第3話
やはりクリードは、顔がいい。
家に戻る途中、路面電車に乗り合わせた女性たちがクリードを見てぽうっとなってるのを見ながら、イザベラは改めて実感していた。
(これ、いつか勇者だってバレるんじゃないかしら)
髪をいじってはいるけれど、元々の凜々しい面立ちは隠せない。
それにまるで壊れた蛇口のように、彼からは“色気”と“いい男オーラ”が垂れ流されている。
「ん?」
イザベラの不安に気づいてそっとこちらを窺う仕草だけで、トンデモなく魅力的なのである。事実彼を見ていた女性たちの中には、うっとりとため息をこぼしているものもいる。
「なんでも、ない」
少なくともここで話せる内容ではないため黙っていると、クリードが身を屈め、顔を近づけてくる。
「そうだ、夕飯は何がいい?」
「ゆ、うしょく……?」
甘いウィスパーボイスのせいで、何の変哲もない問いかけなのに動揺してしまった。
というか顔が近い。
身長差がある上、路面電車の走行音もあるので適切な距離ではあるが、何分相手は顔のいい男なので破壊力がすさまじい。
「食材をいろいろ買ったから、なんでも作れるぞ。君が好きな魚のムニエルでも、カボチャのスープでもいい」
「だったら、ムニエルがいいかな」
「じゃあ、買ったばかりのフライパンを試そう。焦げ目もつかない優れものらしい」
かつて魔剣を握っていたその手で、クリードは買い物袋からフライパンを取り出す。
その姿はちょっと滑稽で、イザベラの心はようやく落ち着く。
「フライパンにも、やっぱり善し悪しってあるの?」
「もちろんだ。最近は加工魔法が発展したので、より便利で使いやすいものが増えている」
「料理をしないから、全然知らなかった」
「そういえば、俺が来るまで食事はどうしていたんだ?」
「クッキーとか」
「それは食事と言わない」
「あとはビスケット」
「それも食事ではない」
「あとはパン」
「ギリギリ食事だが、メインはないのか?」
「バターは塗ったわ」
だが付け合わせを作る料理の腕はないし、何よりイザベラは食に対する興味が薄いのだ。
元々食が細く、空腹もあまり感じない。そのためお菓子やパンでお腹をいっぱいにすることがほとんどだった。
「健康に悪すぎる」
「でも、何か作った方が不健康な料理になるんだもの」
「それは君がなんでも黒焦げにするからだろう」
「してるんじゃなくて、なっちゃうの」
イザベラは基本不器用で、同時に複数のことをするのが不得意だ。だから複数の食材を用意し、加工する料理はとてつもなく向かない。
その上ぼんやりすることも多いため、ただ焼くだけの料理でもすぐ焦がしてしまう。
「呪いはすさまじい速度で解けるのに、本当に不思議だ」
「解呪は料理より簡単だもの。ただちょっとしたパズルを解くだけだし」
「俺からしたら、そのパズルを解くほうが難しい」
「私からしたら、健康的な食事を摂る方が難しいの」
そう言うと、クリードはフライパンをギュッと握り直す。
「なら、俺が君の食生活を管理しよう」
「もしかして、クッキーは禁止?」
「三時のおやつだけとする」
「ビスケットも?」
「それもおやつの時間だけだ」
そしてパンには必ずバター以外のものもつけるとクリードは意気込む。
(深夜にビスケットを食べたくなったらどうしよう)
それは免除だろうかと頭を悩ませているうちに、路面電車が最寄りの駅に到着する。
「イザベラ」
そしてクリードはフライパンをしまい、当たり前のようにイザベラの手を握った。
「足下に気をつけて」
高い段差を降りるためのエスコートだとわかっていたけれど、息を吸うようにそんなことをされるとイザベラの心臓は悲鳴を上げる。
「ねえ、そこまで過保護にしなくても良いよ」
「執事なのだから、当然だろう」
「執事は食事の管理はしても、足下の管理まではしないと思う」
「だが君は、昔からよく転んでいた」
確かに、ぼんやりしていてつんのめることはよくある。
「今日も13回もよろけていただろう」
「か、数えていたの?」
「それに昔、ダンジョンの中で階段から落ちて鼻血を出していたこともあった」
「それは忘れて!」
確かにこけて血まみれになったことがある。
とはいえ鼻血だし、すぐ止まるのに、「ケガをさせてしまった」とクリードが大騒ぎしたことがあった。
「忘れられるわけがない。自分がそばにいるときは君にケガをさせないと、最初に約束したのに違えてしまったんだ」
「転んだのはあなたのせいじゃないし」
「転ばせないようにすべきだった。そしてそのときの後悔を、俺はくり返したくない」
とんでもなく深刻な顔で言われ、むしろイザベラが慌てる。
「クリードって、変なところで責任感が強いよね」
「君をパーティに引きずり込んだのはこちらの我が儘だし、君にはケガをさせないという条件だったのだから責任を感じるのは当たり前だ」
「だとしても、ちょっと過保護な気もする」
「むしろもっと過保護にしたかった」
あの頃はそばにいられなかったしと悩ましい顔をされると、繋いだ手をほどくことはできそうもない。
「だからイザベラの食生活も足下も、俺が護る」
「なんだか、勇者の無駄遣いをしている気がする」
「無駄ではない。むしろ正しい使い方だ」
そう言って、クリードは家に入るときまでイザベラの手を離さなかった。




