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パーティを引退したら、勇者様がメイド服を着て玄関に立っていました  作者: 28号
第8章:16日目の真実

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第1話


『イザベラは、魔王を倒したらどうしたい?』


 クリードからそんな質問をされたのは、魔王討伐前夜のことだった。

 開かれた決起会の中、蚊帳の外にいたイザベラにクリードがわざわざ声をかけてくれたのだ。


『特に何も考えてないわ』


 そのときはまだ、イザベラは未来のことなど何も考えていなかった。

 そしてただぼんやりと、クリードが旅を続けるのなら同行したいと願っていた。


『クリードは何か計画があるの?』

『ないんだ』

『そっか、同じだね』


 そう言うと、クリードが嬉しそうに笑ってイザベラの隣に座った。


『その言葉を聞けて、ほっとした。ないと言うと、口々に嘘をつくなと言われてな』

『まあ、クリードはいろんな未来がありそうだからね』

『未来……か』

『何かやりたいこととかないの?』

『思いつかないんだ』


 魔王を倒せば、クリードの孤児院は永久的に王国の融資を得られることになっていた。そうなると金のために働く必要もなくなり、何をしたらいいかわからないと彼はこぼした。


『好きなことをしろと言われたが、今まで考えたことがなかったから……』

『考えたことがないなら、困るよね。私もまさか魔王討伐の仲間に加わると思ってなかったし、この後がどうなるか想像もつかないわ』

『俺も同じだ。そもそも魔王を倒せるかもわからないしな』

『魔王は倒せるわよ。だってクリードだもの』


 思う間もなく言葉がこぼれると、彼はじっとイザベラを見た。


『あなたは強いし、約束を守る人だから大丈夫』

『君に断言されると、本当に倒せるような気がするから不思議だ』

『もうサックサクよ、きっと』

『まるでお菓子でも食べるような言い方だな』

『お菓子だと思えばいいのよ』

『じゃあお菓子を食べ終わったら、お茶でもするか?』


 クリードの言葉に、イザベラは思わず吹き出した。


『それは、いい計画かも』

『じゃあ終わったら、二人でお茶をしよう』


 『二人で』と付け加え得られた言葉に、期待をしなかったと言えば嘘になる。

 まるでデートの誘いのようで、イザベラはほんの一瞬、彼からの好意を錯覚した。


 でも結局、ささやかな約束は実現しなかった。

 英雄となった彼は多忙を極め、イザベラではなく国の要人たちとの食事や茶会に呼ばれるようになってしまったからだ。

 イザベラもイザベラで社交の場に呼ばれることもあったが、クリードはいつも視界の隅にいて話しかけることすら叶わない。

 そしてたいていの場合、イザベラは華やかな場からすぐ追い出された。

 たぶん、戦いの場に出なかったイザベラが英雄として扱われることを面白く思わない者がいたのだろう。

 クリードとの距離も意図的に離されることが増え、イザベラは孤立を深めた。

 そして遠くなる距離を埋めるほどの勇気も、イザベラにはなかったのだ。

 

 だから、イザベラは自分の気持ちから逃げ出した。

 ささやかな約束を忘れ、自分の中に芽生えていた恋心を手放せば、身も心も平穏でいられると信じて。



――――でも馬鹿よね。これは、手放せるものじゃなかったのに。


 後悔と戸惑いの中、イザベラはまた、一人で膝を抱えている。

 その傍らに、クリードはいない。

 彼は一命を取り留めたものの、シャルロットの屋敷で身柄を拘束されてしまった。


 イザベラもまたシャルロットの屋敷にいるが、危険だという理由で彼には会わせてもらえていない。

 それどころか、突然現れた騎士たちにより客間から外に出ることも禁じられてしまった。


『すまない。兄上も君も、今とても危うい立場なのだ』


 イザベラをこの部屋に連れてきたとき、シャルロットは悔いるようにそう言った。

 そしてあの呪いの本も取り上げられ、イザベラはただ後悔を重ねることしかできない。


【――――カエッテクル、カエッテクル】


 孤独と不安を抱えていると、不気味な声がイザベラの耳を震わせた。

 恐る恐る窓の外を見れば、遺物によって呼びよせられた魔物たちが、魔樹の周りを騒がしく飛んでいる。


 襲ってくる気配はないものの、街の人々は不気味な声に怯えていた。

 イザベラもまた不安に襲われながら、【カエッテクル】という言葉で、クリードの身に起きた恐ろしい出来事を思い出す。


(クリードは、一体“何”になろうとしているんだろう……)


