第4話
「……ビ、ビキニアーマーなんです」
今にも消えてしまいそうなか細い声で、ロンザが言葉を絞り出す。
顔を真っ赤にする彼を見ながら、イザベラは「ビキニアーマー」なるものの形状を思い出す。
「確かあれですよね、第23代魔王カリーナが身に纏っていたという、非常に布面積が狭い」
「そうです、まさしくカリーナが残した遺産なんです」
魔王カリーナは数少ない女性の魔王で、月光を魔力に変えることが出来たという。
少しでも光を身体に取り入れるため、彼女は非常に布面積の狭い装備を好んだ。
そしてカリーナの名字「ビキルニ」からとり、彼女が纏っていたような布面積の少ないアーマーをビキニアーマーと人々は呼んでいる。
「使えば身体能力が向上し、魔力の総量も2倍近く増えるので愛用していたのですが、何分見た目が大変恥ずかしく、装着していたことは黙っていたのです」
「賢明かと」
実際のビキニアーマーを見たことがないが、カリーナの姿は今も様々なところでお目にかかれる。
なにせ彼女はその扇情的な姿もあって、男性に大人気なのだ。
パズル雑誌を買いに行くたび見かける男性向けのちょっとエッチな雑誌では、カリーナのあられもない姿を描いたイラストが表紙を飾っていることが多いし、娼館の近くを歩けばカリーナの仮装をした女性たちの姿をよく見かける。
イザベラには理解できないが、ビキニアーマーというものは男性のあそこを強く奮い立たせる効果があるらしい。
「この装備のおかげで私は勇者になれたと言っても過言ではありません。……しかし、内心では恥ずかしさも抱えていました」
「……でしょうね」
「だから着ていることは墓まで持っていく覚悟だったのですが、ある日突然脱げなくなってしまって」
ロンザの顔に浮かんでいたのは絶望の二文字。まあ当たり前だろう。
クリードほどではないが、ロンザはとても男性的な体型だ。
ビキニアーマーが似合っているわけがない。
「その上実は、三日後に結婚式で」
「えっ、三日後ですか?」
「さすがに、タキシードの下にビキニアーマーはマズい! それに夜は、その……!」
言わずとも、イザベラはすべてを察した。
「何としても、脱ぎましょう」
「お願いします! ここが最後の頼みの綱なんです」
他の魔法使いでは無理だったのだと、今にも泣きそうな顔で言われると俄然やる気がでてくる。
「では、恥ずかしいとは思いますが脱いで頂けますか」
「はい、今このときは恥じらいは捨てます」
そして彼は纏っていた外套を脱ぎ捨てる。
その動きは格好いいが、この下にビキニアーマーをきていると思うとなんとも滑稽ではある。
続いて、ロンザはズボンを下ろした。どうやら下から脱ぐタイプらしい。
などとぼんやり考えていたとき、ガシャンと背後で陶器が割れた音がする。
(あ、しまった。先に説明しておくべきだったかも)
そう思った次の瞬間、クリードの右手にまがまがしい剣が現れる。
「イザベラになんてものをみせている!」
魔王を倒した剣を手に、クリードは問答無用でロンザに躍りかかる。
だがロンザも、装備が少々変態的とはいえ勇者。更にその変態的な装備で身体能力が強化されているため、クリードの刃を咄嗟に避けた。
だがさらなる追撃を受け、ロンザのシャツが切り裂かれる。
(あー、なるほど)
そして現れたのは、乳首をなんとか隠せる程度の胸当てである。
布地は銀色で、光を浴びてキラキラと輝く様がなんともいえず滑稽だった。
「誤解しないでください。私はこれを脱ぎたいだけなのです!」
「その台詞を聞いて、安心できると?」
先ほどより鋭い眼光でロンザを見つめたクリードは、魔剣を構え直す。
これは本気で切るときの所作だと気づいたイザベラは、慌ててクリードの腕に縋り付いた。
「呪いを解くために脱いでもらっただけで、別に襲われてたとかそういうことじゃないから!」
「……まさか、これが呪いの品か?」
「ええ、ビキニアーマーなの」
「そして私は三日後に結婚式を控えています」
イザベラに続いて、ロンザが慌てて付け加える。
目の前のビキニアーマーと事情を知れば、クリードもこれが危機的状況だとわかったようだ。
「すまない、イザベラの前で君がズボンを下ろしたのを見てつい……」
「いえ、同じ状況なら私も剣を抜いていたでしょう」
ひとまず、服を脱ぎきって良いですかというロンザに、イザベラとクリードは「どうぞ」と声を合わせた。
そしてついに現れた全容は、なかなかに衝撃的だった。
一番大事なところは隠れているが、とにかく布の面積が狭い。
その上布地が妙にキラキラしている物だから、股間と胸が無駄に強調され、見てはいけない物を見ている感が余計に強まっている。
「アーマーというより、下着のようだな」
「だから最初は、服の下に着られると喜んでいたのですが……」
「イザベラ、三日後までに何とかなるか?」
「なんとかしたいところだけれど……」
呪いを見てはみたが、さすが魔王の遺品だけあってかなり複雑だ。
そして何よりの問題は、呪いを解こうとするたび魔力が弾かれてしまうことにある。
「多分だけど、この装備は月の満ち欠けに影響を受けているみたい。魔王カリーナは月の力を得ていて、それを装備にも応用しているはずだし、脱げなくなったのも多分月の力が増しているからだと思う」
丁度三日後、ここ数年で一番月の魔力が強まる日がやってくる。
