第3話
「その名で呼ぶということは、まだ気づいていないのか?」
ロットの言葉に、イザベラはただただ戸惑う。
「き、気づいていないって……?」
「かつて共に旅をしたのに、すっかり“僕”のことを忘れているようだな」
苦笑を浮かべ、ロットがゆっくりとこちらに近づいてくる。
その周囲に光の粒子が集まった次の瞬間、ロットの身体が光の中で変化する。
驚くべき光景を見て、ハッと息を呑んだのはクリードだ。
「まさか、シャルロット……お前か……?」
「顔を見れば、そんなことはすぐわかるだろう」
イザベラの前に立ち、憮然とした顔で腕を組んでいたのは、この国の第一王子シャルロットだ。
イザベラと同い年のこの王子は、クリードと共に魔王討伐にも参加していたため、その顔には見覚えがある。
と言っても、あまりに恐れ多くて、パーティにいた頃は自分から近くに寄ることができなかったが。
「でも、何でロットが……?」
「それも含めて色々説明したいが、ここは少々血なまぐさすぎる。部下に後処理を任せるから、お前の店に戻るぞ」
そう言ってシャルロットが軽く指を鳴らした瞬間、足下から光があふれ、世界がまばゆく輝く。
教会に連れてこられたときとは真逆の、光を用いた転移魔法だ。
心地よい風と共に光が弾ければ、イザベラたちの身体は家へと舞い戻っていた。
「相変わらず、派手な魔法だな」
ぽつりと、そうこぼしたのはクリードである。
その言葉に、シャルロットは不満げだ。
「腕力に任せて人を殺すしか能がない兄上には言われたくない」
「さっきのは、頭に血が上っていたからだ」
「たかが女一人さらわれてあのざまとは、勇者の名が泣くぞ」
「たかがじゃない、イザベラは一番大事だから仕方ない」
さらりととんでもないことを言われて、イザベラは赤面する。
一方で、二人のやりとりを聞いていると少しほっとした。
(このやりとり、なんだか少し懐かしいかも)
パーティにいた頃から、二人はよくこうして言い争いをしていた。
だが決して、仲が悪いわけではないのだ。
口は悪いが、シャルロットはクリードを慕っているようだったし、クリードもなんだかんだ相手をするのが楽しそうだった。
『君は僕に失礼だな、もっと敬え!』
などと言いながらクリードに張り付く彼は、構ってほしい犬のようで可愛かったが、とてもではないが王子にそんなことは言えない。
犬と重ねてしまったことへの後ろめたさもあり、イザベラは極力シャルロットに近づかないようにしていたが、考えが漏れていたのか彼から睨まれたことは何度かある。
そしてあのときと同じ鋭い眼差しを、シャルロットはイザベラに向けてくる。
「しかし君も君だ、あんな低俗な転移魔法に引っかかるなんて」
「うっ、すみません……」
「兄上が王族だとわかった時点で、こうした襲撃が来ると備えるべきだろう」
「でもあなたが……というかロットが家に来たのだと思って」
「僕に責任転嫁するつもりか?」
「いえ、あの、そんなことは……」
しどろもどろになっていると、クリードがイザベラを守るように前に出る。
「こうした可能性を考慮しなかったのは俺も同じだ。自分が狙われていることを失念していた」
「なら以後気を付けるんだな。兄上の立場は、今とても微妙なんだ」
シャルロットに叱られ、「面目ない」とうなだれるクリード。
そんな二人のやりとりを見ていたイザベラは、クリードの素性に関してまだ知らぬことがあるのだと気づく。
「あの、色々と事情を説明してもらってもいいでしょうか」
そして疑問をそのままにできず、イザベラはクリードとシャルロットの顔を交互に見た。
「クリードが王子だという話は聞いていたんですが、まさか暗殺者を差し向けられる状況とは知らなかったんです。……それにそもそも、なぜ王子がロットに変装していたかも気になりますし」
「変装ではなく、僕がロットなのだ」
「えっ、じゃあお隣のおうちは?」
「あれは幻だ。お前の監視を行うため、僕が魔法でお前の目を欺き、ロットという少年のふりをした」
「で、でもなんで……」
「先ほどの件でわかったと思うが、兄上は君に執着している。その理由を探るため、そして君の存在が明るみに出たときに起きる問題を解決するためだ」
つまりはじめから、ロットという少年はいなかったのだ。
(でも言われてみると、なんか変な子だとは思っていたのよね……)
妙に距離感が近かったし、人との接し方が変だと思うこともあった。
あれは監視のためだったに違いないと、今はわかる。
(あと純粋に、この人の距離感が変な可能性はあるけど)
パーティにいた頃から、王子にしては距離感が近い男だった。
主にクリード相手にだが、懐いた相手にはべったりになるというか、パーソナルスペースの取り方がかなり独特になるのだ。
「案の定、君は問題に巻き込まれた。あいつらは君を囮にしようとした、違うか?」
