第2話
(やっぱり、異様よね)
どんなにスタイルが良い色男でも、さすがにメイド服とを着こなすのが大変なようだ。
――などと思うイザベラが見つめる先には、我が物顔でキッチンに立つクリードの姿がある。
とりあえずお茶でもとうっかり口にしたとたん、彼は「俺の仕事だ」と意気揚々とキッチンを漁りだしたのだ。
そして必要な物を見つけ出し、慣れた手つきでティーカップに湯を注いでいる。
(本当に、どうしたものかしら……)
家に入るなりクリードはすっかりメイドの気分になっていて、服を脱ぐ前に給仕を始めてしまった。
と言うかそもそもこの家には男性用の服がなく、着替えたくても出来ないと今更気がついた。
(とりあえず服を買いに行く? それともまずは呪いを解くべき?)
「どうぞ」
頭を悩ませていると、クリードが紅茶を差し出してくる。
手慣れているのは、旅先でもよくこうして仲間にお茶を振る舞っていたからだろう。
クリードは誰よりも早起きで、朝食と朝の紅茶を用意するのはいつも彼だった。
逆にイザベラは朝が弱く、最後まで毛布にくるまり蓑虫になっていた。そんなイザベラの元に甲斐甲斐しく脚を運び、クリードはいつも優しく紅茶を差し出してくれた。
別に自分だけに入れてくれた物ではないけれど、渡された紅茶はイザベラにとっては特別で、彼に親しみと好意を覚えるきっかけだった。
「ありがとう」
「また君に、紅茶を淹れられて嬉しい」
付け加えられた一言に、危うくカップを取り落としそうになる。
これまでは、「ありがとう」と言えばそこで会話は終わっていた。
なのに今は、クリードがニコニコとこちらを見ている。
「あなた、一体どんな呪いにかかったの?」
あり得ない状況に、喜びよりも心配が勝る。彼の言葉に胸が高鳴ったのは否定出来ないが、それを素直に受け取るほどイザベラはバカではない。
「些細な呪いだ」
「些細な呪いで、勇者がメイド服着て紅茶を淹れたりしないと思う」
調べていいかと一声かければ、クリードは頷く。
そしてそっと彼の身体に触れ、イザベラは絶句した。
(なに……これ……)
呪いを見通すイザベラの目に映ったのは、余りにも深い闇だった。
呪いというのは、物体を構成する『魔法式』がくずれた状態になることだ。
そしてそれを正しい形に戻すことを「解呪」と言う。
解呪はパズルのような物で、見た目や種類は呪いの種類によって違うが、その多くは魔法式を構築する『線』に関するものだ。
本来ならばまっすぐな線がほつれたり、欠けてしまっているのを戻せば呪いは解けるのだが、クリードの呪いはその線さえ見えない。
「これ、ものすごく難解で凶悪よ。あなた本当に大丈夫なの?」
「問題ない。ややこしいだけで呪いの効果も些細なものだと、ミゲル老師もおっしゃっていた」
老師の名を聞いて、イザベラはひとまずほっとする。
ミゲルは旅の仲間の一人で、大賢者とも呼ばれる老いた魔法使いだ。
知の賢人とも呼ばれ、その頭には数千の魔法式が記憶されている。そんな彼が大丈夫だというのなら問題はないのだろう。
「ちなみに、呪いの効果は?」
「『素直になる』だそうだ」
「こんなに凶悪そうな呪いなのにそれだけ?」
「凶悪ではあるぞ。今の俺は自分の欲望を抑え込めない」
「そう聞くとやっかいそうだけど……」
結果やっていることがメイド服で紅茶を淹れていることなので、今いち緊張感がない。
「やりたいことを優先した結果、俺はすべてを捨てたし、ここに来た」
「捨てたって、本当に? パーティはどうしたの?」
「リーダーを別の者に譲渡して抜けた。魔王なき今、勇者が必要なことはないだろうしな」
「確かにそうだけど、なんで……」
「別れ際、君は『静かに暮らしたい』と言っていただろう。あれを聞いて、是非自分も同じように暮らしたいと思ったらここに来てしまっていた」
「あなたも、静かな生活を送りたかったってこと?」
「ああ、君が去ってからずっと、どうして一緒に行きたいと言えなかったのかとそればかり悔やんでいた。そんな矢先に呪いを食らい、次の瞬間には勇者と冒険から足を洗うと決めていた」
そして急いでこの街に向かい、そこで貼り紙を見たのだと彼は言う。
「これまでとは違う仕事をしたいとも思っていたから、急いでメイド服を買いに走ってしまった」
「それを聞くと、確かにやっかいな呪いみたい」
「だから、君が受け入れてくれてよかった。もし不採用だと言われていたら、君を脅して強引に職を得ていたかもしれない」
「えっ、物騒……」
「今の俺は物騒なことだって平気でする。自分の望みを叶えるためならな」
そういうクリードの瞳には、確かにちょっと危ない輝きがある。
(望みがしょぼいからなんとかなってるけど、確かにこの人が欲望に忠実になったら色々大変なことになるかも)
なにせクリードは魔王を倒せるほどの身体能力と魔力を持ち、さらに魔剣まで振り回している。本気になれば国ひとつくらい滅ぼせるだろう。
「でも君は俺を受け入れてくれた。だから問題無い」
「ちなみに、そのメイド服は脱いでくれる?」
「メイド服が雇用条件では?」
「あれは冗談半分で書いた言葉なの」
「なら、何を着ればいい?」
「私服で良いと思うけど」
「それでは、使用人らしさが出ないと思う」
「っていうかそもそも、使用人じゃなくても……」
「いや、君に仕えたい」
どうやら彼の中で、そこは絶対らしい。
