第1話
イザベラ=カイルナージの一生は、平凡の一言だった。
多くの勇者を排出する大国ナムザ、その中流家庭にイザベラは生まれた。
実家があるのは、王都の西にある中規模の交易都市。裕福ではないが貧乏でもなく、家族仲も普通。7人兄妹の丁度真ん中に生まれ、勉強も魔法もそこそこ出来ため、王都の魔法学校に入学して平均の成績で卒業した。
得意魔法は、解呪。
いわゆる呪いや幻影魔法のような、人にかかる負の魔法を解くのが得意だった。
呪いを解く魔法は、パズルを解くのによく似ている。
迷路のようだったり、古代文字を駆使したワードパズルのようだったり、切れた魔法の線を正しく繋ぐ必要があったりと、形状は様々だがイザベラは幼い頃からそうしたパズルを解くのが好きだったため、解呪の魔法も得意だったのだ。
とはいえ攻撃魔法を操って敵を倒したり、精霊を使って病気やケガを治す魔法と違って、解呪はとても地味な魔法だ。
決して花形とは言えず、解呪の魔法使いを名乗る者は少ない。
ただ需用はそれなりにある。
その理由は、人に仇なす存在――魔王とその前線基地だ。
王国が定めた特別な『勇者』と呼ばれる戦士や、それに類する力を持つ冒険者たちが魔王討伐を掲げて世界中を駆け巡る昨今、彼らはダンジョンを攻略し、多くの品物をかっぱらってくる。
だがその多くは呪いがかけられている。
呪いが解けなければ持ち主に災いが起こってしまい、物によっては命さえ奪われてしまうこともあるのだ。
そのため呪いを解き、正しい効果を引き出す解呪の魔法使いは大変重宝されていた。
イザベラのような、冒険に同行するタイプの魔法使いはとくにだ。
品物をわざわざ持ち帰っても、呪いを解いてみれば二束三文の値打ちしかない剣だった……なんてことが割とあり得るため、冒険者たちはダンジョンで奪ってきた品物をその場で鑑定して選別したがる。
けれど解呪の魔法を使える魔法使いの多くは、基本街からでないのだ。
実際イザベラも、お金さえあれば街に拠点を構え解呪の仕事を得ようと思っていた。解呪は得意だが攻撃や回復は出来ない身では、冒険なんてもってのほかだと思っていたのである。
だが三年前、偶然出会った旅の冒険者に、安全は保証するから一度だけ同行してほしいとイザベラは持ちかけられた。
なんでも、パーティのリーダーがとんでもない強運の持ち主で、すさまじい勢いで呪いの品を見つけ出してくるらしい。
わざわざ街に運ぶのも大変な量で困っているのだと言い、冒険者は駆け出しだったイザベラには破格すぎる報酬を提示してきたのだ。
イザベラはコロッとつられ、そこで出会ったのがまだ勇者と呼ばれる前のクリードである。
『こいつが無駄に運がいい男だ。お前さんを守れるだけの腕もあるから、安心してついていってくれ』
そんな紹介と共に初めて出会ったとき、運どころか顔もいいなとイザベラは不躾にも思った。
思えばそれは恋の始まりだったが、叶うことを期待したわけではない。
彼に出会うまでの十八年間、イザベラは交友関係も「平凡」で、彼のような顔のいい男に見初められることなど無かったからだ。
むしろちょっと良いなと思っていた顔のいい男に「イザベラってほんと普通で面白みがないよな」と陰で言われると知り、傷ついた過去から苦手意識さえ覚えていた。
だからほどほどの距離感で接しようと、イザベラは会ったときから決めていた。
実際、前線で戦うクリードの側は危険すぎて物理的に近づけなかったし、話すのは彼が呪いの品を持ってきたときだけだ。
それもイザベラは解呪が得意なせいで、魔法に時間がかからない。
『これを、お願いする』
『はい、解けました』
そんなやりとり一回するあいだに、5個のアイテムから呪いを取り除けてしまうのだ。
結果、最初の冒険では会話らしい会話もしたことはなかった。
でも顔がいいのでイザベラは存在を意識していたし、クリードもすさまじい勢いで呪いの品を持ってくるため、こちらのことを認識はしていたのだろう。
そして一回目の冒険の後、彼から「続けてほしい」と切り出された。
なんでも彼は生まれ育った孤児院を建て直す金銭を求めており、ダンジョンからひとつでも多く高価な品を持ち帰りたかったらしい。
そんな人道的な話を聞かされては、もちろん断ることなど出来ない。
