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パーティを引退したら、勇者様がメイド服を着て玄関に立っていました  作者: 28号
第4章:5日目のデート

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20/24

閑話:執事の異変


 世界中の可愛いものを集めても、イザベラにはきっと叶わない。

 自分の隣を歩く姿を眺めながら、クリードはそんなことを考えていた。


 二人はカフェの側にある砂浜を、手を繋いで歩いていた。


 もう一度繋ぎたいと思っていた手を、まさかイザベラの方が繋ごうと言ってくれるとは思わなかった。


(それにこのつなぎ方は、すごく幸せだ)


 二人の指は絡まり、きつく結ばれている。

 それが嬉しくて、同時にほんの少しだけ切なさも覚える。


(もっと早くこうしていれば、イザベラと本物の恋人になることもできたのだろうか)


 手を繋ぐよりもっと先へ進みたいと望む気持ちを、クリードは慌てて胸の奥に押し込める。


(彼女の側で一生料理を作る――そんな人生を歩めたとしたら、どんなによかっただろう)


 けれど胸の奥に押し込めようとすればするほど望みは大きくなり、自然と繋いだ手に力がこもる。


「クリード?」

「あ、すまない。痛かったか?」

「ううん。ただ、急に止まったからどうしたのかと思って」


 イザベラに指摘され、自分が無意識に立ち止まっていたことに気づく。


「具合、悪い?」

「そんなことはない」

「でも、なんだかいつもと違うわ」


 のぞき込んでくるイザベラを見て、クリードは少し懐かしい気分になる。


「君は、いつも俺の変化を見逃さないな」

「そう?」

「旅の間も、君にだけは不調を見抜かれていた」


 化け物扱いされることの多いクリードだが、普通に体調を崩すことはあるしケガだってする。

 けれど誰もそのことに気づかないし、言うほどのことでもないと思っていた。

 そうして、自分自身でさえ不調を見逃すようになった頃、イザベラがある日必死な形相で話しかけてきたのだ。


『クリードさん、熱があるんじゃないですか?』


 思えば長い会話をしたのは、あの夜が初めてだった。


『確かに、少しだるいな』

『少しじゃないと思います。顔色すごく悪いですし』


 まだ敬語もとれていない頃で、装備を納品しにきたクリードをイザベラは引き留めてくれたのだ。


『今日は解呪に時間がかかりそうですし、ここで少し休んでいてください』


 そう言って簡易の寝床まで作り、イザベラはクリードを無理矢理休ませたのだ。

 本当はきっと、解呪に時間などかからなかったのだろう。

 わざとらしく『あ、あれれ、おかしいなぁ……』などと言いながら時間を稼いでいる彼女が可笑しくて、笑いながらクリードは横になっていた。

 そこで初めて、思っていたよりも具合が悪いと気づき、目を閉じたクリードをイザベラは甲斐甲斐しく介抱してくれた。

 汗で濡れた頬を拭い、氷嚢を用意し、消化にいいスープを運んでくれようとして盛大に転んだ姿を、クリードは今もよく覚えている。

 思えば、孤児だったクリードにとって、こんなにも優しく看病されるのは初めてだったのだ。

 そしてそれは1回だけに留まらず、不調があればイザベラは必ず気づいてくれた。


「君はきっと、観察眼が鋭いんだな」

「そうかな? パズルはともかく、普段はいろいろなことを見逃すけど」

「でも俺のことは、見逃さずにいてくれた」


 そしてそういうところに自分はきっと惹かれたのだろう。


(ああそうか、俺は……)