「勇者を使用人にするなんて、また胃が痛い日々が戻りそう……」
「君の負担にはなりたくないから、素性は隠す。だからどうか、俺をこき使ってほしい」
身を乗り出しながら懇願する内容ではないが、かといって断れる空気ではない。
基本イザベラは押しに弱いのだ。その上相手は想いを寄せていた相手であり、いつも以上に断りづらい。
「まあ、素性を隠すなら」
「わかった」
そういうと、彼は突然懐からナイフをとりだした。
「へ?」
イザベラの間抜けな声と共に、バサリとクリードの長髪が切り落とされる。
「ちょっ、髪!?」
「切った」
「そんなの見ればわかるわよ!」
「あと、色も変えておこうか」
そう言ってクリードが髪を掻き上げると、白銀の髪が漆黒へと変わる。
クリードは、魔力の根源を操作し、物質を組み替えるというすさまじい魔法を使える。それを用い、髪の色素を変化させたのだろう。
(ま、魔法の無駄遣いすぎる)
呆れる一方で、黒く短い髪も彼に似合っていて、つい見入ってしまう。
これでメイド服でなかったら、あまりのかっこよさにイザベラの心臓は止まっていたかもしれない。
「ついでにだて眼鏡も用意しよう」
「いまのままでも、十分バレなさそうだけど」
「ふむ、では試してみるか」
「試す?」
首をかしげた直後、突然入り口の扉が勢いよく開く。
鍵をかけ忘れていたことに気づいて慌てるイザベラの前に現れたのは、この街で出来た友人だ。
「イザベラ、大変だよ!」
慌てふためいた顔で部屋に入ってきたのは、お向かいに住む少年――ロットだ。
ロットは十五才で、近所の魔法学校に通う学生である。
週に数回、店の手伝いにも来てくれる気のいい少年なのだが、ちょっと距離感が近い。
田舎気質な街だからかもしれないが、家に勝手に入ってくるし、気がつけば勝手にこの部屋で宿題をしていることがある。
「えっ、誰?」
そしてロットは、クリードを見て驚いていた。
それはそうだ。何せ長身で筋肉質な男が、メイド服姿で立っているのである。
「イザベラに雇われた、メイドのリードだ」
「め、メイド?」
「メイドだ」
ロットが、ものすごく戸惑った顔でイザベラを見た。まあ、そうだろう。
「この人のことは気にしないで」
「無理だよ」
「とにかく使用人よ、うちの」
「大丈夫なの?」
「こう見えて親戚なの。ちょっとずれてる人なんだけど、まあ害はないから」
「ああ、害はないぞ」
メイド服でいっても説得力はないが、ひとまずロットはクリードを受け入れることにしたらしい。
そしてクリードの方は、何やら満足げだ。
多分正体を見抜かれなかったことで、得意になっているのだろう。
「ま、まあいいや。それより、イザベラの魔法が必要なんだ!」
「もしかして、誰かが呪いにかかったの?」
「うん、ジェンクスの爺さんがすっごくマズい状態なんだ」
ロットが口にしたのは、この街で武器屋を営む老人の名だ。
この街の東には古いダンジョンがあり、ジェンクスはそこから出土する武器装備の売買を一手に担っている。
「面倒なお客と揉めてうっかり呪いの装備に触っちゃったんだって……」
「もしかして、命が危ないの!?」
「いや、街の中を全裸で走り回ってる」
命に別状はなさそうだとほっとすべきか、焦るべきかイザベラは悩む。
「ずいぶん愉快な呪いだな」
ぽつりとこぼしたのは、自身も愉快なことになっているクリードである。
「この街のダンジョンは、魔王ジェニキスの遺産なの」
「あの、愉快魔王?」
「そう、愉快魔王よ」
魔王――それは人の悪意から生まれた存在で、人類の敵と言われている。
だが、その性格も性質も様々だ。
総じて人に仇なすことは変わらないが、ジェニキスは他の魔王たちより能力が極端に低く、戦争を仕掛けることができなかった。
そのため細々とした嫌がらせを仕掛けることに傾倒したのだが、その内容は脅威どころか愉快なものが多かった。
そのせいで愉快魔王などと言われ、彼の残したダンジョンなどの遺産は珍妙なものが多い。
「だからまあ命に別状はないと思うけど、爺さんの尊厳のためにも一刻も早く解呪しないとね」
「ではいこうか」
当たり前のように玄関に向かうクリードに、イザベラは慌てる。
「待って、ついてくる気?!」
「愉快とはいえ魔王の遺産が出土したのなら、調査と対策が必要だろう」
「でもあなた、メイドよ」
「メイドは駄目か?」
「あなたの尊厳がなくなるわ」
「別にそんな物いらないが」
「いや、いるから! 主人の私が、変な目で見られるから!」
それにもしクリードの素性がバレたとき、メイド服でうろうろしていたことが周知されるのは絶対に避けた方がいいだろう。
「ロット、あなたのおじいさんって軍人さんだったわよね?」
「えっ、うん、そうだけど」
「体格もク……じゃなくてリードと同じくらい? だったら服を貸してほしいんだけど」
「この人、メイド服しか持ってないの?」
「そうみたいなの」
ロットが信じられないという顔をする。イザベラだって信じられないが、この男は荷物を持たずに来たのだ。
「大至急おねがいするわ」
「……うん、そのほうが、いいね」
そうしてロットは再び家を駆け出していき、イザベラはクリードと向き合う。
「っていうか、リードって名前安直すぎない?」
「よくある名前だし、大丈夫だろう。それより、俺のメイド服はそんなに似合わないか?」
しょげた顔で言われ、イザベラは大変言葉に困った。




