第1話
(もうすっかり、この家に慣れたみたいね)
クリードが差し出してきた野菜のスープを受け取りながら、イザベラは大きなあくびをひとつこぼす。
(それに私も、ようやく彼がいることに慣れてきたかも)
クリードが突然現れてから今日で三日目。
彼はもうすっかりこの家のどこに何があるかを把握し、長いこと掃除をさぼっていた部屋と店を二日かけてピカピカに磨き上げてくれた。
むしろイザベラよりもこの家に詳しくなったようにも見える。
越してきたはいいものの、広い家は少々手持ち無沙汰で、イザベラは一日の大半を1階の店で過ごしている。
クリードが掃除に明け暮れていた間も、イザベラは店に持ち込まれた呪いの品と向き合い、作業台から殆ど移動しなかった。
丁度、クリードの服を発注した馴染みの服屋からの大量の依頼があり、それにかかりきりになっていたのもあるけれど、普段からイザベラは必要最低限しか動かない。
家からも出ないし、部屋さえも移動しないのを見かねて、クリードに苦言を呈された位だ。
(動かないのにこんな美味しい料理を出されたらさすがに太っちゃうかしら)
塩加減が絶妙なスープを飲みながら、ふとそんなことを思う。
「味はどうだ?」
「最高よ。料理まで出来るなんて、あなたって本当にすごい」
「孤児院にいた頃は、料理当番があったんだ」
そう言ってクリードが差し出してきたのは、彼が生地から作ったパンである。
「あの頃は少ない材料しか使えなかったから、ここでは色々作れて嬉しい」
「料理、好きなの?」
「ああ。だが旅先では腕を振るう機会があまりなかった」
彼は前線に出て戦うことが多く、食事の準備はイザベラのような戦いに行かない者が担当していた。
イザベラは料理の才能がなさ過ぎて免除されていたが、料理が得意な――特に女性たちが、クリードに手料理を食べさせようと躍起になっていたのが懐かしい。
(本当は作りたかったんだとしたら、あの料理になびかないのも当然かも)
愛情も栄養もたっぷり入っていたはずなのに、「ありがとう」以外の感想を彼が漏らしたことはなかった。
落ち込む女性たちを不憫に思っていたが、これほどの料理が作れるなら感想が出てこないのも仕方ない。
「よければ、調理器具をいくつか新調してもいいだろうか? 君にもっと、色々な料理を食べさせたい」
さりげない一言にときめいてしまい、イザベラは喉に詰まりかけたパンをなんとか飲み込む。
(本当に、勘違いしそうな事ばかり言うんだから……)
女性たちには何一つ思わせぶりな態度をしなかったくせに、ここに来てからの彼は言葉一つ一つがなんだか甘いのだ。
お友達発言からして他意はないのだろうが、彼に好意を寄せるイザベラの心臓は乱れ、確実に寿命が縮まっている気がする。
恋心は封じ込めようと決めたばかりなのに、今からこれではどうなってしまうかと不安も覚える。
だがそれだけは顔に出さないように気を引き締め、イザベラは普段通りの笑顔を貼り付けた。
「ちょうど執事服も仕上がったって言うし、取りに行くついでに買いに行きましょう」
途端にぱっと笑顔を咲かせるクリードにまぶしさを覚えながら、イザベラは「平常心」と心の中でくり返した。




