第2話
――必ず、悲願を……。
――、だが正面からでは――。
――にすれば、勝機は――――。
遠く、途切れ途切れに声が聞こえてくる。
その声で意識を覚醒させたイザベラは、転移魔法による魔力酔いを感じながら目を開けた。
(こ、こは……?)
かすんだ目で辺りを見れば、そこは朽ちた教会だった。
周囲は暗く、上を見れば落ちた天井の向こうに星空が見える。
(わたし、いつから……ここに……)
いくつもの戸惑いを抱え、イザベラは身体を起こそうとする。
「……うっ」
だがガシャンと金属音がなり、イザベラは再び地に伏してしまった。
見れば、崩れかけた柱から伸びた鎖と枷が手足を捕らえている。
「目覚めたか」
低い声が、イザベラに向けられたのはそのときだった。
声の方を向けば、仮面で顔を隠した者たちがこちらを見ている。
体格からして男のようだが、素性はわからない。
でもきっとまっとうな人間ではないと、イザベラは感じた。
「ここは……? それにあなたたちは誰ですか?」
答えてくれない気がしたけれど、疑問を抑えきれず問いを重ねる。
案の定しばし沈黙が続き、その後男の一人がイザベラの側へと近づいてきた。
「答えられぬが、抵抗せねば生かしてやる」
「勝手に連れ去り、手枷をはめるような相手を信じろと?」
「大義のためなのだ。あの化け物を殺すためには、君の存在が必要だった」
「化け物?」
「君にも、心当たりがあるだろう」
誰のことを言っているのか気づいた瞬間、イザベラの胸に湧き上がったのは怒りだ。
「あの人は化け物じゃない」
「魔王をも倒した力は驚異だ。生かしておけば、あれは国を脅かす」
「そんなこと、彼はしないわ」
「そう思わせているだけだ。だからこそ、今すぐ殺さねばならない」
男の口からこぼれるのは強い殺意だ。
なぜ、彼がクリードをここまで危険視し、排そうとするのかはわからない。
だがそれが間違っていると、そして絶対に男の願いが叶わないとも、イザベラは断言できる。
「あなたがどこの誰でも、クリードには敵わないわ」
「弱点さえ突けば、勝機はある」
言いながら、男はイザベラの肩をつかむ。
(もしかして、私が弱点だと言いたいの?)
だとしたら思い違いも甚だしいと、イザベラは笑った。
むしろ彼らは、絶対に手を出してはいけない相手に手を出したのだ。
「やっぱりあなたたちに、勝ち目はないわ」
男が小さく首をかしげた瞬間、すさまじい轟音がその場に響く。
「だってクリードは、必ず“約束”を守るもの」
――刹那、激しい風がすべてをなぎ払い、建物の倒壊音が耳を襲った。
(……ッ、すごい風……)
突然の強風にイザベラは一瞬目を閉じる。
そして目を開ければ、周囲の世界は一変していた。
気がつけば、自分がいたはずの教会が、目の前から消え失せている。
床だけは残っているが、建物の面影を残す物は影も形もない。
「……貴様ら、よくも……」
すべてが消えたその場所で、風の魔力を纏いながら立っていたのはクリードだった。
彼の目は怒りに染まり、背筋が冷えるほどの殺気を放っている。
(もしかして、今の一瞬で教会を吹き飛ばした?)
信じられないことだが、クリードならやれる。
改めて彼の強さを実感したとき、側にいた男もまた息を呑んでいた。
多分彼らは悟ったはずだ、自分たちでは目の前の勇者には勝てないと。
しかしそれでも、男は負けを認めなかった。
「……っく!」
イザベラを羽交い締めにし、男はナイフを引き抜く。
「動けば、この女を斬る!」
男の言葉を合図に、彼の仲間たちも剣を抜く。
――しかし勝負はもう、決まっていた。
「彼女に気安く触れるな」
遠くにいたはずのクリードが、次の瞬間には男の鼻先に立っていた。
男が息を呑む間もなく、クリードはその腕を容赦なく切り伏せた。
同時に逞しい腕が、イザベラを窮地から救い出す。
「少し待っていろ、すぐ全員殺す」
イザベラは、こんなにも怒ったクリードを見るのは初めてだった。
彼はいつも穏やかで、危機的状況にも冷静に対処していた。
しかし今は、イザベラを救っても収まらぬ怒りに、顔を歪めている。
「この化け物め!」
イザベラを盾にしようとしていた男が体勢を立て直し、剣を構える。
だが刃は、振り下ろされることはなかった。
振り上げた腕を、クリードが魔剣で両断したのだ。
男の絶叫に紛れて、さらに三つの影がクリードに迫るも、勝ち目がないのは明らかだ。
人を殺すには美しすぎる一閃により、男たちは次々と倒される。
そしてイザベラは、それをただ見ていることしかできなかった。
「……もう、安全だ」
むせかえるような血のにおいの中、クリードが雑に魔剣を手放す。
そして空いた手をイザベラに延ばしたところで、自分が血まみれだと気づいたのだろう。
ようやく正気に戻ったのか、彼は慌ててイザベラから離れようとする。
その顔に浮かんでいたのは、恐怖だった。
わずかに身体を震わせ、拳を握りしめる彼は、誰よりも怯えていた。
「クリード、こっちに来て」
だからイザベラは、彼に手を伸ばす。
「……だが」
「枷が外せないの、だから来て」
クリードをまっすぐに見つめながら、イザベラは希う。
すると彼はゆっくりとイザベラに近づき、軽くひねっただけで枷をねじ切ってしまった。
「傷が……」
枷ですれたのか、足首には傷がいくつかできている。
でも傷を負ったイザベラよりも、無傷のクリードの方が痛そうな顔をしていた。
それが見ていられなくて、枷を取ってくれた彼の手をイザベラは握りしめる。
「これくらい問題ないわ。それよりあなたは平気? ケガはしていない?」
「大丈夫だが……」
そこで、骸となった男たちをクリードは見つめる。
「手加減が、できなかった」
悔やむような声に、イザベラは言葉を迷う。
気にするなというには、あまりの惨状だった。
でもそれでも、イザベラはクリードの味方でいたかった。
「クリード」
慰めの言葉の代わりに、イザベラは優しく名前を呼んだ。
そして震えるその身体をそっと抱きしめる。
「君が汚れてしまう」
「私のために汚れてくれたんだから、いいのよ」
さらわれたのが自分でなければ、彼はここまで怒らなかっただろう。
この男たちもそれをわかっていてイザベラを連れてきたのだから、因果応報だ。
「ねえ、この人たちが誰かはわかる?」
「……多分だが。王族に仕える間者だ」
「間者って、諜報や暗殺を行う?」
「……ああ。きっと俺を殺しに来たんだと思う」
クリードの言葉に、イザベラは彼の素性を思い出す。
今はしがらみから解放されたと言っていたが、もしかしたら事態はもっと複雑なのかもしれない。
「すまない、君を巻き込むとは思わなかったんだ。ここに来るまでに、すべてにケリを――――」
「ケリなど、簡単につくわけがないだろう」
クリードの言葉を遮るように、新たな声が響く。
驚いていると、何者かは嘲るような笑い声をこぼした。
「まったく、油断するなとあれほど言っていたのに」
クリードが、警戒を促すように剣を持ち上げる。
油断のない視線の先をイザベラも追うと、闇の奥から小さな影が歩み出るのが見えた。
「えっ、ロット?」
現れた人物にイザベラが驚けば、ロットは今まで見たことのない大人びた顔で笑った。
「その名で呼ぶということは、まだ気づいていないのか?」




