第4話
――やりきった!!
そんな言葉が背後に見えるどや顔で、クリードはカイナの前に立っていた。
オロロとの騒動があったものの、やはりクリードにかかればあれほどの仕事は造作も無かったのだろう。
その日の夕方にはすべてを終え、報酬を手にクリードは戻ってきた。
家でお茶をしていたイザベラとカイナはその速さに唖然としていると、「褒めて褒めて!」と全身で訴える犬のように、クリードが近づいてくる。
「終了の証と報酬です。あとフジツボを倒したお礼に、追加でもらった牡蠣もあります」
「は、はあ」
目の前で起きたことが信じられないのか、カイナはぽかんとしている。
まあ、そうだろう。
明らかに常人には無理な量である。
「……これで、お嬢さんと――」
「まあ、勇者様ならこれくらい余裕だったわね」
カイナがこぼした言葉に、イザベラとクリードは同時に息を呑む。
母は今確かに「勇者」とそういった。
「えっ、あの、お、俺は……」
「勇者様でしょう。さっきこの子、クリードって口走っていたし」
そういえば、カフェで自分がクリードをどう呼んだかの記憶が無い。
冷や汗をたらしていると、カイナがジト目でイザベラを睨んだ。
「そもそも、どうして隠したの?」
「お、お母さんだけに隠してるんじゃないの。今その、クリードは秘密の休暇中みたいな感じで……」
「だとしても、交際相手ならちゃんと教えなさい」
「だ、だって! 初対面が最悪すぎたし、言っても信じないと思って!」
何せビキニアーマーで、乳首までポロリしてしまったのだ。
「『お母さん、お付き合いしている勇者のクリードさんです』なんて、さすがにあの状況では言えないよ」
「……まあ、そうね」
この件に関しては、母も素直に納得したらしい。
ビキニアーマー様々だ。
「それに、勇者とお付き合いしてるなんて、お母さん信じないかなって」
「そうね、信じられないわ。でも……」
そこで母は、イザベラとクリードを交互に見つめる。
「この目で見てしまったら、信じるほかないわ」
「じゃあ、交際を認めてくださるんですか!」
身を乗り出すクリードに、カイナはキリッとした顔で腕を組む。
「それとこれとは別です」
「う、うぅ……」
「でもまあ、あなたたち二人の気持ちはわかりました」
不本意だけど……と付け加えつつ、母は腕を組んだ。
「だから私が帰るまでの間に、認めさせなさい」
「帰るまでって、お母さん何日いるつもり?」
「早めに来られたから、三日はいるわ」
「えぇ……」
「うんざりするんじゃありません! 二人のこともそうだけど、イザベラがちゃんと生活をしているかも見たいし」
「してるよ」
「とかいって、どうせ三食ビスケットとか食べてるんでしょ」
うぐっと、今度はイザベラがうなだれる番だった。
「大丈夫ですお母さん、食生活は俺が改善しようと思っています」
「なら早速何か作りなさい。栄養と味がちゃんとしているか、確認させてもらうわ」
「もちろんです! 気合いを入れて作ります」
言うなりクリードとカイナは、二人してキッチンに向かってしまう。
(とりあえず、よかったのかしら)
クリードは生き生きしているし、母の表情も来たときより大分和らいでいる。
それにほっとしていると、まるで測ったかのように見覚えのある顔が部屋に入ってくる。
「一件落着か?」
愛らしい顔に横柄な表情を載せているのは、ロットだ。
子供の姿だが、王子としての顔を隠しもしない。
「まあ、一応は……。でもお母さん、しばらく居座るみたいで」
「丁度いいんじゃないか? 兄上は女性をたらすのが上手いから、すぐにお前の母君のことも懐柔するだろう」
「お母さん、顔のいい男に弱いみたいですしね」
「似たもの親子だな」
「そう、みたいです……」
うなだれると、そこでふっとロットが笑う。
「だからまあ、そう心配するな。兄上は約束を守る男だし、彼氏役も立派に果たすだろう」
「その話も筒抜けなんですね」
「俺はお前と兄上の監視役だからな。それに今は護衛役でもある」
そう言って胸を張る姿は子供のせいで少々迫力が無い。
「……信じてない顔だな」
「いや、その姿だとどうしても……」
「俺はミゲル老師にも並ぶ魔法使いだぞ。今だって暗殺者たちからおまえらを守ってやっている」
「そ、それはお手数を……」
「まあ、守ると言っても昨日の残党を何匹か処理しただけだけどな」
「やはり他にも、クリードを狙う者たちが?」
