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196年②微、馬を駆る

 夏。

 村の外れで、馬の蹄の音が響いていた。


「もう少しゆっくり!」


 【微】の声に、少年が手綱を引いた。

 馬が歩みを緩める。


「そうそう。そのくらい」


 少年はほっとした顔をした。


「乗れた!」

「乗れたけど、まだ危ないよ」

「危ない?」

「手綱を引っ張りすぎ」


 【微】は馬の首を撫でた。


「馬は力で動かすんじゃないの」


「じゃあ、どうするの?」

「こっち」


 【微】は少年の手に自分の手を重ね、手綱を少し緩めた。


「馬がどっちへ行きたいのか、ちゃんと分かってあげるの」

「馬の気持ちが分かるの?」

「何となくね」


 【微】は笑った。


「耳を見るの。あと、歩き方とか」


 少年は馬の耳を眺めた。


「今は?」

「ちょっと嫌がってる」

「分かるの?」

「分かるよ」


 【微】が馬の首を軽く叩く。


「ほら」


 馬が小さく鼻を鳴らした。


「本当だ」


 少年は感心したように声を上げた。

 少し離れたところでは、村の別の子供たちがこちらを見ている。


「俺も乗りたい!」

「次は私!」

「順番ね」


 【微】は笑いながら言った。


 いつからだったか。

 村の子供たちが、馬に乗りたいと言うようになった。

 【微】は最初、少し乗せてやるだけのつもりだった。

 けれど、子供たちはすぐに聞いてくる。

 どうやって乗るのか。

 どうすれば馬が止まるのか。

 どうして手綱を強く引いてはいけないのか。

 【微】はそのたびに答えた。


 自分が子供の頃、誰かに教わったこと。

 何度も馬に乗るうちに自然と覚えたこと。

 失敗して身につけたこと。

 それを一つずつ伝えていった。


「じゃあ、今度は一人で歩かせてみて」

「うん!」


 少年が手綱を持つ。

 馬がゆっくり歩き出した。


「慌てないで」

「分かってるって!」


 【微】は少し離れてついていく。


 少年が振り返った。


「【微】!」

「何?」

「ちゃんと見てて!」

「見てるよ」


 少年は嬉しそうに笑った。


 その様子を、少し離れた場所から【田疇】が見ていた。


「随分と慣れたものだな」


 いつの間にか、【微】の横に立っていた。


「そう?」

「ああ」

「馬なら得意だから」


 【微】は胸を張った。


「知識はまだ【田疇】さんに勝てないけど」

「比べる必要はない」

「でも、馬なら私の方が詳しいでしょう?」

「それは認めよう」


 【田疇】が頷く。

 【微】は少し得意そうに笑った。


「でしょう?」


 少年が戻ってくる。


「どうだった?」

「怖かった!」

「最初はみんなそうよ」

「でも、楽しかった!」

「じゃあ、もう一回やってみよう」

「うん!」


 少年が再び馬にまたがる。

 【微】はその横で手綱を確認した。

 村の子供たちに囲まれながら、【微】はふと周囲を見回した。


 以前なら、馬に乗って遠くへ行くことばかり考えていた。

 草原を越えて。

 知らない土地へ行って。

 新しいものを見つける。

 それが楽しかった。


 けれど、今は違う。


 馬を走らせることだけが楽しいわけではない。

 誰かに乗り方を教えることも、悪くなかった。


「微!」

「何?」

「今度はもっと速く!」

「駄目!」


 【微】は即座に答えた。


「山道で速く走ったら危ないでしょう」

「でも――」

「速く走るのは、ちゃんと上手になってから」

「いつ?」

「それは……」


 【微】は顎に手を当てて少し考えた。


「私がいいって言ったら」

「えー!」


 子供たちが一斉に声を上げた。

 【微】は笑った。


「文句を言わないの」


 馬の首を撫でる。

 馬も賛成!と言わんばかりにブルルと鳴く。

 その手つきは、草原にいた頃から変わらない。


 ただ、今はその周りに、教えてもらうのを待つ子供たちがいる。


 夕方。


 子供たちが帰ったあと、【微】は一人で馬を歩かせていた。

 山道をゆっくり進む。

 松の間から、夕暮れの光が差し込んでいた。

 【微】は手綱を緩める。

 馬が歩く。

 その歩みに合わせるように、【微】も身体を揺らした。


「……やっぱり馬はいいな」


 誰に聞かせるでもなく呟く。

 【微】はもう、ただこの村に滞在しているだけではなかった。


 少しずつ、自分の持っているものを、この場所に置き始めていた。

鮮卑らしい、遊牧民らしい馬術を教える話。

武勇も入れたかったけど、話を膨らませすぎないためにも馬術だけ。

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