エピローグ:953日目のタキシード
「ふっふっふ! 私ってば、やっぱり天才!」
チコルの興奮した声を聞きながら、イザベラは苦笑を浮かべる鏡の中の自分と向き合っていた。
「こらっ、そんな顔したら私の最高傑作が台無しでしょう」
「だって、チコルが面白いんだもの」
「だったらもっと明るく笑って、そうしたらこのドレスがもっと輝くから」
そう言ってチコルが指さしたのは、イザベラが纏うウェディングドレスだ。
本日、イザベラはついに結婚式を挙げる。
その控え室で準備を手伝ってくれていたのが、ドレスをデザインしたチコルである。
「私がどれっほど今日を待ってたかわかる? あなたがリードさん……じゃなかったクリードさんを連れてきてすぐデザインを始めたのに、あなたたちったらなかなか結婚しないんだもの」
「それはほら、色々あったし……」
本当に、色々あったのだ。
何せイザベラは一度、クリードのことを忘れてしまった。
それを思い出すまでに時間がかかったし、さらにクリードの魔物化が進行して大騒ぎになったりと、二人の日々はずっと慌ただしかった。
時には別離の危機もあったけれど、それでも三年以上の時をかけて、ようやく二人は夫婦になる。
「服と言えば、クリードさんのも楽しみにしてて」
「変な服じゃないわよね?」
この三年のあいだ、服運がないクリードは妙な衣装や装備をつけられることが多々あった。
それが結婚式にまで影響しないかと、当人は戦々恐々としている。
「大丈夫よ、って言ってたらホラ! 来たみたい!」
ほんの少し緊張しながら後ろを振り返ると、開いたドアの向こうから現れたのはタキシード姿のクリードだった。
(た、確かにこれは……格好いい……!)
純白のタキシードはあまりに神々しくて、イザベラはうっと胸を押さえる。
するとまったく同じタイミングで、クリードも胸を押さえた。
「イザベラが綺麗すぎて、苦しい」
ふらつきながらも、クリードはなんとかイザベラの元へとやってくる。
「本当に、本当の本当に綺麗だ」
「あなたは、とっても格好いいわ」
「チコルが、素敵に仕立ててくれたんだ」
「私たち、チコルには頭が上がらないわね」
改めて親友にお礼を言うと、チコルは得意げに胸を張った。
「いいのよ! 伝説の勇者様のタキシードを作ったって言えば仕事にも箔がつくし、イザベラにはこれからもたっくさん解呪の依頼を投げる予定だから」
「私でよければいつでも言って」
「そんなこと言われたら、早速……」
「待ってくれ、結婚式の日くらい呪いはなしだ」
そう言って、クリードがイザベラをギュッと抱き寄せる。
「そんなに慌てなくても、さすがに今日はお仕事しないわ」
「本当に?」
「ええ、明日からにする」
「明日もだめだ。イザベラはこれから一週間、俺だけのものだから」
それがどういう意味か、わからないイザベラではない。
「そ、そういうこと言わないで!」
「言わなければ、仕事が持ち込まれてしまうだろう。そうなったら君との時間が……」
「し、仕事は断るから!」
慌てて叫べば、クリードはひとまず納得したらしい。
「本当に、三年たってもラブラブねぇ」
「百年たってもラブラブだ」
「本当にラブラブでいそうなのがすごいわ」
チコルに感心されると、なんだか恥ずかしい。
「ともかく、今日のイザベラは誰にも譲らない」
「そうね、私もクリードのこと独占したい」
「永遠に独占してくれていい」
出会った頃からは想像のつかない甘い笑顔を向けられ、イザベラは思わず頬を染める。
「じゃあ、ずっと独占する」
「ああ、俺は永遠に君だけのものだ」
そして彼がそっと、イザベラに唇を寄せる。
「おいっ、大変だ!!!!」
しかし唇が重なる寸前、慌てた声に邪魔をされた。
「この声って……」
「シャルロットだな」
クリードのため息と共に、部屋に飛び込んできたのはシャルロットだった。
焦りを帯びたその顔で、彼が見たのはイザベラである。
「すまない、至急解呪を頼みたい」
「今日は、イザベラに仕事はさせない」
クリードが間に入るも、シャルロットはそれを押しのける。
「僕だってさせたくないが、そうしないと結婚式が台無しになる」
「えっ、どういうことですか!?」
「来客の中にいる男が、突然暴れ出したんだ」
「その原因が、呪い……?」
「どうやら、呪い付きの装備を身につけていたようでな。突然その、服を脱ぎだして……」
「その愚か者は、一体誰なんだ?」
クリードが尋ねると、シャルロットがしばし考え込む。
「確かロンザとかいう勇者だ」
途端に、クリードがそっとその場から逃げ出そうとする。
もちろん、イザベラがその腕を掴んで止めたが。
「あのひと、まだビキニアーマー信仰者だったわよね」
「俺は着ないぞ!」
「大丈夫よ、前と違ってすぐ脱がせられるかもしれないし」
「経験上、それは絶対にない」
この三年で、ありとあらゆる恥ずかしい服を着てきたクリードは断言した。
イザベラもそう思う。そう思うけれど、さすがに結婚式に全裸はまずいと思うのだ。
「まあ、着ることになってもそのタキシードが上手く隠してくれるわ」
「夜はどうするんだ」
「……ふふっ」
「想像して笑うんじゃない」
「ごめんなさい、だめだ……ふはっ……」
「まだ、着ると決まったわけではない! 君が呪いを解いてくれるなら、清いままでいられるはずだ!!」
多分無理だろうと、イザベラは思っていた。
だからクリードの頬に触れ、その顔をそっとうつむかせる。
「多分無理だから、格好いいうちにキスするね」
そして唇を近づければ、クリードの方から荒々しいキスを見舞われる。
「……ん、化粧とれちゃう……」
「俺は尊厳を失うんだ、これくらい許してほしい」
それもそうかとキスを受け入れ、そしてイザベラはクリードの首に腕を回す。
「……ふはっ」
「キスをしながら笑わないでくれ」
「ごめん。でもこれは、幸せの笑いでもあるから」
「なら、そういうことにしておこう」
そこでもう一度キスをしてから、イザベラとクリードは「よし」とうなずき合う。
「覚悟は決まった」
「それじゃあ、呪いを解きに行きましょうか」
そして二人は手を繋ぎ、歩き出す。
その先にあるのは幸せと、呪いと、ビキニアーマーに違いない。
なんとも珍妙な結婚式になりそうだけど、それも笑い話にできる日がきっと来る。
だって二人の未来は、まだまだ続くのだから。
【END】




