第3話
クリードのことが気になりつつ、イザベラは母を連れて近くのカフェへと入った。
「それで、あの人とはどこで出会ったの?」
飲み物とケーキを頼むなり、母は尋問の構えである。
「旅をしていたときの、仲間の一人」
「本当に?」
「何で嘘つくのよ」
「だってあなた、パーティをやめるまでは勇者様にぞっこんで他の男なんて眼中になかったじゃない」
「う、ぐっ……」
なぜそれを! と慄いていると、カイナはあきれ果てた顔をする。
「あなたの手紙、勇者様のことばっかりだったじゃない。『勇者様の顔がいい』『勇者様に優しくしてもらった』ってことあるごとに書いていたわよ」
「何それめっちゃ恥ずかしい……」
「あなたが勇者様のことばっっっかり書くから、娘の近況より勇者様の近況の方が、詳しくなっちゃったわよ」
まったく無自覚だったため、今更過去の自分が猛烈に恥ずかしくなった。
「その上、勇者様って魔王を倒した方でしょう? 王女様との結婚話も出てるとか、高貴な女性たちがみんな狙ってるってゴシップ誌で読んだし、あなたがいつか泣くんじゃないかって心配で心配で……」
「そ、そんな記事出てたんだ」
「どこまで本当かは知らないけど、うちの娘に勝ち目があるかって言われるとないじゃない」
「母親なら、そこはせめて応援してよ!」
「泣くとわかる恋なんて応援できないわよ」
そこでカイナは、真面目な顔でイザベラの瞳を見つめる。
「それにあなた、男を見る目もなさそうだし」
「そ、そんなことないわよ!」
「でもビキニアーマーよ」
「あれはたまたま!」
「それに出来もしない約束までするし」
「まだ15分しかたってないのに、決めつけるのは早いわ」
「勇者でもなきゃ、あれを一日は無理よ」
その勇者なんです、とはもちろん言えない。
かといってクリードを甘く見られるのはなんだか嫌で、イザベラはつい膨れてしまう。
「っていうか、あの男のどこが好きなの? 顔?」
「か、顔も好きだけども!」
「あなた昔から、顔のいい男に弱いわよねぇ」
「でもリードはそれだけじゃないもの! 優しいし、親切だし、勇敢だし」
「それ、手紙の勇者様を褒めるときにも言ってたわよ」
「うっ……」
だって、同一人物なのだから仕方ない。
「それにお母さんの経験上、完璧な男は絶対女の子にもてて遊んでるから」
「リードは違うもの」
「あの顔よ」
「あの顔だけど、女性との交際経験はないって」
「じゃあ、童貞なの?」
「……ッ!?」
「まあ童貞を拗らせた結果の、ビキニアーマーという可能性もあるかしら」
「拗らせてないから! たぶん!」
と言うか、彼の経験のあるなしについて深く考えることが恥ずかしい。
なんだかんだイザベラは初心なのだ。
そういうことに興味はあるが、ちゃんと向き合ったことはなかった。
「いいことイザベラ、大人なんだからその辺の知識も身につけておきなさい。そういう所も心配だから、お母さん近くにいなさいって言ったのよ?」
「さ、最低限は知ってるし」
「でも変態に引っかかったじゃないの」
「リードは変態じゃないから!」
もういっそ、勇者だと言ってしまいたい気持ちにさえなる。
(いやダメだ、ビキニアーマーの変態だと思われてるタイミングで言っても、クリードの信用回復にはならない)
ともかく今は、クリードに依頼を完遂してもらい、少しでも母が見直すのを祈るほかない。
「お待たせいたしました、こちらケーキになります」
イザベラが胃の痛い思いをしていると、そこにウェイターが飲み物とケーキを持ってやってくる。
(うぅ、胃が痛すぎて食べられるかなぁ……)
そう思いつつケーキを受け取ろうとしたところでイザベラは気がついた。
「あっ、あなた……」
「お、お前!!」
ケーキを運んできたのは、以前クリードにボコボコにされた冒険者だった。
「ちゃんと反省して、働いてるのね」
などとうっかり感動した直後、頼んだケーキがものすごい勢いで宙を舞った。
「んなわけねぇだろが! お前らのせいでしのぎがなくなって、仕方なくこんな店で働いてんだよ!」
ケーキどころか紅茶もお盆もすべて投げ出し、男がイザベラの手首を掴む。
「あいつがいねぇなら好都合だ! 今度こそ慰謝料払ってもらうぞ!」
どうやらこの男、欠片も反省していなかったらしい。
「ちょっと、うちの娘に何するの!」
