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パーティを引退したら、勇者様がメイド服を着て玄関に立っていました  作者: 28号
第6章:9日目の襲来

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第1話


 魔王を前にしても堂々としていた男が、今、とてつもなく怯えきっていた。


「あ、あの……お母さん……」

「イザベラ、この人なんてどうかしら?」

「イザベラさんは、あの、俺の……」

「いい人だと思うのよ! ほら、とっても顔がいいし、あなた好みでしょう」

「う、うぅ……」


 そして完全なる無視を決め込まれて、泣いている。

 それを不憫に思いながらも、イザベラにはどうすることもできなかった。


 こうなったのは昨夜、あまりにも突然イザベラの母――カイナが現れたのが発端だ。

 カイナが来るのは数日後のはずだったが、馬車の席が空いたからという理由で、予定より早く来てしまったのである。


 ただその馬車も急な事故で遅れたらしく、カイリナの街に着いたのは深夜。

 そして疲れ果てた身で娘の家に行けば、そこで知らない男が二人で抱き合っていたという有様だ。

 そのうちの一人はビキニアーマーを着ているなんて状況になれば、大騒ぎになるのも無理はない。


『誰よあんた!?』


 カイナの放った台詞に、『イザベラさんの彼氏です』などとクリードが言ってしまったのも悪かった。

 なにせ数秒前までシャルロットと抱き合い――これは兄弟の抱擁だと、イザベラは後に説明されたが――更にビキニアーマーである。


 運良く呪いは薄れており、イザベラが慌てて解呪はしたものの、ぽろっと落ちた胸当ての下からセクシーな乳首が見えてしまったのも、良くなかったかもしれない。


 ちなみに混沌とする状況の中、シャルロットは「調べることがあるから」と言ってさっさと帰ってしまった。たぶん、面倒事に巻き込まれるのはごめんだと思ったのだろう。賢明な判断である。


 そんなこんなで、状況は最悪だった。

 その後一晩がたち、母は少し冷静になったようだが、それでもこの状況とクリードを受け入れるつもりはないらしい。


「お母さん、リードをそんなにいじめないであげて」

「そんな人、私は知りません」

「お母さん……」


 聞く耳を持たない母を見かね、イザベラは彼女が差し出してきた見合い写真を押し返す。

 そしてめそめそしているリードの手を取り、恋人のように指を絡めた。


「お母さん、私はリードさんとお付き合いしているの。だからお見合いはしない」

「……この、変態と?」

「ビキニアーマーも着たくて着てたわけじゃないの。私の顧客を助けるために、自ら犠牲になってくれてたんだから」

「それが本当だとしても、娘の家で浮気してるような男よ?」

「ロットはリードさんの兄弟だって言ってるでしょ」


 昨晩から五度目の説明をすれば、ようやく母はリードに視線を向ける。


「誤解を招くようなところを見せてしまって、本当に申し訳ありません」

「……あなた、本当の本当に娘の彼氏なの?」

「はい! 唯一無二の彼氏です!」


 強調するせいで、すさまじく嘘くさくなっている。

 いつもの甘い振る舞いをすれば一発で解決しそうなのだが、多分クリードは緊張しているのだろう。


「まあ、確かに顔がいいところは娘好みね」

「顔の良さには、自信があります!」

「でも、自意識が高い男はどうかと思うわ」


 カイナの言葉は、辛辣だった。


「うちのお父さんも若い頃は中途半端に顔がよくて、それを鼻にかけてたのよ」

「でも、そのお父さんと結婚したのよね?」

「お母さんも顔のいい男に弱かったの。だからこそ、やめとけって言えるの」


 まあ確かに、イザベラの父はナルシストなところがある。

 娘としては「うざいなぁ」くらいの気持ちだったが、母はそれ以上に煩わしく思っていたのだろう。

 とはいえ顔に自信がある以外は悪い人ではないので、ざっくり切られるのはかわいそうだと思わずにはいられなかった。


(いや、お父さんのことなんてどうでもいいわ。今はクリードのことを好きになってもらわないと……)


