第1話
穏やかな寝息を立て、クリードがいつもよりあどけない顔で眠っている。
(でもやっぱり、まだ顔色が悪いわね……)
熱の残る額に氷嚢を置きながら、イザベラはそっとため息をついた。
3日前に倒れてから、クリードは熱を出して寝込んでいる。
病院での診断結果は過労。
クリード自身も「ここに来るまで休みなしで働いていたからだろう」と口にしていた。
けれどその言葉を、イザベラは信じ切れずにいる。
クリードが苦しみだしたとき、イザベラは彼の身体に呪いの兆しを見た。
ただ一瞬のことだったため、その詳細はつかめなかった。
その上今はもう、いくら目をこらしてもそれは見えない。
(多分だけど、クリードが隠している気がするのよね)
そうでなければ、イザベラが呪いを見過ごすはずがない。
そしてやっかいなことに、クリードならそれが可能なのだ。
前にも、彼はイザベラに呪いを隠したことがある。
ダンジョンのトラップに引っかかり、体力を削り続けるという呪いをもらってきたときだ。
そのとき、あろうことか彼は「かっこ悪い」という理由でそれを隠した。
『勇者が罠にかかったなんて知られたくなかった』
そんな言い訳をされたときは二度とするなと怒ったが、あのときと同じことをくり返しているに違いない。
(前のときは些細な呪いだったからよかったけど、今回はそうと思えない)
突然苦しみだした時の様子は、尋常ではなかった。
そのあといろいろなことがあって深く追及はできなかったが、あれは絶対に呪いのせいに違いないとイザベラは確信する。
(でも聞いてもはぐらかすばかりだし、どうすればいいんだろう……)
思わず悩んでいると、そこでクリードの目が開く。
「起きた? 具合はどう?」
「……ああ、だいぶよくなってきた」
言うなり起き上がろうとするクリードを、イザベラは慌ててベッドに押さえつける。
「まだ寝てなきゃダメよ」
「だが、そろそろ夕食の時間だろう」
「食べ物ならロットが差し入れてくれたの。消化にいいものもあるから、すぐ用意する」
「俺の食事より、君の方が心配だ。まさかとは思うが、ビスケットで済ませていないよな」
無意識に、イザベラは顔を背けた。
「イザベラ」
「だ、だって、あなたが気になって側を離れられなかったし、手軽に食べられるのがなかったんだもの」
「……やはり、何か作る」
「今日は大丈夫! ロットにも同じことを言われて、あなたの食事と一緒にサンドイッチを持ってきてくれたの」
「野菜は、ちゃんと入っているか?」
「野菜もお肉もたっぷりだった」
ならばいいと、ひとまずクリードは納得してくれる。
(いや待って、私が責められるのおかしくない!?)
むしろ今は、クリードこそ責められるべきだ。
「それより、いい加減話してほしいんだけど」
「キスのことか?」
「呪いのことよ!」
キスのこともちゃんと話したいけれど、今はとにかくクリードの体調が心配だった。
「それよりキスの話がしたい」
「倒れた理由、ちゃんと教えてくれないとだめ……」
「キスしてくれたら言う……かもしれない」
「そんな曖昧な言葉で誤魔化されないから!」
そう言ってきつく睨むと、クリードが困ったように視線を泳がせる。
「本当に、体調不良が原因だ」
「そうとは思えない。だってあなた、呪いのことで何か隠しているでしょう」
「前も言ったように、この呪いは俺を素直にするだけのものだ」
「ならなぜ、隠すの?」
「かかった理由が特殊だからだ。それを君に告げるかどうか、悩んでいた。言えば多分、君の俺を見る目が変わってしまうから」
吐き出された言葉は苦渋に満ちていて、イザベラは踏み込むことにためらいを覚える。
(少なくとも今の言葉は、嘘じゃない気がする)
でもやはり、ちゃんと話してほしいという思いも消えない。
「内容によっては、確かに驚いたり焦ったりはするかもしれない。でもクリードはクリードだし、何かが変わることはきっと無いわ」
「ならば、聞いても俺から離れていったりはしないか?」
「ええ、離れないわ」
離れようとしたって、きっともう無理だ。
だってパーティを引退した頃よりもずっと、クリードへの想いは深くなっている。
それに彼が苦しみだしたとき、イザベラは気づいたのだ。
もしも彼がいなくなってしまったら、自分は耐えられないと。
「だから教えて。私が去ったあと、何があったの?」
問いかければ、クリードは覚悟を決めたように息を吸う。
そしてゆっくりと身体を起こし、イザベラをまっすぐに向き合う。
「君が去った直後、俺はナムザの国王に呼び出されたんだ」
「国王に?」
「ああ。そしてそこで告白されたんだ『お前は私の子だ』と」
さすがにその言葉は予想外すぎて、イザベラは息を呑む。
信じられない話だが、クリードがこんな嘘をつくとは思えない。
「つまり、クリードは王子様?」
「そうだ。かつて王は――父は、侍女の一人と恋仲になった。結局結ばれず侍女は城を去り、そこで息子を産んだ」
「それが、あなたなのね……」
「俺自身母の顔など覚えていないが、父は俺の顔に面影を見たらしい。勇者の試験を受けるようにと言ったのも、鑑定魔法を使って血縁関係を調べるのが本当の狙いだったそうだ」
だが勇者としての才能が露見し、それどころではなくなったのだと彼は言う。
表向き、彼が勇者の試験を受けたのは冒険者として名をあげたからだとされていた。
だが思えば、その話は急に湧いて出たものだ。
