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パーティを引退したら、勇者様がメイド服を着て玄関に立っていました  作者: 28号
第7章:15日目の呪い

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第2話


 久しぶりに足を踏み入れたカリストの森は、まだ冒険者であふれ賑わっていた。

 下船後、馬車で向かったのは森の中央部。魔樹と呼ばれる巨大な木の麓だ。

 この森では、街はこの巨木の洞の中に作られている。

 魔樹は聖なる魔力を宿し、魔物たちを阻むため、安全を求めて木の中に街が作られたのである。


 その中でも最も大きい街『リンボデア』が、今回の目的地だった。

 山よりも高い巨木の中にある街は、カイリナと並ぶほど高低差がある。

 街の行き来には魔法の昇降機が使われ、それがいくつも垂れ下がる光景は、さながら闇を照らすランプのようだ。

 イザベラは上下する昇降機を見るのが好きで、かつてはクリードが帰ってくるのを待ちながら、それをひとり眺めたものだ。


 そのひとつに乗り、シャルロットが連れてきたのは巨大な邸宅だった。


「宿に泊まれば騒ぎになりそうだし、僕の別荘を拠点とする」


 クリードは今や有名人で、往来を歩いただけで人垣ができてしまう。

 そのため、ここまでも馬車で来たし、必要最低限の外出にとどめるようにとシャルロットに言われる。


「あと、僕の別荘でイチャイチャしすぎるな」


 屋敷の扉を押し開けながら、シャルロットが念押しをする。


「キスはイチャイチャに入るだろうか」


 大真面目に尋ねるクリードに、イザベラは真っ赤になる。


「キスまでは、許す」

「わかった」

「あと抱擁も、まあいいだろう」

「よかった」


(……なんなの、このやりとり)


 恥ずかしがっているのはイザベラだけのようで、自分の感覚がおかしいのかと不安になる。


 だが感覚がおかしいのも無理はないと、屋敷の中に入ったイザベラは思った。



「お帰りなさいませ、殿下」


 玄関ホールには数え切れないほどの使用人が並び、まったく同じ角度でビシッとお辞儀をした。


 それに驚いているのはイザベラだけで、クリードとシャルロットはまだ「どこまでがイチャイチャかそうでないか」を議論している。


「距離感が近すぎて忘れていたけど、シャルロットは王子様なのよね」


 心の声が口からこぼれると、わかりやすく不機嫌な顔を向けられる。


「どこからどう見ても、王子だが?」

「そ、それはそうなんですけど……」

「お前が望むなら、金に物を言わせて接待してやろうか」

「か、勘弁してください……」


 この状況だけで日和っているのに、接待などされたら居心地が悪くてしょうがない。


「よし、お前の部屋は一番豪華な部屋にしてやろう」

「ごめんなさい、許してください」

「普通は喜ぶものだがな」

「私は庶民的で、地味で、質素な物が好きなんです」

「それが本当なら、クリードは当てはまらないぞ」


 途端に、クリードがショックを受けた顔で固まる。


「し、庶民だぞ、俺も……」


 いや王子でしょう……、とは今この場では言えない。


「そ、そうね。孤児院育ちだものね」

「ちゃんと、イザベラの好みの範疇に入っているか?」

「大丈夫だから、そんな顔しないで」


 うなだれるクリードをよしよしすれば、ひとまずショックは和らいだらしい。


「とりあえず、お前らの部屋は東棟だ」

「すっごく広い部屋だったりします?」

「ちゃんと“狭い”部屋にしてやったから安心しろ。では少し休んだら、出発だ」


 そもそも家に棟があるってどういうことだと思いつつ、使用人たちの案内でクリードと共に滞在する部屋へと向かう。


「こちらでございます」


 そして二人が案内されたのは、街を一望できる三階の客間だった。

 大きな暖炉と応接セット、そして見たこともないくらい広いベッドがひとつ置かれている。


「全然狭くないよ」


 などとぼやいたとき、イザベラは気づいてしまう。


「では、ごゆっくり」


 使用人は消え、部屋にはクリードとイザベラだけが残される。

 扉が閉まったところで、クリードも「ん?」と首をかしげた。

 二人は荷物を持ったまま、そこで見つめ合う。


「同室……?」

「同室だな」


 確かに狭い。二人では狭い。何よりベッドが狭い。


(っていうか、同じベッドで寝る……の?)


 念のため続きの部屋がないかと見回すも、廊下に続く扉しかない。


(いやでも、私の身長ならソファでも行けるかしら)


 そう思いソファーに近づこうとした瞬間、がしっと背後からクリードに拘束された。


「今のうちに、少し寝よう」

「へっ!?」


 そしてそのままベッドに連行され、イザベラは借りてきた猫のように縮こまる。


「そんなに固まっていたら眠れないぞ」


 などと言いながら、さも当然のようにクリードがイザベラの横に寝転がった。


「いや待って、寝るの!?」

「寝よう」

「ま、まだ午前中よ!」

「しかし、君は眠った方がいい」


 心配そうな声で言って、クリードの指がイザベラの目元を撫でる。

 化粧で隠していたが、そこには濃いクマがある。

 なぜならこのところ、寝ないで呪いの本を読んでいたからだ。


 気づかれないようにしていたつもりだけれど、どうやらクリードには隠せなかったらしい。


「今は、眠くない」

「本当に?」


 頷こうとするも、あまりにも寝心地がいいベッドが眠気を誘っているのは事実だ。

 クリードが隣にいるという状況ながら睡魔に抗えないほど、睡眠不足は深刻だった。


「隠し事をする俺が言えたことではないが、何か憂いがあれば教えてほしい」


 そう言って頭を撫でられると、緊張もふわりと解けて、ついクリードの胸に額を押し当ててしまう。


「ちょっと、このところ眠れなかっただけ」

「それは、俺のせいか?」


 否定すべきか悩んでいると、クリードが「すまない」と耳元でつぶやいた。


「謝るくらいなら、隠してることを教えてほしい」

「すまない、それは……」

「クリードって、結構強情よね」

「すまない」


 謝罪を重ねながら、頭を撫でていた手がイザベラの背中に回る。

 そのまま優しく抱き寄せられたイザベラは、腕の中でため息をつく。


「……今は無理だが、この件が終わったら、話す」


 そのとき、クリードがぽつりとこぼす。

 驚いて顔を上げようとするも、頭を顎でぎゅうっと押しつけられて身動きがとれない。


「話すから、今は寝てほしい」

「……本当に、話してくれる?」

「君の健康を損ねるくらいなら、話す」

「約束よ?」

「約束する。君にはもう隠し事はしない」



 イザベラの方からも彼の背中に腕を回すと、肯定するようにトントンと背中を叩かれる。

 それにほっとしたからか、叩き方が絶妙だからか、睡魔がイザベラの意識を奪おうとやってくる。


「そんな風にされたら寝ちゃうわ」

「寝かしつけは得意だぞ」


 孤児院で下の子たちを寝かしつけていたと、クリードは懐かしそうに言う。


「ただ、子守歌だけは不評だったが」

「歌ってみてよ」

「寝られなくなるかもしれないぞ」

「今はすごく眠いから、きっと大丈夫」


 そして響いた子守歌は、本当にひどかった。

 完璧な男にこんな欠点があったのかと驚きつつ、イザベラは笑いを堪える。


「寝られそうか?」

「やっぱり、背中ポンポンだけにして」

「だと思った」


 そしてクリードは、先ほどよりも更に優しく背中を撫でてくれる。

 優しいぬくもりが睡魔をたぐり寄せ、気がつけばイザベラは寝息をこぼし始めた。


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