 しょんぼりしているクリードが見ていられず、イザベラはえいっ!と勇気を出す。


「でも私が好きなのはリードなの。だから何を言っても別れないし、彼以外の人とは結婚しないから!」


 クリードの腕に縋り付きながら言えば、母がため息をつく。

 一方チラリと窺ったクリードは、とんでもなく締まりの無い顔になっている。

 でもいい具合に力が抜けたのか、普段の甘い雰囲気と色気がドバドバ出ている。


「ま、まあ……たしかにこれは……手放したくなくなるのはわかるけど」

「でしょう?」

「でも、本当にこの人と一緒になって幸せになれる? っていうか、お仕事は何をしている人なの?」

「……え」


 そういえば、その辺りの打ち合わせを何もしていなかった。


「今は無職です」


 そしてクリードは、こういうときに嘘がつけない男だった。


「無職!?」

「い、今はね! でも昔は冒険者をしていて、とっても稼いでいたのよ!」

「こんな男が、有能な冒険者だったとは思えないわ」

「そ、そんなことないよ。ほら見てこの筋肉、腕っ節だって強いんだから!」


 もう、こうなったら筋肉の良さに頼るしかない。

 そう思ってシャツの袖を無理矢理めくり、太い腕を見せつけてみる。


「筋肉をつけるくらい誰でもできるでしょう」

「ちゃんと使える筋肉だから!」

「はい、使えます!」

「……それ、証明できるの?」


 うさんくさい目をする母に、クリードは頷く。


「戦いなら得意です!」

「なら、その腕で娘を養えるって証明してみなさい」


 言うなり、カイナはすっと席を立つ。

 そのまま出かける準備を始めた母に、慌てたのはイザベラだ。


「えっ、どこへ?」

「冒険者ギルドよ。そこで何か依頼のひとつでもこなしてもらいましょう」

「いやでも、それは……」


 迷ったのは、昨日までクリードが熱で倒れていたからだ。

 昨晩はそれを感じさせない動きを見せていたが、彼の顔色は決してよくなったわけではない。

 その原因はカイナかもしれないが、それでも無理をさせたくないと思う。


「平気だイザベラ。お母さんに認めてもらうためなら、何だってやる」

「お母さんじゃありません」

「うっ……」


 かわいそうに、否定されればされるだけクリードはシオシオになっていく。

 ただ闘志は失っていないのか、程なくまたいつものキリッとした顔に戻り「やってやる」と拳を握っている。


(やる気満々だけど、やっぱり心配よね)


 そもそも本当に、母に振り回されていられる状況なのかという疑問もある。


「お母さんごめん、ちょっとだけ二人で話してもいい?」

「何か悪巧み?」

「ち、違うよ!」


 ただとにかく時間が欲しいと言って、イザベラはクリードを自室に引っ張り込んだ。



「ねえ、あなた本当に大丈夫なの?」


 部屋に入るなり尋ねれば、クリードはきょとんとした顔で首をかしげる。


「何がって顔してるけど、あなた昨日まで寝込んでたのを忘れた?」

「正直忘れていた」

「なら思い出して! 具合が悪いなら、わざわざこんなことに付き合わなくていいから」

「こんなことではない」


 クリードを叱るつもりだったのに、なぜか彼の方が怒ったような顔をする。


「お母さんに認められなければ、結婚させられるのだろう」

「そうだけど、無茶はしてほしくないの。いざとなったら、頑張ってお母さんに『結婚はしない』ってちゃんと言うし」


 少し前のイザベラなら、きっと母の勢いに飲まれていただろう。

 でもクリードに負担をかけるくらいなら、母に立ち向かった方がずっといい。

 そもそも、今はもう好きでもない男と結婚なんて絶対にできない。

 目の前の男以外に、きっともうイザベラの心を捉える人など現れないのだから。


「クリードを苦しめてまで、何かを得ようとは思わない。だからちゃんと、辛いなら言って」


 そう願えば、クリードは気まずそうに目を泳がせる。


「正直に言えば、万全な体調ではない」

「やっぱり……」

「だがそれでも、俺は君の母さんに認められたい」


 言いながら、彼は自分の手に目を落とす。


「俺はこの手でイザベラの願いを護りたいんだ。それに、昨晩のこともちゃんと償いたい」

「償うようなことなんて何もないわ」

「でも俺のせいで、危険な目に遭わせたことがどうしても許せない」


 クリードは、いつになく弱々しい。

 それが見ていられなくて、イザベラは浮かない顔にそっと手を伸ばす。


「気にしないでって言いたいけど、あなたはきっと自分を責めてしまうのね」

「……すまない」

「謝らないでいいの。でももしも、本当に申し訳ないと思っているなら……」


 こわばったクリードの頬に触れ、イザベラは勇気と言葉を振り絞る。


「いつか、あなたが隠していることを教えて」

 