「ひとまずすべて排除したはずだから、そう憂うな。この街に結界も張ったし、安心して母親に苦労させられていろ」
そう言いながら、ロットは「そうだ」と懐に手を差し入れる。
「ミゲル老師がお前と話したいと言っていたんだが、いいか?」
「もちろんです」
差し出されたのは、通信用の魔法鏡だ。
それを手にした途端、見覚えのあるハゲ頭が鏡いっぱいに映し出される。
「ろ、老師?」
「おお、イザベラ! 元気か?」
「老師、お顔が見えません」
「ああっ、すまんすまん! 今ちょっと部屋が散らかっていてな」
何やら騒々しい音が響いた後、懐かしい顔が鏡に映る。
「ご無沙汰しております」
「息災のようで何よりだ。して、クリードは?」
「いま、私の母に捕まっていて」
「それは好都合だ、お主に少し話を聞きたかったからな」
柔らかな相好のまま、「二人きりで話を」と促される。
ロットが頷くのを見て、イザベラは鏡を手に自室に入る。
「それで、お話というのは……」
「クリードのことだ、実は――」
何か言いかけるも、そこで急にミゲルの口が妙な角度に曲がる。
「……ん、むぅ」
「ろ、老師?」
「……ん、ぬぐふぅ……ん、だめ……か……」
何とも珍妙な顔になったミゲルを見て戸惑っていると、彼は大きく肩を落とした。
「お主に伝えたいことがあったのだが、ちと呪いにかかってしまい、この通り大事なことが話せぬのだ」
「『言えずの呪い』ですか」
言えずの呪いとは、特定の事柄に関する話を他人にできなくなるという呪いだ。
主に秘密を守るために使われる物だが、かつてこの呪いを悪用し、人々の言論を封じた王が現れて以来、使用を禁止されている。
「実は、ある呪いに関する情報を秘匿とするため、わしは呪いをかけられてしまってな」
「解呪は出来ないのですか?」
「残念ながら、容易い呪いではない」
「私なら何かお手伝いできませんか?」
「いや、お主の手を煩わせずとも時間がたてば自ら解ける。それよりも見てもらいたい物があるのだ」
言うなりミゲルが腕を振ると、突然目の前に一冊の本がポンッと現れる。
「それは、ある呪いに関する記録だ」
「拝見します」
本を開いた途端、目の前に浮かび上がったのは禍々しい紋章だ。
「これは、前魔王の……」
「残した遺物にかかっていた呪いだ。正確にはそれを模写した物だが」
ページをめくるたび、禍々しい紋章は様々な形となり、邪悪な魔力を放ち続ける。
模写なので害はないものの、その複雑さには目を見張る物があった。
「これを、お主は解けるか?」
「解ける……とは思いますが」
「どれほどかかる」
「ぱっと見たかぎり、1ページ分を解ききるのに二日」
ざっと見た限り本は200ページはあるので、約300日で一年とするナムザの日時に換算すると、一年以上は絶対にかかるだろう。
「イザベラの腕でも、それほどかかるか」
途端に渋い顔をするミゲルに、イザベラは視線を戻す。
「急ぎの案件なのですか?」
「ああ。さらに、実際に解呪に使える時間は五分しかないのだ」
「この数を五分で解けと?」
「事前に解がわかっていても、やはり難しいか……」
「不可能だと思います。呪い一つ一つが非常に繊細ですし、一手間違えれば解呪者は――」
「死ぬ」
ミゲルの言葉に、イザベラは息を呑む。
そして同時に、背筋が凍えるような嫌な予感を覚えた。
「これは、何の呪いですか?」
「それは口に出来ぬのだ」
「では、誰にかけられた呪いですか?」
「それも言えぬのだが……」
ミゲルは、そこで完全に沈黙した。
でもその痛ましい顔で、わかってしまう。
「この本を――呪いを読み解けば、私の知りたいことはわかりますか?」
「わかるだろう。だが、お主の言葉が事実なら読むのを勧めはしない」
「なぜです」
「絶望することになるからだ」
それでも、イザベラの手は自然と本を強く握りしめていた。
「この本を、お貸し下さい」
「いいのだな」
「そう言うとわかって、老師は連絡をしてきたのでは?」
イザベラの言葉に、ミゲルは困ったように笑う。
「今すぐ取りかかります。ただ少し、老師のお力を借りたいです」
「出来ることは何でもしよう」
「でしたら、欺きの魔法をかけてください。これを解いていると、クリードに知られたくないので」
「よかろう。だが余りその本に深入りしすぎず、あいつとの時間も大事にせよ」
そう念押しされる理由を察しながら、イザベラは本を手に頷いた。