 今更過ぎる気づきを、クリードは苦しく思う。


「やっぱり、何かおかしいわ」


 繋いだ手を引き寄せられ、小さな手のひらが額に押し当てられる。

 この思いを悟られないよう顔を背けると、そこでふらりと身体が傾いた。



【――――ああ、ようやく未来を願ったな】



 不気味な声が、頭の奥で響いたのはそのときだった。

 次の瞬間、吐き気を伴うほどの強い頭痛がクリードを襲い、苦悶の声がこぼれる。


「クリード!」


 悲鳴のような声が聞こえたが、それに応える余裕はなかった。



【その願いが、我を目覚めさせる糧となる】



 痛む頭を抑え、地面に頽れたクリードは誰かの笑い声を聞いた。

 悍ましいその声はすぐに遠ざかっていったが、頭痛は消えず呼吸は乱れていく。

 痛みに身体を震わせていると、不意に優しいぬくもりがクリードを包み込んだ。

 細い腕がクリードの身体に優しく巻き付き、労るように背中を撫でられる。

 それだけのことで苦しみが薄れ、自分に寄りそってくれるイザベラをクリードの方から抱きしめた。


「ごめんなさい、私に回復魔法が使えたら……」

「側にいてくれるだけで……十分だ……」


 事実イザベラのぬくもりを感じていると、頭の痛みも引いていく。

 少し目眩は残っているが、あの声ももう聞こえない。

 ほっと息を吐くと、そこでイザベラの身体が離れる。


「ねえ、クリード。あなたもしかして……」


 イザベラの目が細まり、何かを探るようにクリードの瞳を見つめた。

 その瞳が捕らえようとしているのが呪いだとわかり、クリードは息を呑む。


(だめだ、これだけは知られるわけにはいかない)


 イザベラを止めようと身を乗り出すも、身体にしっかりと力が入らない。


「あっ、まだ動いちゃ――」


 ダメだと、彼女はきっと言いたかったのだろう。

 だが身体が傾いた拍子に、何か言いかけたイザベラの口をクリードは塞いでしまった。


(……やわら、かい)


 最初に頭をよぎったのは、そんな感想だった。

 そしてすぐに、ただならぬ事態に陥っていると気づく。


「す、すまない!!」


 慌てて身体を離すも、唇に残る柔らかさは消えない。


「あの、い、いま……」

「わ、わざとでは、ないんだ」


 本当に、偶然の出来事だった。

 でも至近距離で見つめ合っていると、もう一度という欲が生まれてしまう。


(いや、だめだ。気を抜けばまた、倒れかけない……)


 どうにかして正気を保たねばと思ったあげく、クリードが思いついたのは「張り手」だった。


「……くっ!」

「ちょっ、クリード!?」


 自分の頬を思いっきり手ではたけば、痛みが頭を冷静にさせる。

 ただ少し強すぎて、クラクラしたが。


「なんてことするの!」

「こうしなければ、もう一度しそうで」

「も、もう一度……!?」

「一度どころか三度くらいしてしまったかもしれない」


 言いながら既にもう、頭はまたイザベラとのキスでいっぱいになっている。


「と、とにかく病院に行きましょう。まだ顔色が凄く悪いし」

「……そ、そうだな」


 病院に行ってもこの不調は解決しないとわかっていたけれど、ひとまず話を合わせておく。

 だがその間も瞳は自然と、イザベラの唇に吸い寄せられる。


(だめだ、もう一度頬をはたいた方がいいかもしれない)


 消えない邪念を払うため、クリードは手を持ち上げる。

 途端に、イザベラが慌てふためきながら腕を掴んできた。


「自分をはたくのは禁止!」

「だが、今ちょっと邪念が」

「べ、別にキスくらい、したければすればいいし」

「……え?」


 今聞こえたのは空耳だろうか。


(それとも……“奴”の生み出す幻聴か……?)


 混乱しつつ、クリードはイザベラをまじまじと見つめる。

 すると彼女は顔を真っ赤にして、「うぅ」と唸りながらうなだれる。


「幻聴じゃなかった」


 そう思った直後、再びイザベラの方に顔が吸い寄せられる。


「い、今はダメ! まずは病院」

「いや、それどころではない」

「それどころだから! あなた絶対おかしいから!」


 だからとにかく病院だというイザベラには逆らえず、クリードはフラフラと立ち上がった。


(うん、ひとまずは……大丈夫だ……)


 もうあの声も、聞こえない。

 だけど自分で思っているよりも、“最期の時”は近いのかもしれないという予感が、暗い影を落とす。


 そして本来ならば今すぐにでもこの場を離れるべきなのに、イザベラのぬくもりをクリードは手放せない。

 それどころか、あのキスをもう一度と願わずにはいられなかった。


(俺は、本当に愚かだ……)


 でも今だけは愚かな男のままでいたいと、自分を支えてくれる小さな身体に身を委ねながら、クリードは願った。


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