「あん? お前こいつの母ちゃんか?」
「何を揉めてるのかわからないけど、ここは穏便に話しましょう」
「んなことしてたら、あの男が来ちまうだろ! いいからほら、お前でも母ちゃんでもいいから金よこせ!」
あまりのクズぶりに、カイナも若干引いている。
だが状況を見て、自分たちでは男に敵わないとわかったのだろう。
渋々といった顔で鞄に手を伸ばす母を見て、イザベラは慌てて男を突き飛ばした。
「こんな奴にお金払うことなんてない!」
まさかイザベラに抵抗されると思っていなかったのか、男はそのまま無様にこけた。
それが恥ずかしかったのか、男は顔を真っ赤にしながら立ち上がる。
そして近くのテーブルに置かれていたナイフを鷲づかみにし、それを大きく振り回した。
その刃に当たらぬよう母をかばいながら窓際までさがれば、男はじりじりと距離を詰めてくる。
「イザベラ、やっぱりここは……」
「だめよ。ここで折れたら、この人一生改心しないもの」
「この人のことを心配してる場合じゃないでしょう」
カイナは逆に前に出ようとしたが、イザベラはその場を頑として譲らなかった。
「大丈夫よ、きっとすぐ来てくれるから」
「来てくれるってまさか……」
「あの人、私のピンチには絶対に駆けつけてくれるの」
その言葉を証明するように、店の窓ガラスが蹴破られる。
「またやっかい事か……」
店に飛び込んできたのは、もちろんクリードだ。
その姿に、ナイフを振り回していた男が間抜けな顔で固まる。
「お、お前、近くにいたのかよ」
「いや、海でフジツボと戦っていた」
「んなわけねぇだろ! 海からここまで、30分はかかんだぞ!」
「頑張ればすぐ来られる」
多分、常人には頑張っても無理だろう。
ただそれが出来てしまうのが、クリードなのだ。
「フジツボは大丈夫?」
「ああ、無事片付けてきた。それより君は平気か? ケガなどしていないか?」
過保護が炸裂し、クリードがイザベラの手を掴む。
「おい、女っ! フジツボよりてめぇの心配しろよ」
「だってあなたが勝てる見込みないもの」
「俺はなぁ、この前とは違うんだよ!」
胸を張り、そして彼は腕を前に突き出す。
「本当はもうちょっと隠しておきたかったが、こいつでぶっ飛ばしてやる!」
次の瞬間、男の手に現れたのは禍々しい小手だ。
肘まで覆うそれは、格闘家が身につける武具に見える。
「剣の次は拳か?」
「俺は元々拳の方が強いんだよ! それに見ろこの紋章を!」
無駄にかっこよく腕を翻し、見せつけられたのは手首の所に刻まれた禍々しい紋章だ。
(あれって、たしかチコルが持ってたジュエリーボックスにも……)
「こいつは魔王が残した装備だ! あの勇者が使った剣に並ぶ品物だぞ!」
「だとしたら、お前のような者が扱える品物じゃない」
「そうよっ! それにその装備、呪いが解かれてないじゃない!」
クリードとイザベラが交互に注意を促すが、もちろん男は聞く耳など持たなかった。
それなりに様になる構えを取ると、次の瞬間信じられない速さで躍り出る。
「イザベラ、お母さんと一緒に外へ!」
激しい一撃を、クリードは魔剣で受け止める。
確かに小手は、正真正銘魔王の遺物らしい。
刃と打ち合った瞬間二つの武器は共鳴し、激しい衝撃波が放たれる。
当人たちはそれぞれの武具に守られ無事だったが、イザベラは母と共に壁際まで吹き飛ばされてしまった。
「イザベラ!」
「よそ見してんじゃねぇよ!」
続けざまに拳を繰り出す男から、クリードはあえて刃を引いた。
ギリギリのところで拳を避けつつ、刃の代わりに傍に落ちていたお盆を手に取る。
「なめてんのかよ!」
「その武器は危険だ」
「だったら剣構えろや!」
構えたくても構えられないのだ。
イザベラは身体を起こしながら、自分たちのためにクリードが刃を引いたのだとすぐに悟る。
(さすがに、状況が悪いかも)
先ほどから、クリードは時折何かを堪えるように、時折目を細めている。
その理由を探るために目をこらしたイザベラは、小手の持つ呪いがクリードにまとわりついているのを見てしまった。
小手にかけられた呪いは、どうやら激しい痛みを与える物のようだ。
本来ならそれは所持者に降りかかるはずだが、どういうわけかクリードへと向かっているように見える。
(もしかしたら、呪いが呪いを呼んでる?)
