第3話
ドレスに身を包み、チコルの手によって化粧をされたイザベラは、はち切れそうな心臓を抱えてクリードの待つ1階へと降りた。
逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、背後には腕を広げたチコルが道を塞いでいて、引き返すことはできない。
(か、鏡を見た限り変ではなかったし、大丈夫……)
自分で言うのもおこがましいが、化粧をして髪をあげた自分はちゃんと綺麗だった。人間、化粧でこんなにも変わるのかと驚いたほどだ。
これならばクリードの隣に立ってもいいのではと自分を奮い立たせ、イザベラは目の前の扉を恐る恐る開ける。
(あ、やっぱり無理だわ)
しかしクリードが待つ店舗に足を踏み入れた瞬間、僅かな自信は瓦解した。
入り口の戸に寄り掛かり、俯いているクリードは息を呑むほどかっこよかったのだ。
差し込んだ日の光が作り出す陰影さえも美しく纏い、まるで絵画のような光景である。
「チ、チコル……」
思わず泣きそうな顔で背後を振り返ると、チコルが静かに首を横に振った。
「ここは泣くところじゃなくて、喜ぶところだから」
「だってあんな、横に並べないよ」
「大丈夫、イザベラは自分で思っている以上に可愛いから!」
言うなりドンッと背中を押され、たたらをふみながらクリードの前に出る。
目が合うと、彼がわずかに目を見開く。
「想像よりずっと綺麗だ」
うっとりとため息までこぼして、クリードは言った。
今の彼は嘘がつけないとわかっているからこそ、その言葉に喜びと驚きを感じる。
「やっぱり、君にはその色が似合う」
「あ、ありがとう。あなたもすごく、格好いいよ」
だから緊張する……と身をこわばらせていると、そこでクリードが突然耳元に口を近づけてくる。
「褒めてもらって嬉しいが、この下はビキニアーマーだぞ」
そういえば、まだ脱げていないことを思い出す。
「……ふ、はっ」
自然と笑い声がこぼれれば、クリードの目が優しく細まった。
「今日はこのままで勘弁してくれ」
「むしろ着ていた方がありがたいかも」
「でも君のお母さんが来るまでには、脱がせてくれよ」
「うん、頑張るね」
頷くと、そこでクリードが店の扉を開ける。
「じゃあいこうか」
当たり前のように手を繋がれ、クリードに導かれながら外に出る。
「そういえば、どこに行くの?」
「この街で有名なデートスポットだ」
「えっ、そんなところあるの?」
「ロットに聞いたから、多分間違いはない。朝食をしっかりとれなかったから、まずはブランチをしよう」
手を引かれ、丁度来た路面電車にイザベラたちは飛び乗る。
電車は少し混んでいたが、人にもまれないようにクリードがさりげなく壁になってくれた。
(こういうところ、優しいんだよね)
クリードの仕草に、ふと昔の事を思い出す。
「そういえば、旅の馬車でもよくこうやって壁を作ってくれたね」
旅の中で一番大変だったのは、馬車での移動だ。
入れ替わりはあったけれど、基本的にダンジョン攻略には8人から16人ほどで挑むことが殆どだった。
街で同じ目的の冒険者や勇者を探し、みなで馬車に乗って移動をするという流れである。
装備などの荷物などを乗せると最低でも2台の馬車を使うが、時折馬車が借りられず16人でひとつの馬車に乗ることになってしまった。
そうなると、前線に出ないイザベラのような存在は、狭い場所でじっとしていることになる。
そしてあの日は特に居場所がなく、食料の入った袋の間に押しつぶされそうになりながら縮こまっていた。
馬車が揺れるたびにのしかかってくる袋は重くて、内心泣きそうになりながら耐えていたとき、クリードがそれをどけてくれたのだ。
「いつも思っていたが、君は狭い場所に入りすぎだ」
「下っ端が、広い場所に陣取るわけにはいかないじゃない」
「君は大事な仲間だし、遠慮などする必要はなかったのに」
クリードはそう言うが、潰れたところで支障のないポジションだ。むしろもまれるくらいが丁度いいはずなのに、彼はいつもイザベラを見つけ出して、荷物や人から守ってくれた。
「今後はもう、狭い場所には入らないでくれ」
「もう旅はしないだろうし、窮屈なのは満員電車に乗るときくらいよ」
「なら乗るときはこうして守るから、必ず声をかけてくれ」
「クリードって、やっぱり過保護よね」
「君を守ると――傷つけない約束したのだから、当然のことだろう」
そう言ってくれる彼だから、自分はきっと恋に落ちたのだろう。
そんな気づきを得ていると、不意に電車が大きく揺れる。
「……ッ、平気か?」
倒れそうになる身体を抱き寄せられ、耳元で囁かれた。
距離の近さに焦っていると、そこで背中を優しく叩かれる。
「危ないから、俺に掴まっていてくれ」
大きな坂道にさしかかったこともあり、傾く電車の中で身体を支えるにはそうするほかない。
だがわかっていても、彼に触れると緊張してしまう。
(平常心、平常心……)
呪文を唱えるようにくり返しながら、跳ねる心臓を落ち着かせるために、クリードのビキニアーマー姿を思い出す。
「この下はビキニアーマー、ビキニアーマー」
「聞こえているぞ」
心の声がこぼれたせいでクリードには渋い顔をされたが、イザベラの心はどうにか落ち着いた。




