第2話
「クリード、もう出ていいぞ」
検査のため、光の魔力が満ちる聖水の中で横になっていたクリードは、ミゲルの声で目を開ける。
このところ毎日、クリードはこうした検査を受け続けている。
魔王の意志は消え、脅威は去った。
だがそれを誰もが信じたわけではない。
本当に魔王はもういないのか、呪いは消えたのかという不安も大きく、未だクリードは城に拘束され、あれこれ実験や検査をされている。
「うむ、魔王の力は完全に抑え込めているな」
「この腕でもか?」
聖水の中から持ち上げた左腕は、肘から下が黒く硬化したままだ。
その先に伸びる鋭い爪は禍々しく、ひと目見れば人のものでないとわかる。
「むしろその腕が、魔王を封じているともいえる」
「ここに、奴が……」
「しかし魔王の意志は、もはやないに等しい。腕はそのままだが、お主が魔王になることはないだろう」
ミゲルの説明を聞きながら、クリードはゆっくりと身体を起こす。
「聖水との拒絶反応もないし、お前は正真正銘人間だ」
「……そうか」
「鈍い反応だな。せっかく生きながらえたのだ、もっと嬉しそうにしろ」
「別に生きたいとは、思ってなかった」
思わず本音がこぼれると、そこで老師にバシッと頭をはたかれる。
「そんなことを言ったら、イザベラが泣くぞ」
「……泣かないさ、彼女はもう俺を覚えていない」
魔王を封じたあの日、遺物の効果はイザベラにも及んでしまった。
その結果、彼女が失ったのはクリードとの記憶だ。
すぐに事情を説明したが、かつての仲間だと言っても彼女は混乱するばかりだった。
それどころかクリードを見て怯えた顔をし、初めて会った時のようにフードで顔を隠す始末だ。
それでも諦めきれなかったが、クリードは身体を調べるためにイザベラと引き離され、十日以上もたってしまった。
「今、イザベラはどうしてるんだ?」
「家に帰りたいと言うから、カイリナに送り届けたよ」
「そう、か……」
「今日の検査が終われば、お前は魔王でないと証明できる。そうすればあの子の元にだって行けるぞ」
ミゲルはそう言ったが、クリードは正直迷っていた。
(俺に、行く資格があるのだろうか)
クリードが見つめたのは、魔物と化した左腕だ。
(多分俺は、もう人ではない)
魔王の意志を抑え込み、姿は人へと戻った。
でも、わかるのだ。
自分はもう前とは違う。人でも魔物でもない、曖昧な化け物だと。
それを知られたくなくて検査では人の振りをしているが、側にいるミゲルはなんとなく、それに気づいていると思う。
「陛下も、お前を自由にするとおっしゃっている。だから、これからは好きに生きていいのだぞ」
「……自由か」
ならばイザベラの元に戻りたい。
でも今の自分が側にいることで、また彼女を危険な目に遭わせるのではと思わずにいられなかった。
(一度は、俺が殺しかけたのに……)
この手でイザベラの首を絞めた時の感覚は、未だ消えない。
そして同じことが二度と起こらないという確信が、クリードは持てなかった。
「とにかく少し考えてみろ」
そういうミゲルに、クリードは曖昧に頷くことしかできなかった。




