第3話
「この人、普通の服着るとすっごく格好いいね」
ロットのそんな感想を聞きながら、まともになったクリードと共にイザベラはジェンクスの店にやってきた。
「俺は悪くねぇよ! あの爺さんが装備を買い取らねぇっていうから、ちょっと揉めただけだ」
店の中には事情を聞きに来た騎士と、若い男がいた。
男の方は多分、ダンジョン帰りの冒険者だろう。
ふてぶてしい態度を見るに、彼が元凶のようだ。
「すみません、解呪にきた魔法使いです」
騎士に声をかけると、ほっとした顔を向けられる。
「ああ、よかった! イザベラさんなら安心だ!」
微笑み、店の奥を指さす騎士は顔なじみだった。
礼をいって中に進もうとすると、そこでクリードにこっそり袖を引かれた。
「君が世界を救った英雄だと、みな知っているのか?」
「いいえ、言っていないわ。ただせまい街だから、名前は覚えられてるみたい」
クリードのパーティにいたことは隠しているが、こうした問題を解決しているうちに、解呪と言えばイザベラさんと言われるくらいにはなったのだ。
愉快魔王のものとはいえダンジョンは側にあるため、街には多くの呪いの品が持ち込まれる。
それらの対処を任されるおかげで、イザベラの店はそれなりに順調なのだ。
「君の腕なら、評判になるのは当たり前だな」
さらりと口にされた賛辞に、顔が熱くなる。
だが本気にしてはいけないと、イザベラは知っている。
彼はいつでも誰にでも、賛辞を欠かさない。
些細なことでも大げさなほど褒めてくれるけれど、イザベラだけに特別というわけではないのだ。
「大したことはしてないわ」
だから軽く受け流して、イザベラは店の奥に続く扉を押し開け中に入る。
倉庫らしい部屋を見回せば、隅のところに小さな兜が一つ転がっていた。
「ねぇねぇ、あれが呪いの装備!?」
当たり前のようについてきたロットが、興奮した様子で兜を見ている。
「全裸で走りたくなければ、触っちゃ駄目よ」
「触っただけで発動する呪いなの?」
「そう見える」
イザベラの目は、呪いの種類と発動条件を見分けることができる。
そうした目を持つものは魔法使いに多いが、中でもイザベラは呪いに関する観察眼が鋭いのだ。
難解な呪いならともかく、人を裸にするくらいの呪いなら、軽く見ただけでその性質がわかる。
「でもまずい……。これ、触らないと解除できなさそう」
「待て、触ったら裸になるのでは?」
「確実に全裸ね」
「それはマズいだろう」
「でもあれは結構ややこしいから、触らないと無理だと思う」
言いながら伸ばした手を、そこできつく掴まれる。
「こんな鍵もない場所で裸になるつもりか!?」
「扉は椅子で塞げば良いし、裸になるだけだから問題無い」
そう言った途端、クリードが前に出る。
「指示してくれ、俺が触る」
「だ、だめよそんなの」
だってそれでは、確実にクリードの裸を見ることになってしまう。
「二人が出て行ってくれればすむ話だから」
「だめだ、女性を裸には出来ない」
「あなただって裸に出来ないわ」
「……別に、今更じゃない?」
ぽつりと、冷静に言ったのはロットだった。
「メイド服よりはマシだと思う」
「だそうだ」
「ロット、あなたどっちの味方なの」
「この場合はリードさん。だってやっぱり、イザベラが裸になるのは問題だと思う」
イザベラとしては、好きな男の裸を見る方が問題なのだが、それは口に出来ない。
「それで、どうすればいい」
「兜を頭にかぶるの。そうしたら猛烈に服を脱ぎたくなると思うから……」
「脱ぐのだな」
「下手に意志に反すると呪いが暴走して、ジェンクス爺さんみたいに全裸でダッシュとかしちゃうから気をつけて」
「承知した」
言うなり、着替えたばかりのシャツをリードは脱ぎ捨てる。
「待って、脱ぐの早くない!?」
「どうせ脱ぐなら、理性のあるうちに脱ぐの方がいいだろう。君に粗末なものを見せつけたくはないし」
「まあ、それはそうかも……」
クリードはイザベラに背を向け、手際よく全裸になる。
別に彼のものは粗末ではないだろうな、などと下品なことを考えてしまった自分を叱咤しつつ、イザベラは彼が兜を拾うのを待つ。
「かぶったぞ」
「メイド服も凄かったけど、今のも変態感すげぇ」
同性のロットは全裸兜姿のクリードを観察しているのか、そんなことを言う。
(ちょっと見たい)
などと思ってしまってから、慌てて頭を振る。
「イザベラ」
「は、はいっ!」
「このあとは、どうすればいい」
声をかけられ、イザベラは視線をつま先に縫い付けながら、言葉を探す。
「たぶん、目の前にごちゃごちゃになった糸みたいのが見えない?」
「みえる」
「それを一つ一つほどいて、まっすぐに直すの」
「把握した」
「あ、俺も手伝いたい!」
魔法学生であるロットも解呪に興味があるのか、二人がワチャワチャと呪いと向き合う気配を感じる。
「これを、右か?」
「いや、そこ引っ張ったら逆にからまるよ」
「では左か」
「ん? それ、だめじゃない?」
しかし、なんとも不安な会話が続いている。
「なるべく早くね。解呪を始めると呪いは加速するから、最低でも五分で……」
「イザベラ、余計にこんがらがった」
「はい!?」
思わず顔を上げると、ごちゃごちゃになった呪いの糸を抱えたクリードと眼があう。
「そんな難しい魔法じゃないけど!?」
「君には容易いのかもしれないが、とんでもなくややこしいぞ」
「いや、あなたたちが不器用なだけでしょ」
仕方なく、クリードの大事なところを見ないようにして彼に近づく。
その目の前に浮いている呪いの証に目をやると、確かに予想していた物より複雑に糸が絡み合っている。
というか、たぶんこれは複雑にしてしまったのだろう。
「急いだ方が良さそうだ。なぜか今猛烈に、外に飛び出し色々な物を見せつけたい気持ちになっている」
「それは駄目!」
絶対に駄目だとくり返しながら、イザベラは糸の塊を掴んだ。
(……全部で23本。すべてほどけば、多分呪いはとける)
糸の塊をぐるりと回転させ、その絡まり方をざっと見てから、イザベラは急いで手を動かす。
固い結び目をほどき、緩まった糸を継ぐ次とほどいて引き抜く。
取り出した糸をまっすぐに伸ばすと、パチンと弾けて呪いの欠片が一つ消える。
更に一つ、もう一つと糸を消していけば、三分とかからず最後の一本になる。
「よし、これを兜に戻せば……」
最後の一本を兜のてっぺんに着いている飾りに巻き付ければ、クリードの頭からぽんっと兜が飛び上がった。
「さすが、イザベラだ」
飛び上がった兜をキャッチし、それでさりげなく股間を隠したクリードが笑った。
全裸でなければ、きっとその笑顔にイザベラは見惚れてしまっていたことだろう。
(裸で、よかった)
よくないけど、よかった。
謎の安堵を覚えながら、クリードの脱ぎ捨てた服を取り上げる。
「とりあえず、着て」
そう言って取り上げた服を受け取ったクリードの顔を、イザベラは見られなかった。




