第2話
最後の客が名残惜しそうに店を出る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
「じゃあね、イザベラ」
「ロット、今日はありがとう! またお願いね!」
「うん! それじゃあリードさんもバイバイ! ゆっくり休んでね」
「ああ……」
出ていくロットを見送るクリードは疲れ果てているが、イザベラはほくほく顔である。
「こんなにたくさん呪いを解けたの、久々だったなぁ」
「君は疲れていないのか?」
「全然。だって前は、これと同じくらいの量をあなたが持って帰ってきたじゃない」
イザベラは黙々とパズルを解くのが好きだ。だからクリードが持ち帰る大量の品々を見るたび、心を躍らせた物である。
「ただ、やっぱり自前の呪いが多くて解呪が簡単だったのがおしいなぁ」
「あれは、自前だったのか?」
「そりゃそうでしょう。いわゆる口実よ、誰かさんに会うための」
「……な、なるほど」
重い息を吐き出しながら、クリードはイザベラに恨めしそうな目を向けてくる。
やはり女の子たちの相手をさせたことを怒っているようだ。
「でも、次はちゃんと断るわ」
「大量の呪いを前にして、そう言えるか?」
「わ、私だって、時にはちゃんと断れるわよ」
押しに弱いイザベラだが、クリードが嫌なら頑張ると拳を握る。
「というか、君は嫌じゃないのか?」
「ん、なにが?」
「自分の執事が、他の女性にちやほやされていてもいいのかなと」
「ちやほやしたくなる気持ちはわかるもの。こんな素敵な人がいたら、誰だってお近づきになりたいと思うわ」
「それは、君もか?」
急に身を乗り出され、イザベラは距離の近さに固まる。
「ま、まあ、私もあなたを素敵だとは思うけど」
「けど、ということは近づきたくないのか?」
「素敵な人を前にすると、どうすればいいかわからなくなるの。遠くから眺めるくらいがいいかなって思うし」
「だとしても、俺には近づいてほしい」
更に距離は縮まり、イザベラはビクッと身体を震わせる。
でもクリードは離れる気配がなく、それどころかイザベラの手まで握ってくる。
「君が遠くに行ってしまうのは嫌だ」
「い、いかないから、手を……」
「約束するまで離さない。素敵でいるのが問題なら、またあのメイド服を着たっていい」
「そ、それは、とっても困るわ」
すでにクリードは注目の的になっている。そんな中メイド服姿で表に出たら、とんでもない騒ぎになってしまうだろう。
「遠くには行かないから、そのままでいて」
「約束だぞ」
「や、約束する」
掴んだ手を持ち上げ、クリードは自分とイザベラの薬指を絡める。
それは古くからナムザ王国でよく行われる、約束のまじないだ。
「絶対に、絶対だ」
「わ、わかったわよ! はい! 約束!」
絡めた指に一瞬だけ力を入れて、イザベラは手を放す。
ひとまず満足したのか、彼は約束の薬指を持ち上げ、満足そうに頷いていた。
(クリードって、実は結構寂しがり屋なのかしら)
今までの話から想像するに、多分親しい人間が離れていくことが苦手なのだろう。
彼の過去をすべて知るわけではないが、前に親に捨てられたと話していたこともあるし、表に出さないだけで孤独を抱えているのかもしれない。
なのに仲間から化け物呼ばわりされ離れて行かれたら、古参であるイザベラに固執するのもわかる。
(まあ、彼が望むなら下手に距離を取るのはやめよう)
抱えた恋心を大きくしたくない気持ちはあるが、クリードが寂しいなら離れるようなことはしたくなかった。
「とりあえず、今日はもう店じまいにしましょう。下手したら、また新しい呪いを持ってくる子が来そうだし」
「すぐに閉めよう」
真顔で言うのがおかしくて、イザベラは笑いながら扉へと向かう。
「そういえばクリードって、女の子にちやほやされるのは好きじゃないの?」
「正直、グイグイ来られるのが苦手なんだ。好ましく思ってもらえるのはありがたいが、同じ好意を返せないことも申し訳なくなる」
「なるほど」
「あと女性が少し苦手だというのもある。小さくて華奢で、少し力を入れただけで壊れてしまいそうで怖い」
「確かに、クリードは力が強いものね」
「優しく扱えばいいと前にミゲルに言われたが、加減がわからないし、不安を抱いてまで触れたいと思えなかった」
ただ……と、そこで彼は先ほどイザベラと繋いだ手を見る。
「君は別だ。不思議だが、イザベラに触れるときは自然と力加減もわかる」
「何でかしら?」
「絶対に傷つけないと約束したことが、無意識に働いているのかもしれないな。だから君には触れられるし、触れたいとも思う」
「……っ!?」
一体何を言い出すんだとイザベラは慌てるが、クリードは自分がとんでもないことを言っている自覚がないらしい。
「執事として、エスコートも完璧にこなしてみせるから心配しないでくれ」
にこやかに言い切るクリードを直視できず、イザベラは慌てて閉めようとした扉まで歩く。
(執事的な意味で触れたいって、そういうことよね)
そうに違いないと言い聞かせながら、イザベラは扉の鍵に手を伸ばす。
だがそのとき、突然店の扉が開いた。
「すまない、まだ店はやっているだろうか!」
驚いて身をすくませたイザベラの前に現れたのは、旅装束に身を包んだ若い男だった。
クリードには見劣りするが、かなりの美丈夫で身なりがいい。
「イザベラ=カイルナージ殿の店と聞いてはるばるやってきたのだが……」
「あ、そうですけど……」
「急で申し訳ないが、どうか解呪を頼めないだろうか?」
イザベラの名を呼ぶその声は、ひどく恭しかった。
多分彼は、イザベラが魔王を討伐したパーティにいたことを知っているのだろう。
だとしたらクリードを見られるのはマズいのではと思った瞬間、イザベラの前に広い背中がそそり立つ。
「今日はもう閉店だ」
「えっ、クリード様!?」
そして秒で、バレていた。