「まさにその通りです。私を盾にすれば勝てると思っていたようで……」
「浅はかだな。むしろ本気で怒った兄上は、手をつけられないというのに」
そういうシャルロットの目には、鮮血を浴びたままのクリードの姿がある。
「兄上も兄上だ、せっかく敵の正体をあぶり出すチャンスだったのに、簡単に殺すな」
「でもイザベラを……」
「兄上がいればこの女が死ぬことなんてあり得ないだろう。だから今後は冷静に対処しろ」
「ま、待ってください。今後があるんですか?」
イザベラが尋ねると、シャルロットが渋い顔で頷く。
「庶子である兄上の存在を快く思わない者は多いからな」
「だからって、殺すなんて……」
「国民には見せていないが、王位継承にからんだいざこざは昔からある。さらにうちは血統主義が強い故、兄上のような存在は疎まれがちだ」
魔王の侵攻を除けば、ナムザは平和な国だと思っていたイザベラにとって、シャルロットの言葉は驚くべきものだった。
(でも思えば、うちの国って王子が亡くなること……多いかも……)
それらはすべて、魔王討伐やダンジョンの攻略に失敗したことが原因だった。
だが、もしかしたら真実は違ったのかもしれない。
「クリードは、このまま命を狙われ続けるんですか?」
「……だろうな。一部の者は、兄上が王位を望んでいると思っている。そしてもし庶子が王座に就けば、国が乱れると考える馬鹿もいるのだ」
せっかく平和が訪れたのに、あんまりだとイザベラは思う。
「静かに暮らしたいという考えは尊重したいが、城に戻ることも検討した方がいい。あそこなら、大手を振って暗殺などできないはずだからな」
シャルロットの言葉に、クリードがぐっと拳を握る。
余りに辛そうなその顔を見て、イザベラは思わず彼の手をとっていた。
「今後は私も気をつける。だからクリードは、クリードの好きにしていいからね」
イザベラの言葉にクリードは弾かれたように顔を上げた。
「お城、帰りたくないんでしょう?」
「だが、ここにいれば君を危険な目に遭わせる」
「でもちゃんと、守ってくれたわ」
そしてそれは今回だけではないと、イザベラは断言できる。
「さっきだって、目が覚めたらすぐあなたが来てくれたから、怖い思いも殆どしていないし」
「だが俺が、怖がらせたのではないのか?」
「……死には慣れないけれど、あなたとの旅で少しは耐性がついているわ。それに怖いというより、私のせいであなたの手を汚したことが申し訳ないって気持ちの方が強いの」
クリードが自分を大切に思い、過保護なことはもうわかっている。
だからきっと、さらわれたのがイザベラでなければ彼はもう少し冷静でいられただろう。
「むしろ次同じ事があったら、あなたを止められるようにしなきゃね」
言いながら、イザベラは持っていたハンカチを取り出し、彼の汚れた頬を拭く。
だが時間がたってしまっているせいか、血は簡単に落ちない。
「とりあえず、お風呂入る?」
「一緒に?」
「なっ、何で一緒!?」
「君も汚してしまったから」
確かにイザベラも、血しぶきがかかっている。
「すまない、気持ち悪いだろう」
「意外と平気。パーティにいた頃も、目の前であなたが野盗や魔物をバッサバッサ切り倒していたし」
「まあ確かに、君を汚したことは何度もあったか……」
浮かない顔のクリードに、イザベラは苦笑を浮かべる。
「汚れたのなら、洗えばいいのよ」
「なら、君を洗いたい」
「そ、それはちょっと……」
彼のことだから、文字通り他意はないのだろう。
変なところで責任感が強いから、きっとイザベラをこのままにしておけないと思っての発言に違いない。
「い、いいよ! 自分の事は自分でするから、とりあえずクリード入って!」
「せめて、君が先だ」
「ううん、クリードの方が……」
「汚れているからこそだ。それに洗うのが駄目なら、シャルロットと話すこともある」
その言葉で、イザベラは「一緒に」発言に驚くあまり、彼のことを忘れていたと気づく。
案の定、空気にされていたシャルロットは見るからにご機嫌斜めだ。
「僕を無視して、イチャイチャするのはやめろ」
「イチャイチャはしていません!」
「……自覚がないところが、余計に腹が立つ」
くそっ! と王子らしからぬ悪態をついてから、そこでシャルロットがもう一度指を鳴らす。
次の瞬間にはイザベラの身体が風呂場に転移し、目の前にあるバスタブには一瞬でお湯まで張られていた。
「これは、いいから入れってことね……」
そしてもしかしたら、自分に聞かせたくない話をするのかもしれない。
(多分だけど、クリードたちはまだ何か隠している気がする)
でも王家のことならばそれに軽率に踏み込むこともできない。
何もできない自分にため息をこぼしながら、イザベラはバスタブに張られた湯にそっと手をくぐらせた。




