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195年①微、再び草原を越える

ここから五年間、小刻みです。

 朝。

 【微】は馬の背に荷を積んでいた。

 荷紐を結び、手で軽く引く。


「よし」


 今回は、前よりも手際がいい。


 あれから二年。


 二年前に訪れた市で、微は確かに商いができた。

 鮮卑だからと追い返されることもなかった。

 持ってきた品を売り、銭を受け取った。

 だから、今回も同じようにいくと思っていた。


「今度は、もう少し売れるかな」


 微は荷を眺め、少し笑った。

 馬の首を撫でる。


「行こうか」


 手綱を取る。

 馬が歩き出した。

 いつもの草原を進み、やがて見慣れた道へ入っていく。



 二年前にも通った道だった。


「懐かしいなあ」


 【微】は周囲を見回した。

 けれど、しばらく進んでも、以前とはどこか様子が違っていた。

 道を行く人が少ない。

 荷を積んだ馬車も、前より見かけなくなっている。


「……?」


 【微】は馬を止めかけた。

 だが、すぐに手綱を引き直す。


「まあ、行ってみれば分かるか」


 そう呟いて、再び馬を歩かせた。

 遠くに、市のある場所が見えてくる。

 【微】は少しだけ笑った。


「今回も、売れるといいな」


 そう言って、草原を越えていった。

 市に近づくにつれ、人の姿が少しずつ増えてきた。

 だが、二年前に来た時とは明らかに違う。

 店先に並べられた品は少なく、道端で話す人々の声もどこか小さい。


 【微】は馬をゆっくり歩かせながら、周囲を見回した。


「……変なの」


 以前なら、もっと荷を積んだ馬や車が行き交っていた。

 それでも、市そのものは開かれている。

 【微】は一軒の店の前で馬を止めた。


「こんにちは」


 店の男が顔を上げる。


「……何だ?」

「商いをしたいんだけど」


 微は荷を下ろし、持ってきた品を見せた。

 男は品を手に取った。

 しばらく眺めてから、【微】を見る。


「どこから来た?」

「北の方から」

「……鮮卑か」


 【微】の手が止まった。


「……そうだけど」


 男は少し黙った。

 そして、品を荷へ戻した。


「悪いが、今は買えない」

「どうして?」

「今は、そういう時期じゃない」

「……どういうこと?」


 男は周囲をちらりと見た。


「他を当たってくれ」


 微は納得できない顔をした。


「前は買ってくれたわ」

「前?」

「あ……」


 【微】は口をつぐんだ。

 二年前に来たことを話しても意味はない。

 男はそれ以上何も言わなかった。

 【微】は品をしまい、荷紐を結び直した。


「……分かった」


 馬へ戻る。

 次の店へ向かう。

 その店でも、結果は同じだった。

 さらに別の店へ行っても、首を横に振られる。

 【微】は次第に口数が減っていった。

 荷は、まったく減らない。


「……なんで?」


 【微】は荷物を見下ろした。

 二年前には、普通に売れた。

 なのに、今回は違う。

 【微】は市の中を見回した。


 人々は以前よりも周囲を気にしている。

 何かを警戒しているようだった。

 【微】には、その理由がまだ分からなかった。

 それから何軒か回った。

 けれど、どの店でも反応は似たようなものだった。


「今は買えない」

「また今度にしてくれ」

「悪いな」


 理由を尋ねても、はっきりとは答えてくれない。

 【微】は荷を抱えたまま、市の端に立っていた。


「……どうしたんだろう」


 二年前に来た時とは、あまりにも違う。

 あの時は、普通に話をしてくれた。

 品を見て、値をつけて、買ってくれた。

 それなのに今日は、誰もまともに相手をしてくれない。


 【微】は腕を組んだ。


「何かあったのかな……」


 周囲を見回す。

 けれど、考えても分からない。

 しばらく黙っていた【微】の頭に、ふと一人の男の姿が浮かんだ。

 あの時、自分にこの場所を教えてくれた旅人。


「……そうだ」


 微は顔を上げた。


「あの人」


 名前を思い出す。


 【田疇】。


 あの時は、ほんの一晩話しただけだった。

 けれど、幽州のことを知っていた。


「もしかしたら……この辺りの人だったのかも」


 【微】は荷を馬へ戻した。


「あの人なら、何か知ってるかも」


 そう思うと、少しだけ気持ちが軽くなった。


 【微】は手綱を握った。

 【微】は最初に入った店へ戻った。


「ねえ」


 店主が顔を上げる。


「ちょっと聞きたいんだけど」

「何だ?」

「昔、ここを教えてくれた人がいるの」


 【微】は少し考えてから、その名を口にした。


「【田疇】っていう人」


 店主の手が止まった。

 ほんの一瞬だった。

 けれど、【微】は見逃さなかった。


「……知ってるのね?」

「……さあな」


 店主は視線を逸らし、棚の品を並べ直し始めた。


「知らないの?」

「……俺は知らん」


 言葉は短かった。

 けれど、先ほどまでとは明らかに違う。

 【微】は店主の顔をじっと見た。


「本当に?」

「……商売の話なら、他を当たってくれ」


 それ以上、店主は何も言わなかった。

 微は店を出た。

 別の店でも聞いてみた。


「【田疇】っていう人、知らない?」


 すると、そこでも返ってきたのは短い返事だった。


「知らない」


 けれど、聞いた瞬間に相手の表情が変わった。

 目を逸らす者。

 黙り込む者。

 話を別のことへ変える者。

 誰も「そんな人は知らない」と笑い飛ばすような反応はしなかった。


「……変なの」


 【微】は市の通りを歩きながら呟いた。

 知らないのではない。

 何かを知っている。

 でも、誰も話そうとはしない。

 【微】が立ち止まっていると、後ろから声がした。


「ちょっと、いいかい」


 振り返る。

 そこにいたのは、以前この市で商いをした時に、【微】の品を買ってくれた男だった。


「あ」


 【微】の顔が明るくなる。


「二年前に来た鮮卑の人だよね。久しぶり」


 男は周囲を見回した。


「……【田疇】を探しているのか?」

「うん」


 男はすぐには答えなかった。

 【微】のそばまで来ると、声を落とした。


「ここでは、その名をあまり口にしない方がいい」

「どうして?」

「それは俺からは言えない」


 男はさらに周囲を見た。

 誰もこちらを見ていないことを確かめる。


「だが……」


 男は【微】の耳元へ顔を寄せた。


「この道を東へ行け」


 小さな声だった。


「しばらく行くと、古い祠がある。その先に分かれ道がある」

「うん」

「右へ行け。そこで聞けば分かる」


 微は頷いた。


「【田疇】さんがいるの?」

「……さあな」


 男はそれだけ言った。


「ありがとう」


 微が笑う。

 男は首を横に振った。


「礼はいい。……俺は何も言っていない」


 そう言って、男は何事もなかったように店の方へ戻っていった。

 【微】はその背中を見送った。


「……何があったんだろう」


 分からない。

 けれど、【田疇】を探すあてはできた。

 【微】は馬の手綱を握り直した。


「行ってみよう」


 そして、教えられた道へ馬を向けた。

193年から195年になって、幽州。


変わってますよね、支配者が。

そう、異民族排除の過激派、【公孫瓚】です。異民族は滅ぼす論の彼が交易など許すわけもなく。

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