から電子音が鳴った。
昨日セットしておいた炊飯器だった。
修一はテレビと炊飯器を交互に見る。
「……炊けたか」
世界が終わっても、米は炊ける。
茶碗によそってから、ふと思った。
そういえば今日は燃えるゴミの日だ。
「いや、出す意味あるのか?」
考える。
日曜日に地球が終わる。
生ゴミを一週間部屋に置いておくのも嫌だった。
結局、ゴミは出した。
*
午前七時四十五分。
会社から一斉メールが届いた。
【全社員各位】
【本日報道されております小惑星衝突の件につきまして、現在、政府および関係機関からの追加情報を確認しております】
修一は味噌汁を飲みながら読む。
【今後状況が変化する可能性もあることから、弊社といたしましては、本日も通常通り営業いたします】
「馬鹿じゃねえのか」
続きがあった。
【なお、今週金曜日のノー残業デーについても予定通り実施いたします】
「そこはどうでもいいだろ」
修一はスマートフォンを置いた。
絶対に行かない。
あと六日しかない。
三十分後。
修一はネクタイを締めていた。
「……何やってんだ、俺」
*
駅へ向かう。
途中のコンビニは営業していた。
入口には、
【アルバイト募集中 週2日からOK!】
のポスター。
修一は少し立ち止まった。
「今から週2日なら、挨拶くらいは覚えられるな」
自分で言って、虚しくなった。
*
電車は驚くほど空いていた。
車内モニターには世界滅亡のニュース。
その下を運行情報が流れる。
【○○線は車両点検の影響により、約5分遅れて運転しています】
そこはちゃんと遅れるんだな。
*
午前八時五十二分。
会社のドアを開ける。
「おはようございます」
「おはようございます」
…耳を疑う。
返事があった。
修一は立ち止まって社内を見渡す。
十一人いる。
「……なんでいるの?」
若手の佐々木が振り返った。
「高橋さんもいるじゃないですか」
「俺は様子を見に来ただけ」
「僕もです」
「俺も」
奥から声がした。
「私も」
十一人全員、様子を見に来ていた。
八時五十九分。
部長が立つ。
「じゃあ、朝礼始めるぞ」
誰かが吹き出した。
「何がおかしい」
「いや……別に」
「まだ世界は終わってないんだから、仕事は仕事だ」
部長はホワイトボードを見る。
「高橋。今週の営業見込み」
「今週ですか?」
「今週だよ」
修一もホワイトボードを見る。
【今月目標 4,800万円】
一瞬考える。
「日曜日以降なら、確実にゼロなんですけど」
「日曜は元々休みだ」
「……そうですね」
なぜか納得してしまった。
*
午前九時二十分。
世界滅亡まで六日と十五時間あまり。
コピー機が紙詰まりを起こした。
「またかよ!」
佐々木が蓋を開ける。
「あー、もう! どこで詰まってんだよ!」
修一も手伝う。
二人で三分ほど格闘したところで、佐々木が動きを止めた。
「高橋さん」
「何?」
「これ、直す必要あります?」
二人でコピー機を見る。
「……あるだろ。今日使うんだから」
「ああ、そっか」
二人はまた紙を引っ張り始めた。
世界は終わる。
だがコピー機は、今日も使う。
*
朝礼後。
「あの」
入社一年目の田中が手を挙げた。
部長が振り返る。
「何?」
「俺、ずっと言いたかったことあるんですけど」
「なんだ」
田中は立ち上がった。
「俺、部長のこと大嫌いでした」
静まり返った。
「……は?」
「どうせ来週みんな死ぬんですよね」
田中は少し笑った。
「だったら、もういいかなって」
営業事務の山本がゆっくり手を挙げる。
「じゃあ、私もいいですか」
「え?」
「私も言いたいことあります」
奥からも手が挙がった。
「俺もある」
「私も」
修一は十一人の顔を見回した。
なるほど。
世界が終わるというのは、こういうことなのかもしれない。
隕石が落ちるより先に、
この会社が終わりそうだった。




