第3話
「クリード様ですよね!」
突然現れた来客が、クリードを見て興奮している。
さすがにこれはバレると思っていたが、余りの爆速にイザベラは頭を抱える。
「ひ、人違いだ」
その上クリードは、あまりにも嘘が下手だった。
「そんなわけありません! 以前ダンジョンで何度かお会いしたじゃないですか!」
「た、他人のそら似だ」
「見間違えるなどあり得ません! 私はあなたに憧れて、勇者になったんです!」
どうやらこの男は、勇者だったらしい。
だとしたら、仕事を断るのは不敬に当たる。
そう思ったイザベラは割って入ってきたクリードを無理矢理さがらせ、「どうぞ」と勇者を招き入れた。
「閉店だろう」
「でも勇者様をこのまま帰すわけにはいかないから」
この国で勇者は特別な存在であり、何よりも優先されるべき人だ。
彼らの活躍によって人々の平和は成り立っているし、今も魔王の残党や人に仇なす魔物たちを彼らは日々討伐している。
そんな勇者の行動を阻むことは許されず、国民もできる限りの援助をするようにという考えが浸透しているのだ。
「一般市民なら、勇者様のお申し出を断るわけにはいきません」
そう言って勇者を招き入れれば、クリードは渋々といった顔で彼を受け入れた。
「申し遅れましたが、私はロンザと申します。主に西方のヒルデ砂漠を中心に、治安維持を行っている勇者です」
そう言って、ロンザが取り出したのは勇者の証である特別なメダルだ。
国王から贈られるそのメダルは身分を証明すると共に、勇者の特権を使うための証でもある。
勇者は国内にあるすべての宿屋が無料で使え、公共交通機関の利用もタダだ。
さらに月に一度国から補助金も与えられ、それを資金に平和のために戦うことを義務づけられる。
「本物のようだな」
「もちろんです。授与式には、あなたも来て下さったはずですが」
「……俺はただの執事だから、そんな式には出ていない」
この期に及んで、クリードは誤魔化そうと必死になっている。
だが、もはや無理にもほどがある。
「もう、諦めたら?」
「な、何を諦めるんだ」
「私のことも知っているみたいだし、隠すのは無理だと思う」
ここはもう開き直って、自分がここにいることを隠して貰った方が賢明だと言えば、クリードはものすごく複雑そうな顔でロンザを見た。
「……ここで俺に会ったことは口外しないでほしい」
「もちろん、それを望まれるならお約束しましょう」
ただ……と、そこでロンザが不安げに室内を見回した。
「私がここに来たことも、黙っていてほしいんです」
「構わないが……」
言いかけて、そこでハッとクリードが顔をこわばらせる。
「もしもその理由が、呪いの品に関しているなら話は別だ。口外できないような危険な品物だとしたら、今すぐここを出ていってもらう」
イザベラを守るように、再びクリードが前に出る。
「き、危険なものではないので安心してください。少々やっかいな品であることは確かですが、クリード様の大切な方を傷つけることはないかと」
(待って、とんでもない誤解をされていない?)
慌ててクリードの背中越しにロンザを窺えば、彼は「すべてわかってますよ」と言いたげな笑顔を向けてくる。
「ならば、いい」
そしてクリードも、肝心なところを否定しない。これは、誤解に気づいていない可能性もある。
彼が否定しなかったことで、「いやいや実は……」と言える空気でもなくなり、イザベラは渋々言葉を飲み込んだ。
それから常連客だけに開放している、店の奥の応接室にロンザを招き入れた。
当たり前のように来客用の飲み物を準備しに2階へ上がっていくクリードを、ロンザは信じられない目で見ている。
「クリード様は、その、本当に執事をはじめたのですか?」
「ええ、まあ」
「勇者を引退されたと聞いたときは驚きましたが、まさか執事だなんて……」
「クリードが引退したことは、周知の事実なんですか?」
「いやもう、王都は大騒ぎですよ。突然のことで、陰謀説や重病説などいろんな話が飛び交い、蜂の巣をつついたような騒ぎになっています」
まあ、魔王を倒した勇者なのだから、急に姿を消せばそうなるだろう。
ここは王都から離れているからまだニュースになっていないが、いずれ新聞で大きく取り上げる日が来るだろう。
(というか、ちゃんとここに来ること説明してきたのかしら)
イザベラが引退した後も、パーティには20人ほどのメンバーがいたはずだ。ミゲル老師は事情を知っていそうだったが、彼らにもちゃんと説明をしてきたのかと今更心配になる。
(でも呪いのせいなら、逆に伏せた可能性もあるかも)
クリードほどの勇者になれば、命を狙われるようなことはざらだ。
魔王は倒したがその残党は生きているし、大きな害のない呪いだとはいえ、周知されるのは危険だろう。
そんな考えに至ったイザベラは、ロンザにも呪いのことは告げずにおこうと決める。
「見ての通り、当人は元気にやっています。それに今は静かに暮らしたいようなので、ここで見たことは黙っていていただけると」
「もちろんです。戦いから身を引きたいという気持ちは俺も一緒ですし」
「もしかして、ロンザさんも引退を?」
「引退はしませんが、実は家庭を持つことが決まったんです。仕事も少し減らして、しばらくは妻と新婚生活をおくろうかなって」
「おめでとうございます!」
それはめでたいとイザベラは微笑んだが、そこでロンザの顔が浮かなくなる。
「ただ実は、それにはひとつ問題がありまして……」
「もしかして、呪い……ですか?」
「実を言うと、私は呪いの装備を身につけているんです」
ロンザの言葉に、イザベラは無意識に彼の身体に目を向ける。
「たしかに、呪いの兆しが身体に見えます」
「その装備によるものです。以前ダンジョンで拾った防具で、大変価値のあるものなのですがどうしても解呪ができなかった。ただ呪いと言っても些細なものでしたので、無視して身に纏っていたのです」
「それは、とても危険な行為ですよ?」
叱るように言えば、ロンザは「わかっています」と肩を落とした。
「ですが私はクリード様のような強さを持ち合わせていません。呪いの装備で身体能力を強化せねば、勇者という肩書きさえ得られぬ男なのです」
「身体強化するほどの呪いの品なら、なにかしらの強い代償がありそうですが、問題なかったのですか?」
「驚くことに、ほぼなかったのです。ただし、数日前までの話ですが……」
「なるほど、時間差で発動する呪いだったんですね」
「ええ。ただそれも『脱げなくなる』だけで実害はさほどないのですが、その、あの……」
それまですらすらと事情を説明していたロンザの口が、急に重くなる。
「形状が特殊な装備なので、色々と……困るというか」
「よければ見せてもらえますか? 呪いを解くためには、この目で実物を見たいので」
「大変お見苦しいものをご覧に入れると思いますが」
「もしかして、肌に直接つけるタイプ……でしょうか」
「そ、そのようなものです」
「私の方は慣れていますので、お気になさらず」
「でも、あの……キニ……なんです……」
「すみません、よく聞こえませんでした」
それまでハキハキと喋っていたロンザの滑舌が、途端に悪くなる。
「……ビ、ビキニアーマーなんです」