 人を魔物に変える呪いを、クリードが受けていることはわかっていた。

 でも実際の変化は想像よりもずっと悍ましく、残酷だった。


 最後に見たとき、クリードの半身はもう人ではなかった。

 黒く硬化した皮膚に禍々しい赤い魔眼、人とは思えぬ爪と牙は魔物――その中でも最強と言われる魔王の姿とあまりに酷似していた。


 そしてその姿に一瞬でも怯えてしまったことを、イザベラは後悔している。

 あのときクリードは助けを求めていたのに、伸ばされた腕をイザベラは掴めなかった。

 クリードの腕を掴んでいれば、そして解呪に挑戦していれば何かが変わったかもしれないのに。


(私はいつも、気づくのが遅すぎる)


 自分の気持ちにも、クリードの気持ちにも、気づくのが遅すぎて手が届かない。

 それどころか、今回はクリードの命さえ取りこぼすのではと考えた瞬間、イザベラは無意識に立ち上がっていた。


(……それだけは、だめ)


 彼の呪いは、イザベラの手に負えるものではない。

 だがそれでも、何もせず逃げるのはもういやだった。


(私には解呪しかできないけど、やれることをやりたい)


 イザベラは覚悟を決め、大きく息を吐く。

 そして改めて、自分が置かれている状況を観察する。 


 扉は鍵がかかっているが、窓からなら外に出られるだろう。

 クリードのいる場所も、呪いの気配から地下であることはわかっている。


(とにかく、見つからないようにするのが最優先よね)


 窓を開けて外を見れば、運良く下へと続く雨樋がそばにある。

 人影も無いようだし、つたえば降りることは可能だろう。


(ちょっと高いけど、これくらい……これくらい……)


 運動神経はよくないが、それでも冒険者の端くれだったのだ。

 木登りや崖登りの経験もあるから大丈夫だと自らを鼓舞し、イザベラは窓からこっそり外に出る。

 想像以上の高さを感じて脚が震えるも、ここで諦めるわけにはいかなかった。


 意を決し、イザベラは騎士がいない隙を突いて、雨樋を降りた。

 途中何度か足を滑らせたものの、ケガもなく地面に着地する。

 そのまま物陰に潜みながら、イザベラが目指したのは使用人用の裏口だ。


 運良く騎士たちは屋敷の正面に集まっていて、裏はがら空きだ。

 それにほっとしながら中に入ると、何やら言い争う声が聞こえてくる。


「――そんなことは、僕がさせない!」


 気になって声の方へ向かえば、そこにいたのはシャルロットだった。

 運が悪いことに、地下への入り口を彼は塞いでいる。

 そしてその前には、騎士たちの姿もあった。


「殿下、どうかお引きください」

「引くわけがないだろう! まだ“猶予”はあるはずだ」

「ですが殿下、クリード様の変化はあまりにも早い。今すぐ処理をせねば」

 

 言い争う声に、イザベラは背筋が凍る。


(処理って、まさかクリードを……?)


 騎士たちの手が剣の柄にかかっているのを見て、イザベラの恐怖は確信に変わる。


「殿下、どうかここを通してください」

「断る!」


 シャルロットは声高に叫ぶと、攻撃魔法に用いる杖を手にする。

 騎士たちも剣を構え、緊張感が高まる中、シャルロットの目が隠れていたイザベラを捕らえた気がした。


「兄上はまだ兄上だ、お前たちの好きにはさせぬ!」


 杖を掲げ、シャルロットはまばゆい光で騎士たちの目をくらませる。


「今だ、行け!」


 その声が自分へのものだと、イザベラは不思議とわかった。

 目元を手で覆いながら駆け出し、シャルロットとすれ違いながら地下へと滑り込む。


 薄暗いそこは、元々倉庫だったのだろう。

 食料品とおぼしき木箱の間を縫って進み、さらに奥の部屋へと続く扉を押し開ける。


「ッ……!」


 そしてイザベラは、悲鳴を押し殺した。


 狭くて暗い地下室の中に見えたのは、目隠しと拘束具をつけられ、死んだように横たわるクリードの姿だった。


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