 イザベラの言葉に、クリードがわずかに息を呑む。

 更にこわばる表情を見て、やはり触れるべきではなかったかとイザベラはわずかに悔やんだ。


(でも、やっぱり私は知りたい……)


 彼と気まずくなっても、それでも、クリードのことがちゃんと知りたい。

 何かを隠しているなら、打ち明けてほしい。

 そんな気持ちで、イザベラはクリードの頬を撫でた。


「今すぐにじゃなくていいの。でもやっぱり、あなたのことは全部知りたいから」


 好きな人のことは、全部知りたい。

 そこまでは口に出来なかったけれど、触れあった指先から願いが伝わりますようにと祈る。


「……今はまだ、言えない」

「わかった」

「でも、申し訳ないとも思っているんだ」


 頬に触れた手に、クリードがゆっくりと手を重ねる。


「それに隠すのは、君が大事だからだ。それだけは、わかってほしい」


 手を持ち上げ、クリードはイザベラの指先にそっと唇を押し当てる。

 不意打ちのキスに息を呑んでいると、切なげな眼差しをイザベラに向けた。


「世界の何をおいても、君より大事な物なんてない。だからこそ言えないこともあるし、それを許してほしいと願う勝手さも理解している。……でもどうか、今は……今だけは側にいさせてほしい」


 言葉一つ一つから強い願いを感じ、イザベラは自然と頷いていた。

 彼のことだから、何かわけがあるのだろうとは思っていた。

 だから責めるつもりは欠片もなかったが、それを言葉にすべきだと気づいてイザベラは微笑む。


「どこかに行けなんて言わないわ。むしろ私の方が、離れたくないし」

「本当に?」

「ええ。昨日だってすごい目に遭ったけど、離れようとは欠片も思わなかった」

「それは少し、思った方がいいかもしれない」


 逆に言われ、イザベラはぷっと吹き出す。


「だってあなたの側にいて、危険を感じたことが一度も無いんだもの。旅をしていた頃から、周りに危機感がなさ過ぎるって言われるくらい、のほほんとしてたし」

「確かに君は、どんな危険な現場にも来てくれたな」

「あなたがいれば絶対安心だって、不思議と思えたのよね。だから魔王討伐にだってついていった」


 そして危険な相手に目をつけられた今でも、イザベラは怖いと感じないのだ。

 それはクリードが側にいて、必ず守ってくれると信じているからだ。

「こんな状況なのに母親と言い合いできるのも、クリードのおかげなの。だからあまり自分を責めすぎず、できる限り力になってくれると嬉しい」

「できる限りどころか、命の限り力になりたい」

「それはさすがに力みすぎだから、もうちょっと力を抜いて」

「わかった……」


 言いつつどこか不本意そうなクリードがおかしくて、イザベラはまた吹き出してしまう。


「あなたって、やっぱり変わってる」

「よく言われる」

「でもそういうところが、私は好きかも」


 何気ない言葉を口にした次の瞬間、ぎゅっとクリードに抱きしめられる。

 突然のことに驚いていると、本当に間の悪いことに、痺れを切らした母が部屋に入ってくる。


「あんたたち、帰ってこないと思ったら何してるの!」

「す、すみませんお母さん」

「私はあなたのお母さんじゃありません!」


 何度目かになるやりとりを繰り返しながら、クリードが腕を放す。


(……びっくりした)


 物理的に距離が近いのは今に始まったことではないが、今の抱擁は今までと何かが違った。

 その何かはわからなかったけれど、イザベラの心臓は乱れたまま、なかなか元に戻らなかった。


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