193年微、草原を越える
朝。
【微】は馬の背に荷を積んでいた。
荷紐を結び、強く引いて確かめる。
今回は、いつもの集落へ行く時より荷が多い。
「これでよし」
最後に荷を軽く叩いた。
あれから二年。
あの日、あの旅人から聞いた話がずっと気になっていた。
――幽州には市が開かれている。
漢人だけでなく、鮮卑の者でも商いができる場所がある。
ならば、自分で確かめてみたい。
【微】は手綱を取った。
「行ってみよう」
馬が歩き出す。
いつもの草原を抜け、見慣れた道を離れていく。
少し進んだところで、【微】は一度だけ振り返った。
戻る場所が、まだ遠くに見えている。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせるように呟き、前を向いた。
それからしばらくして。
草原の景色が少しずつ変わっていった。
道を行き交う人が増え、荷を積んだ馬や車も見かけるようになる。
「……本当に、人が多い」
【微】は目を輝かせた。
やがて、市の立つ場所へ辿り着いた。
最初は少し戸惑った。
知らない人ばかりだ。
自分の持ってきた品を見せるのも、少しだけ勇気がいる。
それでも、一軒の店先で足を止めた。
「これ、見てもらってもいい?」
店の男が荷を見る。
「どこから来た?」
「北の方から」
それ以上は言わなかった。
男は品を手に取り、しばらく眺めた。
「……悪くないな」
「本当?」
「ああ。いくらで売る?」
【微】は一瞬、言葉を失った。
「……買ってくれるの?」
「売るために来たんだろう?」
「そうだけど」
【微】は笑った。
それから値を決め、品を渡した。
銭を受け取る。
掌の上に乗った銭を、しばらく眺めていた。
「……売れた」
小さく呟く。
鮮卑だからと追い返されることもなかった。
変な目で見られることもなかった。
ただ、商人として品を見られ、値をつけられた。
それだけだった。
けれど、【微】にはそれが嬉しかった。
その後も何軒か回り、持ってきた品のいくつかを売ることができた。
全部ではない。
思っていたほど大儲けしたわけでもない。
それでも十分だった。
帰り道。
【微】は軽くなった荷を見て、何度も笑った。
「本当に売れたんだ……」
馬の首を撫でる。
「あの人の言った通りだったわ」
草原へ戻る道を進みながら、【微】は振り返った。
遠くに、先ほどまでいた市が見える。
「また来よう」
今度は、もっとたくさん持ってこよう。
そう思いながら、【微】は馬を進めた。
幽州と銘打っていますが、一応場所としては漁陽の胡市をイメージしています。
ただ、【微】が本来いる鮮卑部族位置と幽州は割と遠い(数百キロ)ので、具体的な距離を示さないことでそこをどうにかこうにか。




