第1話
イザベラの店が開けるのは、週7日のうちの約半分である。
ジェンクスのときのように急な依頼があれば、休日でも赴く方針で、どちらかと店に立つ日は暇なことの方が多かった。
赤字ではないが、店に来る客の数はそう多くない。
それを日々寂しく思っていた――のだが、クリードが来て4日目の朝、店はとんでもないことになっていた。
「ぎょ、行列が出来てる」
開店準備のために一階へと降りたイザベラは、窓の外にずらりと並ぶ人影に慄いた。
「大盛況だな」
クリードは暢気に言うが、昨日から纏っている執事服を見たイザベラは、瞬時にすべてを理解した。
(これ、クリード目当てじゃない?)
見れば、外に並んでいるのは女性ばかりだ。
解呪の品が見えないものも多く、本当に客なのかあやしい者もいる。
とはいえ店を開けないわけにはいかないので、イザベラは恐る恐る店の扉に手をかけた。
きゃあっ! と歓声が響き、並んでいた女性たちが店へとなだれ込んでくる。
その波に押されながら、なんとか奥の作業台までたどり着いたが、側にいたはずのクリードはもみくちゃにされていた。
(や、やっぱり……)
狭い街だから、これだけ顔のいい男がいれば噂はすぐ広がるだろう。
特に大きな事件も起きない土地柄、街の人々は刺激に飢えているし、そこにこれほどの美丈夫が現れればお祭り騒ぎになってもおかしくはない。
辺りを見回せば可愛らしい少女からお年寄りまで、押し掛けた女性の年齢は様々だ。その誰もがクリードに釘付けになっていることに苦笑しながら、イザベラはどうしたものかと頭を悩ませる。
「あー、やっぱりこうなってたかぁ」
不意に、女性とは別の声が店の入り口から聞こえてきた。
見れば、そこにいるのはロットだ。
「あれ、今日はお手伝いの日じゃないわよね?」
「うん。でもこうなる気がして来てみたんだ」
人の波をかき分け、イザベラの前に移動してきたロットが、手に持っていた新聞を広げる。
それはこの街で発行している情報誌だ。
情報と言いつつ中身はゴシップ誌に近い内容で、街で起きた小さな事件などを取り扱っている。
少々下世話なときもあるが、平和な街にとって数少ない娯楽のひとつであり、売り上げは好調だと聞く。
そしてその三面にある、『ドキドキ!今週のイケメン』コーナーにでかでかと載っていたのは魔法写真によって切り取られたクリードの姿だった。
「うわぁ、こんなコーナーあるの?」
「うん、めっちゃ大人気のコーナーらしくて、うちの母ちゃんも毎週楽しみにしてる」
「……そこに、載っちゃった訳ね」
「だから、店がやばいことになると思って来たんだ。あと多分、そのうち俺の母ちゃんと姉ちゃんも来ると思う」
なんかごめん、と謝るロットは悪くない。
(っていうか、いつの間に撮られてたのかしら)
どうやら写真は二人で街を歩いているときのようだが、まったく気づいていなかった。
そしてどういうわけか、謎多き執事がイザベラに仕えていることも新聞には記されている。
(いや、これはきっとチコルのせいね)
情報提供者のところに書かれたイニシャルから察して、心当たりがあるのはチコルだけだった。
彼女は素晴らしい筋肉があれば布教したいと前から豪語していたから、きっと記者にあれこれ喋ってしまったのだろう。
個人情報をバラすのはどうかと思うも、小さな街にプライバシーは基本ない。だから仕方ないかと諦めていると、「イザベラ……」と今にも泣きそうなクリードの声が聞こえる。
さすがの彼もこの状況には慌てているのだろう。
「お、俺は店主ではないので、依頼は彼女にお願いできるだろうか」
途端に失望のため息がそこかしこからこぼれ、形ばかりの呪いの品を持った人たちがイザベラの前に並ぶ。
多分だが、彼女たちが持つ品の中に危険な物はない。
と言うか多分、どれも自分たちで「呪い」をかけた物だろう。
呪いは解くよりかける方が簡単だし、単純な者なら誰でもつかえる。
例えば、くしゃみが止まらなくなる呪いや、鼻づまりが解消しない呪いなどなど、この世にはしょうもない物も多いのだ。
それらをわざと自分の持ち物にかけて持ってきたのだと、品物を見ればわかる。
また解呪の代金は呪いの難解さでかわるため、これくらいなら出費もささやかですむ。
(とはいえこれだけの数をこなせば、結構な金額になるかも)
ざっと計算した金額に、イザベラはにやりと笑う。
それを見て、「あーあ」と呆れた声を出したのはロットだ。
「イザベラ、今悪いこと考えたでしょう」
「商売人として、当然のことを考えはしたわ」
「つまり、リードさんを売るってことだね」
「う、売る……だと!?」
唖然とするクリードに、「人聞きが悪いこと言わないで」とイザベラは金勘定をしながら笑う。
「ただあなたに、会計と接客を任せようと思っただけよ」
「どちらも未経験なんだが」
「そこはロットに教えてもらって」
「いや、だが、そういうのは……」
「私は呪いを解くので手一杯になるし、そのあいだお客さんを放っておくのも悪いでしょ」
それに……と、イザベラは声を潜める。
「あなただって、この子たちがどうしてここにいるかわかってるでしょう」
「理解はしているが……」
「ちょっとくらい喜ばせてあげなさいよ。少しおしゃべりして、笑顔でお金を受け取ればみんな満足するわ」
「だが君は、それでいいのか?」
もちろんだと、イザベラは間髪いれず頷いた。
「あなたが本当に嫌なら断るけど、そうじゃなければこんな儲け逃せないもの」
「……君が望むなら、協力するのはやぶさかではないが」
「なら、是非お願い!」
クリードが渋々頷いたのを見て、イザベラは腕をまくる。
そして早速、イザベラはウキウキと最初の品へ手をのばした。
「そんな捨てられた犬みたいな顔しても、イザベラは気づかないよ。お金もそうだけど、呪いを解けるとわかったらウキウキが止まらない人だから」
「それはわかっているが……」
「それにこの街の女たちは強いから、どうせ逃げられないよ」
そんなやりとりが行われていることにも気づかず、イザベラの頭の中はもう呪いを解くことでいっぱいだった。




