第2話
カイリナの冒険者ギルドは商業区の真逆、路面電車で坂を登り切った街の入り口そばにある。
そもそも冒険者ギルドとは、勇者や冒険者を補佐する組織であり、昨今は職業斡旋所の意味合いが強い。
国と民からの依頼をとりまとめ、「魔物討伐」「ダンジョン攻略」「街道の警備」「旅客の護衛」など多岐にわたる仕事を、適切な冒険者に割り振るのがギルドの仕事である。
登録は必要だが、簡単な手続きさえ踏めば誰でもギルドのメンバーになれるため、殆どの冒険者がギルドに所属しており、カイリナのような小さな街にもギルドの支部が存在している。
(しかし、本当に困ったわね……)
ギルドに近づく中、イザベラはある問題に気がついた。
仕事をもらうには身分証がいるが、クリードの証を出せば一発で勇者だとバレてしまうのである。
かといって今から作るとなると、「元冒険者だ」と言ってしまった話と矛盾してしまう。
そしてその辺りのことを、クリードはたぶん何も考えていない。
ギルドに向かって歩く道すがらも、カイナの機嫌を取ろうと必死で、他のことを考える余裕もなさそうだ。
(なくしたってことにして、再発行する? でもそれも、お母さんに怪しまれそうだし……)
「イザベラ! リード!」
そんなとき、突然聞き覚えのある声が二人を呼んだ。
驚いて振り返れば、そこにいたのはシャルロット……いや、ロットである。
「ど、どうしたの?」
「リードさんの落とし物を拾ったから届けに来たんだ」
そう言って、彼が差し出したのは小さな財布だ。その角から覗く紙を見て、イザベラは飛び上がる。
「あ、ありがとう! まさにそれが必要だったの!」
財布に入っているのは、ギルドで使う身分証だ。どうやって作ったのか、写真も名前も“リード”の物になっている。
(……っていうか、どうしてわかったのかしら?)
などと思っていると、ロットがイザベラの手に財布を握らせる。
「お前たちの準備不足を見かねてきたんだ。嘘をつくなら、色々用意しておけ」
「す、すみません」
小声で叱責され、イザベラは申し訳なさに小さくなる。
「これ以上、俺に手間をかけさせるなよ」
舌打ちと共にそういうと、ロットはすぐに少年らしい笑顔を貼り付け「じゃあね~」と手を振り去って行く。
「……落とし物など、しただろうか?」
状況が飲み込めていないクリードを小突き、財布から取りだした身分証を押しつける。
「コレがないと、お仕事受けられないでしょう?」
「あ、ああ、たしかに」
そこでようやく、クリードもすべてを理解したようだ。
「大事な財布を落とすなんて、あなたいくつなの?」
「28です」
「あら、意外と上なのね。イザベラとは年の差がありすぎない?」
「あ、愛に年齢は関係ないかと!」
クリードが必死に言うが、カイナはただただ呆れている。
(……だめだ、とにかく仕事で見返さないとお母さんは絶対認めてくれない)
とにかくクリードの格好いいところを見せよう、そうしようと決めて、イザベラはギルドまで急ぐ。
そしてたどり着いたギルドは、 魔王を倒したおかげか、はたまたここが平和な街だからか、のんびりとした雰囲気が漂っていた。
かつて旅の途中で立ち寄ったギルドは、「手柄を立ててやるぜ!!」と目をぎらつかせる冒険者ばかりだが、ここでは「初めての依頼だねぇ」「がんばろうねぇ」などと話している初心者冒険者の姿しか見えない。
「そこそこ危ない仕事、あるかしら」
「お母さん、発言が物騒だよ」
「だって簡単な任務じゃ実力が測れないじゃない」
そう言うと、カイナは依頼書が貼られた掲示板の前に立つ。
「この街は、数が少ないわねぇ」
「そりゃあ小さな街だもの」
「うちだって小さい街だけど、この三倍はあるわよ」
「近くに危険なダンジョンもないし、そのせいじゃないかな」
「じゃあ、どうやって実力を見るのよ」
カイナがため息をこぼすと、そこでクリードが掲示板に近づく。
「なら、時間で示します」
そして彼は、あろうことかそこに貼られていた張り紙をすべて引っぺがした。
少ないと言っても13枚。それも簡単な任務ではあるが、どれもこれも絶妙に面倒くさい依頼ばかりである。
『畑を荒らす魔物の討伐』
『牛を病院に連れて行ってほしい』
『逃げた鶏を畑に戻してください(20羽います)』
『ゾンビに奪われたおじいちゃんの形見を取り返してください』
『勇者クリード様のサインをもらってきてほしい』
『服のモデルを探しています(筋肉のある人のみ)』
『街道にでる野盗を退治してください』
『僕が作った薬の実験体になってください(※多分害はありません)』
『荷運びの手伝い求む!』
『船についた化け物フジツボをどうにかしてほしい』
『魔法の練習相手を募集しています』
『森にある薬草を取ってきてほしい』
『大通りのゴミ拾いにご協力ください』
「これをすべて、今日中に片付けたらイザベラさんとの交際を認めてください」
「ちょっとリード、さすがにこの量は多くない?」
イザベラは慌てて止めるが、話を聞いたカイナはにやりと笑った。
「そうね、さすがにこれだけの数をこなせるなら認めてもいいわ」
「では、イザベラとゆっくり待っていてください」
クリードは、本気でやる気だった。
(いや、クリードなら出来ちゃう気はするけど……)
と思った次の瞬間、目の前から忽然とクリードの姿が消える。
「えっ?」
これにはさすがの母も驚いたようで、きょとんとした顔で辺りを見回していた。
「転移魔法……を使える方なの?」
「ううん、そういうのは苦手だって言ってた。ただその、ものすごく足が速い的な感じ」
「ものすごく、と言うレベルじゃない気がするんだけど」
「生まれつき魔力が豊富で、自然と身体強化されてるらしいわ」
イザベラの話を聞いても、カイナはまだぽかんとしている。
「と、ともかく、言われたとおりのんびりお茶でもする?」
「……そうね、あなたとは積もる話もあるし」
「それ、お説教じゃないよね」
「あなた次第よ」
絶対説教だと、イザベラは確信した。