呪いの中には、他の呪いと共鳴し、その効果や範囲を強める物がある。
その共鳴が起きているとしたらと考えた瞬間、イザベラは立ち上がっていた。
「今すぐ呪いを解かなきゃ」
そしてクリードたちに近づこうとするも、そこで母に腕を掴んで止められる。
「危険すぎるわ、おやめなさい!」
「でもクリードが苦しんでるの! だから私が呪いを解かなきゃ!」
腕を振り払えば、カイナは驚き息を呑んでいる。
その目に不安の色を見て、イザベラは母とまっすぐに向き合った。
「大丈夫、クリードは私を絶対に守ってくれる。だからこそ、私も彼を守らなきゃ」
そしてイザベラは、クリードの背後へと近づく。
「クリード、どうにか動きを止めて!」
声を張り上げれば、クリードが男の拳を躱しながらチラリとイザベラを見る。
言葉を交わさずとも、視線が合えば互いの考えが伝わった気がする。
「3秒待て」
クリードは手の中で盆を回転させ、それを円盤投げのように勢いよく男の顔に見舞う。
「しゃらくせぇ!」
男は小手でそれを弾くも、続いてクリードが放った蹴りは見逃した。
強い回し蹴りを顔面に受け、男はその場で情けなく尻餅をつく。
(今だ!)
次の瞬間イザベラは男に駆け寄り、呪いに手を伸ばした。
魔剣を見つけたときと同じ、3重に重なった紋章が呪いを構成している。
(でもやり方が同じなら、すぐ終わる!)
紋章はどれも正しい形をなしておらず、それが呪いを生んでいる。
ならばそれを戻せばいいだけだ。
魔力を帯びた手で呪いに触れ、イザベラは紋章をぐるりと回す。
一つ、二つ、三つとすばやく回転させれば、紋章はあるべき姿に戻った。
「くそっ、さわんじゃねぇよ!」
慌てて身を起こし、男が拳をイザベラに向けた。
だがそれを許すクリードではない。
「お前こそ触るな!」
クリードは拳を跳ね上げると、小手の先端を強く掴む。
「クリード、今なら外れる!」
「恩に着る!」
クリードは男の腕をひねり上げながら、瞬く間に小手を奪って自分の腕につけてしまう。
「確かにこれは、人の手に余るな」
そして軽い動作で、クリードは男の足下に拳をたたき込んだ。
戯れのようなパンチだったのに、小手は床を容易く打ち砕く。もし当たっていればただでは済まないと気づいたのか、男が悲鳴を上げながら後ずさった。
「さて、今度こそ反省する気になったか?」
魔剣だけでなく小手まで装備したクリードに、もはや勝つ術などない。
「今後は二度と、魔王の遺物には手を出すな」
「わ、わかった、そいつはもう使わねぇ! けど……っ!」
そこで男は、突然正座をする。
「どうか、それは返してくれ」
「返すわけないだろう」
「そいつは有り金をはたいて買ったんだ。取られたら、今度こそ一文無しになっちまう」
頼むという顔は涙でぐちゃぐちゃで、見ていたイザベラはなんだか可哀想になってきた。
「頼むよ、うちで小せぇ弟たちが腹空かして待ってんだよ!」
「だったらまっとうに働け」
「今後は絶対そうするよ。だから頼む、それは持っていかないでくれ!」
男の言葉に、クリードがため息をこぼす。
それから彼は懐に手を入れ、自分の財布を取り出した。
「これはお前の手には余る。だから俺が買い取ってやる」
「本当か!?」
「その金で弟たちにちゃんと飯を食べさせてやれ」
そしてクリードは、そこそこの大金をポンと出してしまう。
「い、いいの?」
この状況に驚いて声を上げたのは、カイナだった。
「うん、まあ、品物からしたら妥当な金額だしね」
イザベラが答えると「そうじゃなくて」と、母がため息をこぼす。
「あんなことをされたのに、お金まで渡すなんて……」
「でもここまでボコボコにされたら、さすがにもう悪事は働かないでしょうし」
「俺も、そう思う」
「……あなたたち、人がよすぎない?」
「まあ、何かあったらクリードがまたボコボコにするから」
「ああ、ボコボコにする」
視線を合わせ、イザベラとクリードは微笑み合う。
「ひとまず壊れた店を片付けよう。もちろん、お前もな」
「も、もちろんです、兄貴!」
「ん、兄貴?」
「あんたは恩人だ。だから今後は兄貴と呼ばせてください!」
心を入れ替えたという顔で、男はシャキッと背筋を伸ばす。
「そういうのはこそばゆいんだが」
「いえ、兄貴はもう俺の兄貴です! あっ、ちなみに俺はオロロって言います」
以後よろしくと頭を下げるオロロは、完全に舎弟ムーブを決めている。
「王子様から荒くれ者まで、クリードは人たらしだね」
「たらしてはいない」
「でもクリード、無自覚に好感度上げるタイプだし」
「なら君の好感度も、上げられているか?」
急に話を振られ、イザベラはうっと言葉を詰まらせる。
「……結構上がってるから、もう上げないで」
「もっと上があるなら目指したい」
「いや、本当にもう、十分すぎるから」
頼むからやめてくださいと願うも、そこでにっこり笑うだけでイザベラの好感度は上がってしまうのだった。




