第3話
目を開けると、周囲は闇に包まれていた。
この街は元々薄暗いが、それにしても暗すぎる。
(もしかして、夜……?)
寝過ぎたと気づいて起きると、胸の上からカサリと何かが落ちる。
枕元の明かりに火をつければ、小さなメモが目に入った。
『よく眠っていたので起こさずにおく。ひとまずシャルロットの仕事を片付けてくるから、君はゆっくりしていてくれ』
気を遣われたとわかっていても、起こしてほしかったと思わずにいられない。
ひとまず身支度を調え外に出ると、すかさずやってきた使用人から「シャルロット殿下がお待ちです」と声をかけられる。
案内されたのは、豪華な応接室だった。
だが異様なことに、物々しい武具が豪奢な猫足ソファの上に山積みにされている。
「ようやく来たか」
声をかけたのは、窓辺に立っていたシャルロットだった。
彼は書類の束を手にしながら、イザベラを睨めつける。
もしかしたら、仕事中だったのかもしれない。
「すみません、つい寝過ごしちゃって」
「だろうな」
「それであの、クリードは?」
「三時間前に起きてきて、怠惰な誰かさんと違ってしっかり仕事をしている」
言葉と共に、シャルロットが指し示したのはソファの上の武具だ。
見れば武具には魔王の紋章と、呪いの兆しが色濃く刻まれている。
「もしかしてこれ全部、クリードが?」
「冒険者から奪ってきた。どいつもこいつも軽率に遺物に手を出し、暴れていたからな」
たしかに、どの武具にも凶暴化の呪いがかかっている。
凶暴化の呪いは、その人の攻撃性を高めるものだ。元々優しい者には効かないが、好戦的な者が呪いにかかれば破壊衝動に駆られ、力の限りに暴れ回ってしまう。
「それにしても、すごい数ですね」
「魔王が死んだことで魔物の力がだいぶ弱っただろう。結果ダンジョンの攻略や調査が進み、魔王の遺物など多くの装備が出回るようになったんだ」
それに対して解呪の魔法使いが足りず、適切に呪いを処理せず使った結果、あちこちで騒ぎが起きているのだとシャルロットはため息をこぼす。
「あまりにも遺物がらみの事件が多いせいで、中にはこの騒動を魔王復活の兆しだという奴もいる……。おかげで国を挙げて対応に乗り出す羽目になっているんだ」
「なんだか、大変ですね」
「他人事みたいに言っているが、有能なくせに田舎に引っ込んだお前も原因のひとつだからな」
「うっ、でもその、私よりも優秀な解呪の魔法使いはいっぱいいますし」
「自分の力を安く見積もるな。……たとえばほら、これだ」
シャルロットは装備のひとつを指さし、解呪してみろと目で訴えかけてくる。
断れる雰囲気ではなく、イザベラはすぐさま装備の呪いを解いた。
「次だ」
「は、はい、解きました」
「ではこれを」
「終わりました」
「こっちはどうだ」
「できました」
「……その速度は、異常だぞ」
シャルロットに言われるが、やはりピンとこない。
「異常と言えば、三時間でこの数を集めてくるクリードの方がすごいと思います」
「あれと比べるから自己評価が低くなるんだ。お前はもっと胸を張っていい」
突然の賛辞に、イザベラは思わずぽかんとしてしまう。
「なんだその顔は」
「まさか、王子様に褒められる日が来るとは思わなくて」
「クリードも王子だろう」
「まあ、そうなんですけど」
「僕に褒められるのは、嫌なのか?」
そう言ってすねる顔は、クリードと少し似ていた。
だからつい微笑ましくて、ふはっと声を上げて笑ってしまう。
「今の笑いはどういう意味だ」
「すみません、つい微笑ましくて。それに褒められて嫌ではないです。ビックリしますしこそばゆいですけど」
「ならば、もっと褒めてやる」
「いいですよ、無理に褒めなくても」
「別に無理ではないぞ。僕は嘘はつかない」
「だとしても、落ち着かないので」
途端に、シャルロットの顔に意地悪な笑顔が浮かぶ。
これはからかわれる奴だと身構えたとき、応接間の扉が開いた。
「殿下、至急お伝えしたいことが!」
部屋に入ってきたのは、近衛の騎士だ。
切迫した表情に嫌な予感を覚えると、騎士はその場に跪く。
「魔樹に多数の魔物の群れが迫っているとの報告が!」
「魔物が、この街に?」
「報告によれば、魔物を引き寄せる遺物が街中で確認されたとのこと。クリード様が遺物は回収しましたが、魔法の効力が収まらないと」
「ならば、助力に行こう。呪いの可能性もあるし、イザベラも――」
「もちろん行きます!」
言葉を遮る勢いで言えば、シャルロットは頷いた。
「念のため、このことは街の騎士団にも伝えておけ。同時に、魔樹の護りを強化するようにとも」
「承知しました」
そう言って急ぎ出て行く騎士を追うように、イザベラとシャルロットも部屋を出る。
(魔物が来る前に、遺物をどうにかできればいいけど……)
願いつつも、イザベラの胸は不安に揺れていた。




