幕間:勇者の涙
ぐったりと力を失っていくイザベラを見て、クリードは彼女の首から腕を引き剥がす。
そして小さな体をベッドに横たえ、その体を優しく揺すった。
「ああくそっ、イザベラ!」
彼女の首には、クリードの手の痣がくっきりと残っている。
そして手には、彼女を苦しめた感触も生々しく残っていた。
【絶…望……が……】
頭の中で、魔王の嘆きが響く。
だがそれを、クリードは強い意志ではね除けた。
恨みを封じられた魔王は、もはや貧弱な意志しか持たない。それを抑え込むことなど、クリードには造作がなかった。
【ああ……、僕は……ただ……】
そしてついに声は消え去り、イザベラを抱き寄せる腕も人のものへと戻る。
だがイザベラだけが、目を閉じたまま動かない。
呼吸はあるのに、何かが抜け落ちてしまったかのように目を覚ましてくれないのだ。
「イザベラ!」
強く名を呼ぶと、そこで慌ただしい足音が近づいてくる。
「……ッ、兄上!」
現れたのはシャルロットとミゲル、そしてレジャールだった。
父の姿を見て、クリードは今さらのように王城にいることに気づく。
ならば医者がいるはずだと察し、クリードは父たちに目を向ける。
「イザベラが目を覚まさないんだ」
「……シャルロット、医者を! それまでは、わしが見よう」
医術の心得のあるミゲルが近づき、イザベラの脈を測る。
「脈も呼吸も、正常だ」
「なら、なぜ起きない」
「彼女は呪いに触ったか?」
「ああ、でも失敗はしていない」
少なくともクリードの意識がある間、彼女は呪いをすべて解ききっていた。
「ならば、あるいは……」
「――――ん……」
ミゲルが何か言いかけたとき、腕の中でイザベラがわずかに動いた。
「イザベラ!?」
慌てて顔をのぞき込めば、彼女がゆっくりと瞼を押し開ける。
気絶していただけらしいとわかり、ほっとするも、目が合った瞬間、彼女がビクッと怯えた顔になる。
「イザベラ?」
そして顔を真っ赤にする彼女は愛らしい。
でも何かが、いつもと違った。
「イザベラ、どうした? どこか痛むのか?」
物言わぬ彼女に戸惑い尋ねると、怯えた顔のまま彼女がぎゅっと胸の前で手を組んだ。
「……あ、あなたは……誰……ですか?」
その目には、クリードが映っていた。
でも彼女は、クリード自身を見てはくれなかった。
「あの、私はどうして……それにここは……」
怯えた視線の先で、イザベラが捉えたのはミゲルだった。
「ミゲル老師、一体何があったんですか!?」
クリードの腕を払い、イザベラがミゲルに縋り付く。
去ってしまったぬくもりに愕然としながら、クリードは足下に落ちていた小箱を見た。
――その呪いは、一番大事な記憶を奪う。
自分を救った呪いがイザベラにもかかっていると、クリードは気がついた。
そして救いを求めるようにミゲルを見れば、彼は静かに首を横に振った。
「この呪いは、一度かかれば二度と解けぬ。だからこそお主を救うため、イザベラは呪いを放ったのだ」
「こうなることを、予見していたのですか?」
「可能性はあった。何を失うかはわからなかったが、それでもやると決めたのは彼女だ」
そうして失ったのが自分の記憶だと気づいたとき、クリードの目から涙がこぼれる。
(愛していると、そう言ってくれたのは本当だった……)
だからこそ、その愛は欠片も残らず消えてしまったのだ。




