閑話:執事の提案
人間、どんなことも続けば慣れる。
シャワーを浴びたばかりのクリードは、昔誰かに教えられた言葉の意味を、しみじみと実感していた。
最初は窮屈に感じていたビキニアーマーも、半日もすれば自然と馴染んでくる。
シャワーを浴びる最中は少し邪魔だったが、魔法の布はタオルで拭かずとも自然と乾き、今はもうその存在感を消している。
(いや、慣れてしまっていいものだろうか)
身体を拭いたクリードは、恐る恐る洗面台の鏡の前に立った。
(うん、ひどいな)
いろいろな人から筋肉を褒められることは多く、自分でも誇れる身体だという自負はあったが、ビキニアーマーがそれを台無しにしている。
こんな小さい布だけで人はここまで変態に見えるのかと、いっそ感動するレベルである。
「あと何日、このままなんだろうか……」
自分で引き受けたことだが、さすがにちょっと後悔してきた。
鏡に映る身体を見ながらしょんぼりしていると、そこで突然、ガシャンと何かが倒れる音がする。
「うそっ!!」
そして聞こえてきたのは、イザベラの悲鳴だった。
何かあったのだと察した直後、クリードは浴室を飛び出し、階下を駆け下りていた。
「どうした!」
そして割れた食器の横で、膝をついているイザベラを見つける。
「ケガをしたのか? 手か?」
「へっ!?」
「ん?」
ギュッと丸められた手を慌てて掴んだ瞬間、イザベラが間抜けな顔になる。
手にケガが無いことを見てほっとしたのもつかの間、みるみる真っ赤になっていくイザベラの顔を見てクリードは気がついた。
「……す、すまない!」
魔王の攻撃を避けたときかそれ以上の速さで、クリードはソファの後ろに飛び込んだ。
その衝撃で、胸当ての飾り紐がシャランと音を立てる。
「君の声が聞こえて、つい」
「わ、私こそ紛らわしい声を出してごめんなさい! ちょっと、ビックリしたことがあって」
「……ひとまず、服を着てくる」
「そうね。その姿は……なかなかすごすぎるから……」
誰よりもそれをわかっていたクリードは、イザベラが後ろを向いた隙に脱兎のごとく駆け出した。
「……それで、一体何に驚いていたんだ?」
執事服に着替えて戻ったクリードは、割れた食器を片付けるイザベラの横に並んだ。
不器用な手つきのまま割れた食器に触らせるのは危なっかしくて、クリードは彼女の手からほうきとちりとりをそっと奪った。イザベラは行き場をなくしたように、膝を抱える。
「……実は、お母さんから手紙がきていて……」
「手紙で、あんなお化けでも見たような声を出したのか?」
「手紙自体はよかったんだけど、内容が……。私が一人でやれてるか心配だから様子を見に来るって、書いてあったのよ」
見れば、テーブルの上にはやけに分厚い手紙の束が置かれている。
その厚さに驚いていると、イザベラが抱えた膝に顔を埋めた。
「私はあまり器用じゃないから、元々お母さんには一人暮らしを反対されてたの。いい年だし、パーティを抜けるなら故郷で結婚相手を見つけなさいって何度も言われて、すごく嫌だったから『結婚相手ならちゃんと見つけるから!』って啖呵切って出てきちゃったのよね……」
以来親から何度も手紙が届いていたが、それらをほぼ無視して今日まで過ごしてきたらしい。
「どうせ使用人に頼って何もせず、仕事ばっかりして結婚相手のけの字もないんでしょうって見透かされてて、もはや怖い……」
「君の母親は、透視の魔法使いなのか?」
「ううん、ただの花屋さん」
「君の実家は花屋だったのか」
「そういえば、言ってなかったね」
魔法で花を育てているけれど、遠くを見通せるような魔法は使えないとイザベラはこぼす。
「でも昔から私の行動は読まれてて、叱られてきたんだよね。周りに流されすぎだとか、行動が遅いとか、いっつも怒られてる」
「そうなのか? 十分しっかりしているように見えるのに」
「仕事は最低限こなしてたから、クリードにはそう見えるのかも。でも正直、お母さんの言葉に刺さるところ、あるんだ……」
でも……と、イザベラが膝から顔を上げる。
「確かにとろいし、婚期は逃してるけど、見合い相手を勝手に見つけてくるのはひどくない?」
「待て、もう相手がいるのか……!?」
「釣書いっぱい持っていくから、その中から選びなさいって手紙に書いてあった」
イザベラの言葉に、クリードの背筋が凍る。
(イザベラが、結婚する……)
そんな当たり前のことを、欠片も考えていなかった自分に戦慄する。
彼女だって年頃で、むしろ結婚するには遅いくらいだ。
なのにどうしてか、彼女は一人で生きていくような気がしていたのだ。
「もしその中にいい人がいたら、君は結婚するのか?」
「正直、今はまだしたくない」
「でもいずれは?」
「いい人がいればね。でももう行き遅れだし、私としたいって人はいないと思うけど」
イザベラは自嘲するが、クリードは気が気ではなかった。
(こんな魅力的な子を、男が放っておくわけがないだろう)
確かに彼女は華やかなタイプではないが、所作は愛らしいし、笑うとこんなにも可愛いのだ。
服装や化粧に気合いを入れればとんでもなく艶やかになるだろうし、見合いなんてしたら絶対に男たちは放っておかないだろう。
(ダメだ、耐えられない)
自分にあれこれ言う資格がないのはわかっている。
でも今だけは――側にいられるこの時間だけは、イザベラを独占したかった。
だからクリードは悩みに悩み、そして名案を思いつく。
「なら、お母さんとの約束を果たそう」
「えっ、見合いをしろってこと?」
「彼氏を作るんだ」
「そんな急には無理だよ。五日後には来ちゃうし」
「別に本物である必要はない。それに男なら、ここにいるだろう」
そしてクリードはその場に跪き、イザベラの手を取った。
「俺が君の完璧な彼氏になる。そうすればお母さんも、何も言えなくなるはずだ」
イザベラが見せた表情は、過去一唖然としたものだった。
そしてそんな表情もまた可愛いなと思いながら、クリードは任せろというように胸を叩いた。