その日は美しいピンクムーンが見られるため、街でも観測会が開かれることになっていた。
「まさにそのピンクムーンの下で挙式をする予定だったんです」
「仮説が正しければ、月が少しでも欠けるまでは呪いに触れないと思うので……」
「じゃあ、俺は……」
初夜にビキニアーマーが、確定してしまった瞬間だった。
哀れなロンザはその場に頽れ、四つ這いのまま立てなくなってしまっている。
どうにかしてあげたくてイザベラは何度も呪いに触れてみるが、残念ながらうんともすんとも言わない。
「無理そうか?」
「うん。触れないことには、どうにも出来ないかも……」
「そう、か……」
こちらの台詞が聞こえているのかいないのか、ロンザはもはやピクリとも動かない。
「……もしかしたら、ひとつだけ方法があるかもしれない」
そんなとき、クリードがぽつりとこぼした。
「成功するかどうかはわからないが、上手く行けば初夜にビキニアーマーは回避される」
「本当……ですか……?」
ようやく顔を上げたロンザは、涙でぐちょぐちょだった。
その顔でビキニアーマーだと少々滑稽だが、今はもう笑っている場合ではない。
「転移魔法を応用するんだ。呪いが発動するより早く、魔法でビキニアーマーだけ別の位置に移動させる」
「物理的には可能だけど、たぶん呪いが許さないわ。強引に身体から外したらきっともっと悪いことが起こると思う」
ぱっと見た限りでも、服と接触している部分が腐食する呪いが見て取れる。つまりどのみち初夜は無理だろう。
「だから、身体から身体に直接移動させるんだ。呪いの発動にはたいていの場合少し時間があるだろう」
「そっか、その間に『着ている』判定になれば呪いは発動しないのね!」
名案だと手を叩けば、クリードが得意げに胸を張る。
「そして俺は、転移魔法が得意だ」
「じゃあ、私の身体に移せる」
「いや待て、なぜだ?」
「なぜって、呪いを解くにはそれが一番都合が良いし、私は服を脱ぐ用事も無いし」
「でも、一秒前までロンザが着ていたビキニアーマーだぞ」
そう言われると、ちょっと嫌だなという気持ちになってしまった。
「いやでも、それを言うなら誰だって抵抗あると思うし、そもそも女性もののアーマーだから私しかいないかなって」
「ロンザが着れるなら、俺だって着れる」
「ほ、本気で言ってる?」
「男の股間に触れたものを君に着せるくらいなら、俺はビキニアーマーだって着てみせる」
ものすごく格好いい顔と声で、この男とんでもないことを言っている。
状況的に他に選択肢はない。ないのだが、メイド服同様彼の尊厳が傷つかないかとイザベラは心配になる。
「ほ、本当によろしいのですか?」
戸惑っているのはロンザも同じようで、彼は申し訳なさそうな顔でクリードを見る。
「よくはないが、君は結婚相手に捨てられたいのか?」
「いえっ、いいえっ! 五年も付き合って、ようやく結婚の承諾をもらったんです! ここで引かれて捨てられるのはいやです!」
「ならば引き受けよう。愛した相手と結ばれる機会を、手放すべきではない」
そう言って、クリードがロンザに手を差し出す。
「ただし、これ以降このアーマーは着るな。今後は自分の力で、勇者として身を立てるのだ」
「そういたします。もうこんなことはこりごりですし」
「ならば、その呪いは俺が引き受けよう」
次の瞬間、二人が繋いだ手に魔力が走り、ロンザのビキニアーマーが神々しく輝いた。
余りのまぶしさにイザベラが目を閉じた次の瞬間、光の粒子となったビキニアーマーがはじけ飛び、ロンザは生まれたままの姿となる。
「脱げたああああああ!!!!!!」
飛び上がって喜ぶロンザからイザベラが慌てて視界を外したとき、「んっ」と妙に色っぽい声をクリードがこぼした。
「だ、大丈夫?」
「紐が食い込んで、きつい」
てっきり呪いが発動したのかと思ったが、そういうわけではないらしい。
(見えてないけど、この下にビキニアーマーがあるのね)
それまでかっこよく見えていた執事服姿が、なんだかちょっと危ない服に見えてくる。
(いや、変な目で見ちゃダメだわ。ロンザのために、命がけで呪いを引き受けたんだもの)
さくっと転移させていたが、一歩間違えれば呪いが自分に降りかかってもおかしくない状況だったのだ。
だがクリードはためらうことなく、やってのけた。
やはり勇者だと、賞賛すべきところである……のだが。
「……ふっ」
「イザベラ、今笑ったか?」
「ごめんなさい、考えないようにはしてたんだけど」
「想像しないでほしい」
「無理よ。だってあのキラキラが、その服の下に……ふはっ」
笑ってはいけないと思うと余計に面白くなってしまい、イザベラは堪えられなくなった。
「ちなみに、これはいつ脱げる?」
「満月の翌日には、たぶん呪いに触れると思う」
「しばらくこのままか……。洗濯もできないし、ちょっと困るな……」
「あっ、それなら問題ありません。カリーナはきれい好きだったようで、その布は汚れないですし排泄のときにずらすぶんには問題ありません」
ロンザの説明にほっとするクリードを見ているとやっぱり面白くて、イザベラは笑い出さないよう呼吸をくり返す。
(いやだめ、無理。ビキニアーマーは無理)
「……ふふっ」
「イザベラ」
「ふ、ふふっ……」
ツボにもはまってしまい、ロンザが礼を言って去って行くまで、イザベラの顔はニヤついたままだった。




