第3話
「兄上、今少しいいだろうか」
検査を終え、あてがわれた自室でぼんやりと過ごしていたクリードの元にやってきたのは、シャルロットだった。
妙に疲れた顔が気になり側に呼べば、彼はクリードの隣に腰を下ろす。
「俺のことで、何かわずらわせているようだな」
シャルロットは、クリードを生かすために尽力してくれている。
秘密を知る者の中には、未だクリードを脅威と見るものも多いからだ。
そうした声を抑え、今まで隠されてきた事実の公表を行うために、シャルロットは毎日忙しくしている。
「ナムザ王の息子として、すべきことをしているだけだ」
「しかし、やはり揉めているのだろう」
「それは否定しない。今後、魔王の事実を話せば、多くの混乱も起きるだろうしな」
「俺も、何か手伝えることはあるか?」
「むしろお前のことは、しばらく隠しておくつもりだ。父上も、まずは自分が矢面に立ち事態を収拾するとおっしゃっている」
だが……と、そこでシャルロットが浮かない顔になる。
「お前に、至急やって欲しいことがある」
「何でも言ってくれ」
「……もう一度ビキニアーマーを着てくれないか」
予想外の言葉に、クリードは思わず席を立ちかけた。
「なんでもすると言っただろう!」
「言ったが、あまりにも予想外すぎて……」
「頼む、兄上が着てくれないと僕の尊厳がなくなる!」
「い、一体何があったんだ」
「……イザベラだ」
不意打ちのように飛び出した名前に、クリードの身体がこわばる。
「兄上が検査の間、様子を見に行っていたんだ。そうしたら、兄上の記憶が欠落したおかげでちょっと混乱が起きていて」
「混乱?」
シャルロットの顔は、蒼白だった。
一体何事かと焦った直後、弟が震える声をこぼす。
「イザベラの中で、ビキニアーマーを着たのが僕だということになっている」
「……あぁ」
それは、顔面蒼白にもなるだろう。
着た当人でさえ、あの日々を思い出しただけで胃が痛くなるのだ。
「否定しても信じてくれず、メイド服まで僕が着たことに」
「なんだかすまん」
「謝るくらいなら、さっさと会いに行って『アレは俺だ』と言ってくれ!」
「それはそれで、彼女を混乱させると思うが」
「事実なんだから、あの子だって受け入れる。それに兄上だって、イザベラには会いたいのだろう?」
問われ、クリードは言葉を詰まらせる。
「なあ兄上。変化の呪いが現れた時、自分がなんと言ったか忘れたのか?」
「……」
「これからは素直に生きると、イザベラの側で暮らすと兄上は言った。その時の笑顔を、僕は忘れられない」
そして彼は、どこかすねたような顔をする。
「正直、少し嫉妬した。最後に過ごすのなら、僕だっていいじゃないかと思った」
「お前、そんなことを思っていたのか」
「でもロットとして共に過ごして、わかったんだ。兄上の特別はイザベラで、イザベラの特別もまた兄上だと」
「でもその特別も……」
もうなくなってしまったと言いかけた瞬間、シャルロットがクリードの腕を掴む。
「ならば、もう一度特別になればいい」
「だが、俺は……」
「イザベラは、メイド服とビキニアーマーを着た兄上を笑って受け入れた女だぞ。たとえこの先何があっても、もし兄上が魔王になったとしても、拒絶などしない」
弟は迷いない言葉で断言する。
そしてその言葉には、これ以上無い説得力があった。
「だからもう一度、会いに行け。そして今度こそ、両思いになれ」
そう言って背中を叩かれ、クリードはようやく覚悟が決まる。
「あと、メイド服とビキニアーマーを着たのも自分だと絶対に言え」
「そうだな、俺との思い出を、別の思い出にされているのはなんだか嫌だ」
たとえそれがビキニアーマーに関する思い出でも、あれはクリードとイザベラのものだ。
クリードを見た時のイザベラの笑顔を思い出していると、そこでクリードの足下が光る。
それが転移の魔法だと気づき、クリードは慌てた。
「待ってくれ、俺はまだここから出る許可を取っていない」
「それは僕がなんとかする」
「だとしても、カイリナは遠いしお前に負担が」
「イザベラにビキニアーマー好きだと思われている方が負担だ。だから一秒でも早く誤解を解いてこい」
そして次の瞬間、クリードの身体は遙か彼方のカイリナに飛んでいた。
「……待て、これは着ろということか?」
そして腕の中には、なぜかかつて着たメイド服とビキニアーマーがあった。
そんな物を持たされ、イザベラの店の前に飛ばされれば、さすがのクリードも焦る。
(いやでも、この服を着たらイザベラが俺を思い出してくれたりしないだろうか)
人は失った記憶を衝撃で思い出すことがあるという。
ならばメイド服とビキニアーマーの衝撃でどうにかできないだろうかと思っている時、ふとあるものが目に入る。
「これは……」
それは、店の入り口に貼られた求人募集だった。
でもその文章は、約ひと月前に見たものと変わっていた。
『求人:ハウスバトラー。お料理が得意で護衛も任せられる、執事服が似合う方を募集しています』
募集を見た途端、クリードは勢いよく扉を開ける。
「いらっしゃ――」
「求人を見てきた」
イザベラはクリードの顔を見て固まっていた。
そこにはかつてあった親しみはなく、記憶が戻っていないことが嫌でもわかってしまう。
(だが、すべてではない……)
だってあの求人は、他でもない自分に向けたものだった。
忘れてしまっても、それでもイザベラは自分を求めてくれている。
ならばいつまでも、うじうじしてはいられない。
「家事は得意だ、あと剣も! 今はメイド服しか持っていないが、執事服も着られる!」
そう言ってイザベラの前に立てば、彼女は戸惑う顔でクリードの全身を見る。
そしてその目が、クリードの腕にとまった。
「い、色々あって、腕は魔物だが、君を傷つけたりはしない」
「いや、腕じゃなくて……」
「ん?」
「そのビキニアーマーは、あなたの装備ですか?」
どうやら見ていたのは、腕に引っかかっていたビキニアーマーだったらしい。
「これは私の物ではない。でも君が望むなら着てもいい」
「え、ええっと、あなたって確か魔王を倒した勇者様……ですよね?」
「勇者だが、何か変か?」
「はい、ちょっと変わった方だな……と」
「でもそこを、もう一度好きになってほしい」
『変わってるところ、好きだな』
いつかもう一度、あの言葉を言って貰うために。
クリードは右手にメイド服を、左手にビキニアーマーを握りしめた。
「君は忘れてしまったかもしれないが、俺は君が忘れられない」
そしてクリードは、ずっと言えなかった言葉を口にした。
「イザベラ、ずっと君が好きだった。だからどうか、側にいさせてほしい」




