閑話:勇者の残り時間
「じゃあ、今日からこの部屋を使って。天井が少し低いけど、広さはあるし物も置けるから」
見下ろさなければ視界に入らない、小柄な少女が屋根裏部屋をせわしなく歩き回っている。
「足りないものがあったら言って。また明日、買いに行くから」
「わかった」
「あともし夜にお腹がすいたら、台所のものを好きに食べて」
「いいのか?」
「あなたよく、夜にこっそりものを食べてたでしょ? 食料庫にはお菓子なんかも入ってるから、好きにして良いよ」
「ありがとう」
その姿を思う存分目で追える幸せを噛みしめながら、クリードは投げかけられた言葉一つ一つに返事をする。
「じゃあ、あの、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
少し恥ずかしそうに言って、部屋を出て行くイザベラの姿を最後まで目で追う。
本当はもう少し話していたかったけど、さすがに夜遅くまで彼女を引き留めるのはまずいと言い聞かせた。
(それに、邪魔も入りそうだしな)
無意識に懐に触れれば、タイミングよく隠し持っていた小さな鏡が震える。
指先でつまんで取り出したそれは、遠距離にいる人と会話ができる連絡ツールだ。
『おや、ずいぶん締まりの無い顔をしているな』
鏡をのぞき込めば、老いた顔がにやけ顔でこちらをのぞき込んでいる。
『順調にことが運んだか?』
「ああ、順調だ」
イザベラが調えてくれた寝台に寝転がりながら、鏡の向こうにいるかつての仲間――賢者ミゲルに微笑みかけた。
「イザベラが、ここに置いてくれると言ってくれた」
『彼女に呪いのことは話したのか?』
「軽くな。それよりも見てくれ、俺だけの部屋だ」
そう言って鏡で部屋を見せびらかしていると「クリード」とたしなめる声がする。
『イザベラに呪いを見てもらうように言っただろう』
「見てもらった。とても複雑なようだ」
『解けそうか?』
「難しいだろうな。あんなに困り果てたイザベラの顔は始めて見た」
言葉を切り、クリードは鏡を顔の前に戻す。
「だから、詳しいことを話すのはやめた。下手に解呪すると言い出したら、あの子が危険だ」
『だが、それだとお主が……』
「いいんだ。元々呪いを解くため来たわけじゃない」
クリードの望みはただひとつだけ。
もう一度――そして最期に、イザベラと話したい。
本当にただ、それだけだった。
『クリード、残された時間は短いぞ』
「わかってる。だから、メイド服だって着たんだ』
『メイド……服?』
「ともかく、俺は平気だし上手くやってる。それに約束通り、ひと月後には帰るよ」
『ならいいが、何かあったらすぐに連絡するんだぞ、いいな?」
「わかってる。それじゃあ寝るよ」
イザベラの側で過ごす夜をこれ以上邪魔されたくなくて、クリードは鏡を手で擦る。
するとミゲルの姿が消え、代わりに見慣れた自分の顔が鏡に映った。
今のところ、その顔に変化はない。
だがクリードにかかった呪いは、いずれ彼を“変える”だろう。
(この呪いは解けない。だからせめて、後悔しないようにしよう)
愛おしい少女と過ごす明日を思いながら、クリードはベッドの上でゆっくりと目を閉じた。