実際彼が強すぎて危険な目に遭ったことはなかったし、実入りも良い。
断る理由はないと、そのときは思ったのだ。
実際その後も、雇用に関して問題はなかった。
給金もよく、身の安全も確保され、食事や洗濯が得意な仲間が常にいるため、生活の不自由もない。
長旅の移動が疲れるくらいだが、それも慣れれば些細な問題だ。
だが旅を続けるにつれ、ある問題が現れた。
クリードが、余りに強すぎるのである。
孤児院のためだけに粛々とダンジョン攻略を続けていた彼は、気がつけば無敗の冒険者として有名になっていた。
その名はナムザ国王のところまで届き、試しに勇者の試験を受けてみないかと言われた結果、これまで誰とも成し遂げられなかった好成績をたたき出したのである。
当人は「助成金が出るなら」くらいの軽い気持ちで試験を受けたようだが、もちろんこの結果に世間は大騒ぎになった。
彼ならば、魔王自身も打ち倒せるに違いないと言われ、本格的な討伐隊が組まれることになったのだ。
そしてこれもまた「助成金と報償が出るらしい」という理由で彼は引き受けた。
さすがに魔王討伐にはついて行けないと思ったが、「城にはお宝が山ほどあるからいてほしい」「死ぬ気で守る」と勇者様に懇願されてしまえば、断ることは出来ない。
基本、イザベラは押しに弱いのである。あと多分、顔がいい男にも。
そしてクリードと出会ってから三年目の春、平凡な魔法使いは魔王討伐のパーティにうっかり加わっていた。
と言っても仲間の数は四十八人もいて、後方支援役のイザベラはただついていくだけだった。
魔王の城で見つけた品物を鑑定し、破格の力を持つ魔剣をうっかり見つけたりはしたが、元々持ってきたのはクリードで、イザベラはただ解呪をしただけだった。
でもクリードは、その剣を使って魔王をさっくり倒してしまった。
故に、なぜだかイザベラもその貢献に一役買った英雄の一人として扱われてしまった。
国に帰ると「なんでもほしい物をやろう」と国王直々に言われ、望んでもないのに爵位までくれた。
正直、いたたまれなかった。
なにせ後ろについていって、品物の呪いを解いていただけである。
魔王を倒していたときも、廊下でぼけっと待っていただけだ。きっとクリードならやり遂げるだろうからと特に心配もせず、彼の装備を磨いたりと暇を持て余していた。
なのに英雄扱いされ、『魔剣を見つけし者』などという二つ名ももらった。
そんな数々の出来事に、平凡なイザベラは正直参ってしまったのだ。
身の丈に合わない褒賞や賛辞に胃が痛み、人の視線さえ怖くなった。
だからイザベラは、パーティ引退をきめた。
魔王の残したダンジョンはまだまだあり、その攻略をしようとみなは話していたけれど、ついていこうとは思えなかった。
「私は、静かな場所で暮らそうと思います」
切り出したときも、特に文句は出なかった。むしろ笑顔で送り出された。
もしかしたら仲間たちの中には、イザベラのような者が英雄扱いされることを快く思わない者もいたのかもしれない。
最後にぽつりと「本当に行くのか?」と聞いてくれたのはクリードだけだった。
その顔が寂しそうに見えた気がしたが、イザベラは自分の目の錯覚だと思った。
その頃にはもう、クリードに特別な想いを寄せてしまっていたから、自分の邪な考えが都合が良い解釈をしているだけとだと思ったのだ。
『いまなら、私よりもっと腕のいい人を雇えるわ』
だからイザベラはそう言ってパーティを離れ、旅の途中で素敵だと思った港町『カイリナ』に家を買った。
1階は解呪の店で、2階には住まい、3階には一緒に住んでくれる素敵なメイドが住める小さな家だ。
昔読んだ本の影響で、イザベラは可愛いメイドさんと暮らすのが夢だった。
身の丈の合わない賞賛をされない場所で、解呪の魔法使いとして静かにのんびり暮らすこと。
それがイザベラの望みであり、それを叶えるために張り紙を出した。
『求人:ハウスメイド。お料理とお洗濯が得意で、メイド服が似合う方を募集しています』
最後の一文は、この募集が堅苦しい物ではないと思ってほしくてつけたものだった。
まさかそれが徒になり、勇者がメイド服を着て玄関に立つことになるとは、もちろん思っていなかったイザベラだった。