勇者となる者は、生まれてすぐ特別な才能や魔力が顕現し、国に保護されることが殆どだ。
幼い頃から目をかけられ、才能を伸ばし、年頃になると『勇者』に任命され、人々を守る戦いに送り出される。
冒険者から勇者になることもなくはないが、かなり稀だった。
「早い段階で血縁関係はわかっていたようだが、黙っていたのは勇者として身を立ててからの方が公表しやすいと考えたんだろう。庶子とはいえ、それが救国の英雄ならむしろ箔がつくとか思ったんだろうな」
そして魔王を倒して程なく、王は突然クリードを呼び出し自身との関係を告げたのだと言う。
「言われてみると、銀色の髪とか顔立ちは陛下に似ているかも」
「だが俺自身は血のつながりを感じられないし、この関係を喜べないんだ。親なんていないと思って生きてきたし、生きていたとしても会いたいと思ったことはなかったから」
淡々とした声で言い切ってから、ふと不安そうな顔でクリードがイザベラを見る。
「……こんなことを言ったら、冷たい人間だと思われるだろうか」
「ううん、そんなことないよ」
家族を持つイザベラからしたら、彼の言葉を寂しく感じるのは事実だ。
でも、だからといって彼を冷たい人間だとは思わないし、考えを否定しようとは思わない。
「クリードにはクリードの考えがあって、それは尊重すべきだし周りも受け入れるべきだと思う」
「同じように、父たちも思ってくれればよかったんだがな……」
「もしかして、揉めたの?」
「死んだ者として扱ってほしいと言ったのだが、そうもいかないと言われた。父は世間に公表するとか言い出して、それを止めようとする周りとで揉めていたよ」
本当の子供たちもいるしな……と告げるクリードの言葉に、イザベラはこの国の王子たちの姿を思い出す。
現国王には3人の子供がおり、みな有能な跡取りだとされている。
特に優れた魔法使いでもある第一王子は先の魔王討伐にも協力し、クリードのパーティにも名を連ねていた。
いち庶民のイザベラは近づくことすらできなかったけれど、彼の魔法も魔王討伐に一役買ったのは間違いない。
故にクリードとも友好な関係を築いていたように見えたが、それも変わってしまったのかもしれない。
「ある者は俺を王にと言いだし、ある者は王家の恥だと敵意を向けた。あずかり知らぬところで権力争いにまで発展しかけるし、正直しんどかった」
「それが、心労の理由?」
「ああ。俺自身は国王の座なんてほしくないし、王子にだってなりたくない。なのに気がつけば王家を乱す不届き者みたいに扱われてな……」
「それは、辛いわね……」
「そんな矢先、俺はこの呪いをかけられたんだ。たぶん、王座に興味が無いという言葉を確かめるため、誰かがかけたんだろう」
彼の呪いは気持ちに嘘がつけなくなるという。
ならば胸中を知るため、誰かが呪いをかけたと考えるのが自然だ。
「まあこの呪いのおかげで、俺の望みは父たちに伝わったから結果的にはよかった。イザベラの側に行きたい、一緒に暮らしたいと1日中まくし立ててたら『どうぞどうぞ』って感じになったし」
「い、一日中?」
「我ながら鬱憤もたまってたんだと思う。王座なんてどうでもいいとぶちまけて、俺に必要なのはイザベラだと延々喋った。イザベラはつま先まで可愛いって言った辺りで『もういいわかった』と父も納得してくれた」
「……ま、まあ、あなたが楽になったのならよかったけど」
「すごく気持ちが軽くなった。色々なしがらみからも解放されて、疲労も心労も消えた気がしてたくらいだ」
「でも、消えてなかったのね」
「そのようだ……」
「ここに来て掃除とか料理とか色々頑張ってくれてたし、倒れるのも無理ないわ」
「無理をしていたつもりはなかったんだがな」
「見えないところで疲労はたまるものだから、今後はもっと自分を労ってね」
強く言い聞かせれば、クリードはこくんと頷く。
素直な子供のような仕草に微笑ましさを感じていると、不意に来客を告げるベルが鳴る。
「客か?」
「いえ、多分ロットだと思う。私がビスケットばかり食べてるのを知って、夕飯の他にも色々持ってきてくれるって言ってくれて」
「やはり、ビスケットか」
「うっ、いや、あの……」
「これは、一刻も早く元気にならなければな」
そこでクリードはイザベラの頬に手を伸ばし、からかうように頬をくすぐられる。
「大分よくなってきたし、明日は俺がつくる」
「無理はしないでね」
「平気だ。むしろ身体を動かさないと、鈍ってしまう」
「じゃあ楽しみにしてる。私も、そろそろあなたの手料理が食べたいって思ったから」
本音を言えば、あれほど好きだったビスケットが近頃は味気なく感じるようになっている。
「じゃあ、少し外すね。ロットからご飯を受け取ったら着替えとか色々持ってくる」
「そうだな。汗をかいたし、拭くものも頼む」
「わかった、待ってて」
微笑みを置いて、イザベラは急ぎ足で寝室を出る。
そして一階の店へと降り、入り口の扉を押し開けた。
「あれ……?」
しかし扉を開けても、ロットの姿は見えない。
それどころか人の姿もなく、怪訝に思ったイザベラは一歩外に出る。
「……っ!」
その足下に、闇が広がったのは次の瞬間だった。
ずるりと身体が沈み、全身に闇が這い回る。
(これは、転移魔法……!?)
そうと気づいたときには意識ごと闇に捕らわれ、イザベラの姿はその場から忽然と消えていた。




